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第二話       旅立ちと餞別

 ぼどんっ、と想像以上に重々しい音がした。


 そしてそれに続く、地面を濡らす生々しい水音。俺の肩から吹き出た鮮血はあっという間に血溜まりを作り、俺はその様子を見てようやく痛みを自覚する。


「ぅ、ぁあああああああああぁあああぁああっ!?」


 い、痛い! 痛い痛い痛い熱い!


 左右非対称になってバランスを失った俺の身体は、ふららとよろめきその場に蹲る。反射的に左手で右肩を押さえるが、傷口が大きすぎて止血などできようはずもない。


「は、鋼ッ! ち、ちち、血がっ! 腕が︎」

「ぁああああぁ……! ぐ、ぅうう……だ、だけど、思った程じゃない……」


 叫びすぎて息も絶えて、俺は僅かに落ち着きを取り戻す。そうだ、思った程ではなかった。


 ――チュートリアルから鬼畜と言われるISODというゲーム、その最大の理由がこれなのだ。「ISODってどんなゲーム?」と聞かれたとき、ファンはふざけ半分に「挨拶代わりに腕が飛ぶゲーム」と答えるという。


 に、したってなぁ……! 知ってたから覚悟はできてたけど、そんな問題じゃねえぞこれっ……!


 血を出し過ぎたらしく、一瞬意識が飛びかける。ふらつく俺に駆け寄ろうとする雫を制し、代わりにルーシアスがこちらに歩み寄る。


「大丈夫? 今治療するわね。安心してちょうだい、これでも回復魔法には自信があるの。すぐに治るわ」

「う、腕、くっつくのか……?」

「ええ。大人しくしていてくれればね」


 ルーシアスはそう言って微笑むと、俺の傷口に向けて両手を翳し、なにやら耳馴染みの無い言語で呪文を唱え始める。翳した両手からは暖かな赤色の光が放たれ、それを浴びていると痛みが和らぎ出血も徐々におさまっていく。


 わ、すげえ……一気に楽になった……


「こほん。大丈夫かね? 命には関わらない程度に斬ったのだが」

「どう考えても致命傷レベルだこの野郎……」


 死ぬわ。ルーシアスの魔法がなければ十分足らずで死ねる傷だわ。それを見越してのことだろうけど。


「はっはっは、私の方を殺したげな顔だな? そんな顔ができれば十分元気だよ。

 さて、この通り戦闘の際身体の一部に強烈なダメージを受けると、その部位が千切れてしまうことがある。これを部位欠損と言う。部位欠損は高位の治療魔法を持つ者にしか治せないため、もしこれが起こってしまったら千切れた部位を持って大きな街へ急ぐといい。大都市なら一人は腕利きがいるものだ。高い金は取られるが、まあ片輪で生きるよりかは貧乏人として生きたほうがマシだろう」


 そして何事も無かったかのようにチュートリアルを続けるラナイ。血を吐き出し過ぎたからか、最早怒鳴る気にもなれない。


 ――ちなみにこいつ、マスコットキャラを喰わせるわ、いきなり腕を斬り落とすわ、口調自体が腹立たしいわで、ISODプレイヤーの間では『青髪のリーネランは殺せ』というのが合言葉と化しているとか。気持ちはよくよく分かった。


「それと、千切れた部位はできれば回収すると良い。義体師という者に作らせることも可能だが、その場合出来上がるのにも馴染ませるのにも時間が掛かるからな。ま、一番良いのは部位欠損自体を避けること、つまり最初に言った通り己の力量以上の相手とは戦わないことだ。勇敢は結構だが無謀はよせ、という話だな」


 今回は私の方から挑んだわけだが、と冗談めかして笑うラナイ。笑えねえよ。


 と、そうこうしている間に痛みと出血は完全に消え、ルーシアスは落ちた俺の腕を手に取る。そしてその断面を水で清めると、俺の肩に押し当てる。


「今から接合するわ。自分で押さえていて」

「わ、分かった」


 言われるがままに右腕を押さえる。痛みが消えたからか、レゴブロックみたいだとか考えてしまう。我ながら呑気というか不謹慎というか。


 そんな俺とは裏腹に、ルーシアスの方はより一層真剣な表情で魔法に集中する。目を固く閉じて眉間に力を込め、口から漏れる呪文の密度は増し、その掌から送られてくる熱は最早暖かいを超えて熱いぐらいだ。そしてその魔法を浴びることでこちらの腕にも変化が起こる。


 肩の傷口が熱を帯び、ひりりと弱く痛みだす。そしてその痛みはゆっくりと上腕から肘に、肘から指先に伝わり――気付けば、俺の右腕は完全に感覚を取り戻していた。


「っ、ふぅー……できたわ。どう? ちゃんと指先まで動く?」

「あ、ああ。本当だ……凄いなこれ。元通りだ」


 ぐーぱーぐーぱーぐーちょきぱー。完全に切断された筈の右腕は、なんの違和感も残さず復活していた。


「ははは、よかったよかった。しかし今更だが腕を落されておいて気絶も発狂もしないとは、なかなか骨のある……いや、どうやらこれは君の、君達の特性らしいな」

「? な、なんのこと……?」


 一人で頷くラナイに対し、戸惑いがちに雫が問う。


「その痛覚耐性だよ。普通腕を落とされたらあの程度では到底済まない。君達はどうやら一定以上のダメージを受けると痛覚がある程度制限されるらしい。不思議なものでね、君達のような異国からの旅人は皆その能力を持っているのだよ」

