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第十七話      襲撃への反撃

 辿りついた納屋で俺達が目にしたのは、ウィンが野犬に吠え立てられている光景だった。


「こ、このっ! あっちいけ、馬鹿犬!」

「グルルゥ……バゥ、ガウ!」


 ウィンは必死で追い払おうとするが、野犬は今にも噛み付かんばかりだ。


 間に合った……けど、危ない!


 低レベルのモンスターとは言え、野犬は十分に人を殺せる凶暴性を持っている。


「雫! 吹っ飛ばせ!」

「任せて! ん、っやぁ!」


 シールドバッシュ、というよりそれはもはやタックルだった。走り寄る勢いをそのままに、野犬の横っ腹に全力で盾をぶつけてやったのだ。

 野犬は派手に吹っ飛ぶが、当然まだ息はある。ここからは俺の役目だ。


「刺され、鋭き欠片よ!」


 呪文の詠唱によって、頭上の魔法陣から光の矢が射出される。それは野犬の胸に刺さり、その鼓動を完全に止めた。


 ふぅ、なんとかなった……


 装備をしまわずにいて良かった。もし完全に素手だったら、下手すればこちらも諸共やられていたかもしれない。


「大丈夫か、ウィン。怪我は無いか?」

「う、うん。助かったべ……あ、ありがとうだべさ……」

「本当に無事で良かったよ。でもウィン、よく無傷だったね?」


 雫は不思議そうに言う。たしかに、あの状況なら噛まれていてもおかしくは無かったはずだ。


「これがあったから、なんとかなったんだべ」

「それって……盾と、剣か?」


 見てみると、ウィンが両手に持っていたのは、たしかに小型の盾の剣だった。

 それも、木製の。

 明らかに手作り感溢れるものだが、作り自体は中々頑強らしく、おかげで野犬相手にも持ちこたえられたようだ。


「えと、渡す物って、もしかしてそれのことか?」

「そうだべ。だって、鋼さん冒険者なのに、剣も盾も持ってないから、可哀想で作ったんだべさ」

「そ、そうなのか……」


 俺、一応魔法使いなんだけどなあ……

 しかも可哀想とか言われた。貧乏で剣も盾も買えない男だと思われていたらしい。


 ウィン……! 俺にだって、俺にだってそのぐらいの甲斐性はあるぞ……!


 そう言いたいところだが黙っておく。折角の好意である。

 俺は一応礼を言い、受け取ろうとするが、それを雫が制する。


「それはまだウィンが持ってて」

「え? ど、どうして――」

「まだ安全じゃない。鋼、ウィンを家に送り届けるよ」

「っ、了解。ウィン、ついてこい」


 雫が言うのならその通りなのだろう。

 ――いや、むしろ、今のは序章に過ぎないのかもしれない。

 俺達は周囲に警戒しつつ家へと向かう。しかしその道中、案の定他の野犬の襲撃を受けてしまった。


 気付くのが遅かった。闇に紛れる黒の野犬が、不意に飛び出してきて俺の首を狙ったのだ。なんとか反射的に左腕で防御はできたが、野犬は口に捕らえた俺の手を噛みちぎらんばかりに牙を剥く。

 だが、これも不幸中の幸いか。


「ガントレットの味はどうだよ、馬鹿犬が! 刺され、鋭き欠片よ!」


 今度は自分の右手に魔方陣を展開して、野犬の腹に零距離で魔力放出をぶち込んでやる。その威力は相当な物で、野犬の衝撃で俺の離れて吹っ飛び、そのまま事切れた。


 なんとか、生き延びたか……


「鋼、大丈夫!?」

「ああ、なんとか。師匠に言われた通り、ローブの下にガントレット仕込んどいて助かったぜ」

「で、でも鋼さん、血が出てるべ!」


 言われて見てみれば、腕から結構は量の血が流れている。ガントレットのお陰で骨までは達しなかったものの、肉ぐらいまでは抉られたらしい。


 う、興奮で気付かなかったけど、こうして見ちゃうと痛くなってきた……


 当然だが滅茶苦茶痛い。気付かなかった方がおかしいのだ。

 流石に「かすり傷さ」とか格好付けられる痛みじゃないので、簡易治療の魔法書を地面に置いて開く。そして呪文によって魔法を発動させる。


「照らせ、癒しの光よ!」


 やり方は先程と同じ。右手に魔方陣を展開して、そこから出る光を傷口に翳すだけだ。するとゆっくりと傷口が塞がり、痛みも徐々に消えていく。


「お、おぉ……凄い、凄いべ! お医者要らずだべ!」

「いや、俺の治療魔法は軽い傷しか治せないんだよ。これがギリギリ」


 師匠にも、治療系の魔法の才能は無いってばっさり言われたし、

 ともあれ、この場はこれで誤魔化せた。先程より一層警戒しつつ、俺達は再び歩き出す。

 幸運なことにその後は家まで何事もなく、無事にウィンを送り届けることができた。


「ウィン、家に入って二人に外は危ないって伝えるんだ。そして念のため明かりを消して、三人でなるべく安全な場所に隠れていてくれ。俺達は周囲の安全を確認してくるから」

「ふ、二人だけじゃ危ないべ! ギルドから他の冒険者さんも呼んで――」

「ウィン、ここはギルドからかなり距離がある。今俺達は転移石は持ってないし、ちんたら助けを呼びに行ってたら爺さんたちが襲われちまうかもしれないんだ。俺達を信じてくれ」

「で、でも……わ、分かったべ」


 言いかけた言葉を飲み込み、ウィンは大人しく家に入っていく。これでひとまずは安心だろう。

 二人きりになったのを見計らい、雫は言う。


「――これ、多分襲撃イベントって奴だよ。町とかでたまに起こるイベントなんだけど、NPCを狙ったモンスターが突然現れて、それを全部撃退すると冒険者ギルドから褒賞が出るの」