「ふうん、君達ってことは、雫もか? そりゃ便利で――」

「異国からの旅人? あの、もしかして他にも私達みたいに行き倒れてた人がいたんですか?」


 よかったじゃん、とか呑気なこと言おうとしていた俺とは対照的に、雫は身を乗り出して言う。


「? ああ、最近何故だか多くてね。特に、なんと言ったかな――そうそう、『ニホン』とかいう所から来た者をよく見るよ」

「っ! 私達以外にも、ここに来た人がいる……︎」

「な、どういうことだ……?」

「分からない……でも、多分これは夢じゃない。他の日本から来た人に会えば、その辺もはっきりするんじゃないかな」


 雫はそう言い、静かに立ち上がる。怯え戸惑っていたさっきまでとはまるで別人の顔付き。しかしこの芯の強さも間違いなく雫だった。


 目標が定まると強いんだよな、こいつは昔から……


 引っ張るつもりがいつの間にか引っ張られ、という過去何度もあった光景を思い出す。しかしそれも悪くない、こういうときはこいつの行く道を助けてやるのが一番だと俺は知っていた。


 俺も肩を回しながら立ち上がり、雫と顔を見合わせる。そして、二人してぺこりとお辞儀。


「助けてくれてありがとうございました。えと、今は無理だけど、この御礼はいつか」

「御丁寧なチュートリアルをどうも。感謝はするけどいつか『御礼』してやる」


 雫はルーシアスに、俺はラナイにそれぞれ礼を言う。


 ま、なんだかんだで役立つチュートリアルだったし……


 感謝しているのは本当。同じぐらい恨んでるけど。


「くっくっく、腕を斬り落とされてありがとうとは、また殊勝なことだ。高慢なリーネランに高説垂れられたくなければ、今度は情けなく行き倒れたりしないことだな」

「行くのね。まずはここから真っ直ぐの所にあるアケストの街に行くといいわ、ニホンからの旅人が集まっているはずよ。

 それと、このディアナは危険が多いから、貴方達の無事を祈ってこれを送るわ」


 と、ルーシアスは皮の袋を一つずつ俺たちに手渡す。重さは感じるが、不思議と中に何が入っているのかは触っても分からない。


「あ、ありがとうございます。これは?」

「空間拡張の魔法が掛かった袋よ。中は無限に広がるから大抵の物は入るけど、その分の重量は身体全体に『負荷』として掛かるようになってるから持ち過ぎには気を付けてね。とりあえず即効性の回復薬と、雫さんの方には鉄のダガーを入れておいたから」

「そんな便利なもの、ただでくれて良いのか? 正直滅茶苦茶ありがたいけど」

「そんなに大したものじゃないわよ? ディアナの人は大抵持ってるし、中身も、その」

「おや、私が調合を失敗した薬を持たせたのか。まあ心配するな、非常に苦いが効果は店売りと同じだ」

「あぁ、そんなのもあったっけ……」


 雫は苦笑する。地味にこのチュートリアルでしか手に入らないユニークアイテムである『回復薬(ラナイの失敗作)』、フレーバーテキストには「ひたすら苦い。効果は普通。ラナイが少し煮詰め過ぎたらしい」とか書かれてたっけ。


 そんな贈り物を腰に付け、改めて深く礼をして俺たちは外の光を目指し歩き出す。

 チュートリアルは終わった。まだ状況はまるで掴めていないが、ともあれ歩き出さねばなるまい。冒険はもう始まったのだから。



   ■



 鋼達が目覚めた洞窟から北におよそ二十メートル、鬱蒼と木々が茂る森の中、その一本の枝に乗り息を潜める影一つ。手にした細長く筒は魔法で集音効果も付与された望遠鏡で、非常に値は張るがこと観察や追跡に於いてはこれを超えるものはそうそう無いだろう。


『――まずはここから真っ直ぐの所にあるアケストの街に行くといいわ、ニホンからの旅人が――』


 いつか自分を助けた女の声が、新たな迷い人を導くのを聞き、影は我知らず苦笑する。


(懐かしいな。オレも、あんな風に教えて貰ったんだっけか)


 しかし、思い出に浸る時間は無い。チュートリアルの終わりを察した影は、その望遠鏡を腰の袋にしまい込むと、音も無く目の前の枝に飛び移る。ひゅんひゅんと繰り返すこと数回、洞窟の入り口がはっきり目視出来る程度の距離まで近付いて、影は再び気配を殺す。こうしている限り、野生生物でも影の存在にはほとんど気付けないだろう。


(さて、と)


 影は小さく一息。洞窟から出てきた二人組の背を睨みつつ、心中で呟く。


(今度の奴らは、ちったぁ見込みがあると嬉しいんだがね――)


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