「はなからNPC狙いなのかよ、厄介だな……で、どれくらい来るんだ」

「十匹から十五匹。レベルは大体低めなんだけど、それなりに強いボスが一匹混じってる」

「そりゃまた、厄介な……だけど、やるしかねえよな」

「だね。こっちだよ、畑の方から嫌な感じがする。なるべくばらけてるうちに、一匹ずつ始末していこう」


 腰を低く、足音を立てないように気をつけながら俺達は畑の方へと向かう。嗅覚で探知する野犬相手には無意味だが、他のモンスターが混じっていたら、可能な限り気付かれる前に仕留めたい。息を潜める意味は十分あるだろう。


 畑までの道中で、野犬二匹に襲われたものの、雫がうまく二匹とも引きつけておいてくれて、どうにか撃退に成功する。今の戦闘の様子からして、やはり数的不利に陥ると非常にまずいようだ。

 だが、もう既に野犬を四匹仕留めている。運が良ければ残りは六匹、分断できれば対処不能な数ではない。


 ま、ボスのことを計算に入れなければ、だけどな……


 問題はそこだ。俺達に撃退可能なボスであることを祈るしかない。

 ある程度近付いた辺りで、俺達は迂回して付近の林の中から畑に向かう進路を取る。素直に向かうと遮蔽物が何もないため、即座に発見されて囲まれることになりかねないからだ。


 闇に紛れ、木の陰に隠れ、息を潜めて俺達は進む。幸い雫の『直感』のお陰で、敵の位置は見えずとも大体把握できている。


「――いた。あそこだ」


 そう言って雫が指差す方向には、ぼんやりと松明の明かりが見える。更によく目を凝らすと、丁度トマト畑の中央辺りに、数えて六匹のゴブリンが固まっているのが視認できた。そのうち五匹は、以前ダンジョンで見掛けたレッサーゴブリンという低位種だが、一匹は明らかに異質だ。


 なんだあいつ、でけぇ……


 レッサーゴブリンが大体人間の子供ぐらいのサイズに対し、その一匹はまるで熊だ。全長は二メートル、しかしそれ以上に横幅がずんと広く、堂々たる立ち姿はさながら力士のそれである。


「あれは、重装ゴブリン……!」

「知ってるのか、雫」

「うん。レベル十三のモンスターで、名の通り最大の特徴は要塞みたいな重装備。物理攻撃には滅茶苦茶強くて、しかも生命力もそれなりにあるからとにかくしぶとい。弱点は属性攻撃全部だよ」

「レベル13って……しっかし、属性攻撃か。魔法属性も効くのか?」

「物理攻撃よりはね。でも、火とか氷とか、明確な性質を持った属性の方が通りは良い。鋼の使える魔力放出だけだと、削りきれるかどうか……」


 雫は苦い顔で言葉を濁す。

 属性攻撃……俺も師匠から習ってはいるものの、まだ実戦レベルとは言いがたい。火属性は湯を沸かす程度、氷属性に至っては飲み物を冷やす程度だ。氷を作ることもできない。


「きっついな。雫、ポーションとか持ってるか?」

「回復薬と休息薬が一個ずつ、だけだね」

「俺もそんなところだ。魔力回復薬が一つだけあるが、気休め程度だな」


 武器に属性を付与することもできない、か。

 せめてもの救いは、今の所ゴブリン達があそこから動く気配が無い、ということだろう。おそらくさっきの野犬は奴らの飼い犬で、斥候として送り込まれたのだ。今はその帰りを待っている、という状況らしい。


 しかし、いつ痺れをきらして、マロウ家に向かうか分からないというのも事実。ここでいつまでも隠れているわけにはいかない。


「雫、なんか作戦はないか」


 俺は隣の幼馴染みを頼る。情けない話だが、頭の出来は俺より雫の方が大分良い。作戦はこいつに任せるのが最善だ。


「一応、あるよ。まずは邪魔なレッサーゴブリンを一掃する。あそこにいる奴らは、重装ゴブリンを含めて誰も遠距離攻撃をしてこないから、鋼が上手く当てられれば、無傷で一掃できるはず。当たりさえすれば一撃だからね」

「この距離でスナイプか……」


 彼我の距離は甘く見積もって二十メートル。訓練での命中率は三分の二といったところ。この暗闇と実戦の緊張を考えれば、更に下がると見て間違いないだろう。

 俺の魔力放出の弾数は、全快状態で十二発。先程からの魔力消費、それに自然回復分を考慮しても、残りは十発が良いところだろう。魔力回復薬もあるが、こちらは重装ゴブリンにとっておく必要がある。


 相手が五匹だから、求められる最低命中率精度は丁度五十パーセント。ぎりぎり、本当にできるかできないかのラインだ。


「――だけど、やるしかねえよな。よし、レッサーゴブリンは任せろ。絶対に仕留めてやる。

 で、重装ゴブリンの方はどうすんだ。相手はこっちより遥かに高レベルで、しかも硬いんだろ? なにか、戦略はあるのか?」

「正直、そっちに関しては具体的な策は何も無いの。こっちのスキル的にも装備的にも、削り切れる相手じゃない。

 ただ言えるのは、重装ゴブリンが硬いのは、単純に重装備だからだよ。その鎧の一部でも剥がせれば、そこまで怖い相手じゃない。見た目通り鈍重だしね」

「じゃあ、長期戦覚悟で、回避主体で逃げ回りながら、戦いの中で勝機を探るしかないってことか」


 苦しい戦いになるのは確実らしい。

 が、それでも結局、やるしかない。俺は静かに魔法書を開くのだった。


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