第十六話 安寧と暗転
――案の定、滅茶苦茶大変だった。
普段から手伝いをしていたから、その大変さを知らなかったわけではないし、舐めて掛かったつもりはない。しかしそれでも、実際に住み込みでやってみると、そのキツさは想像を遥かに超えていた。
朝はまだ暗いうちに起きて、涼しいうちに収穫して、日が昇ったら水やりして雑草抜いてまた収穫。中腰の作業が続き、作物の運搬には腕力も必要で、夏の陽射しは体力を根こそぎに奪っていく。一日の全作業が終わる夕方には、本当に足元も覚束ないことがしばしばだった。
しかし、そんな大変な日々を送れば例の一件は否応なしに忘れていられるし、暖かなマロウ家との生活は俺達の心を癒してくれた。報酬以上の見返りがそこにはあったのだ。
そして、そんな生活ももう六日目、残すは明日一日となっていた。解放感もあるが、同じくらいの名残惜しさもあった。
で、この一週間で変わったこと。
「――鋼さん、お手紙来てたべ。このマーク、またギルドの人だべか?」
ノックの後、俺と雫に与えられた部屋の中に、封筒を携えたウィンが入ってくる。
「ん、見せてみ。あぁ、ギルドの朝猫さんだ。ええと、内容は……うん、野菜のお礼状だな」
「私にも見せてー。ふむふむ、マロウ農場と取引が結べて嬉しいって書いてあるよ。折角だからお爺さんたちにも見せて来なよ」
「分かったべ!」
手紙を受け取ると、ウィンは「爺ちゃーん! 婆ちゃーん!」と呼びながらどたどたと階段を降りていく。元気な子である。
――まず一点がこれ。一週間くらい農家やってくる、と朝猫さんに話したのがきっかけで、マロウ家はギルドの酒場と契約を結ぶこととなったのだ。仲介手数料無しの直接契約、しかもギルドの酒場となればかなりの量の安定需要が見込めるため、マロウ家としては万々歳。ギルド側としても、質の良い新鮮な野菜が安く手に入るということで、お互いにウィンウィンだとか。
予想外だったのが、朝猫さんが意外と酒場では偉い人だったってことだよな……
契約交渉などはほとんどあの人がやったらしいし、侮れない姐さんである。
と、少ししてまたどたどたと階段を昇る音が。
「爺ちゃんたちも喜んでたべ! はい、お手紙」
「ん、そりゃ良かった」
「えへへ。ありがと鋼さん!」
お礼をいいつつどーん。ウィンは俺の胴体にタックル気味に抱きついてくる。
――そして二点目がこれ。二人してウィンにえらく懐かれた。
今まで老夫婦と三人暮らしで、学校にも行ってないらしいから、同年代の友達というのは俺達が初めてなのだろう。そりゃもう無邪気にじゃれついてくるのである。ちょっと無邪気過ぎて危険なくらい。
「あ、あの、ウィン? 遊ぶのは良いし、鋼に抱きつくのもまあ良いとして――百歩譲って良いとして、その顔の位置はちょおっと危なくないかしら?」
「そ、そうだぞウィン。色々危ねえぞ」
胡座掻いている所を真正面から抱きつかれれば当然だが、今現在ウィンの顔が俺の股間に収まる形になっている。危険度Aランクである。
「ん、分かったべ。あだ、顎になんか硬いのが当たったべ!」
「ベルト! ベルトの金具ですぅ! 誤解招くからやめてウィン子さん! 雫さんもメイス握るのやめて!」
危険度Sランク。懐いてくれるのは良いが、こんなことが稀にあるのが困りものである。
硬いのは嫌だったらしく、今度は雫に抱きつくウィン。猫みたいな奴だ。
「あーあ、明日になったらもう二人も帰っちゃうんだべか……寂しくなるべ」
「そんな悲しそうな顔しないの。私達しばらくはギルドにいるから、いつでも遊びに来てもいいし、こっちからも遊びに来るから」
「そうだぜウィン。毎日会えなくたって友達だ。そういうもんなのさ」
「そうだべか……ん、分かった。おやすみなさいだべ」
少しだけ寂しさを滲ませつつ、ウィンは手を振り部屋を出て行く。
ま、こんな郊外の家で三人暮らしじゃ、ちょっと寂しいよな……
依頼が無くても、近くを通ったら寄ってみよう、と心に決めて、俺達も寝る仕度を始めるのだった。
■
一週間頑張ってきたからか、最終日の農作業は午前中だけで終わってしまった。
というわけで、午後一杯は自由時間ということに。雫とヘトレ婆さんは台所で異文化料理教室、俺とウィンとロイ爺さんは近くの川に釣りに出かけることに。日暮れになって雫が呼びに来るまでのんびり釣りを楽しみ、晩飯は釣った魚と今日採れた野菜を使った二人の創作料理だった。
懐かしいような、それでいて初めて食べるような、二つの世界の技術が噛み合った料理に舌鼓をうちつつ、最終日の晩餐は続いていく。初日の阿呆な大失敗を笑われて赤面したり、最後にはやたらと感謝されてそれはそれで気恥ずかしかったり。
「――さて、と。それじゃあそろそろ帰り支度を始めるか」
「そうだね。あんまり遅くなっちゃっても困るし」
「もう帰っちゃうんだべか? もうちょい居ても……」
「こら、あんまり引き留めるんじゃないよ、ウィン。それにお前、渡す物があったんだろ?」
「あ、そうだべ。今納屋から持ってくるべ!」
言ったが早いか、ウィンは部屋を飛び出していく。俺達も借りていた部屋に行き、纏めた荷物を手に取る。とはいえほとんど荷物袋に入れてしまえるので、手間が掛かるのは一応持ってきた装備類ぐらいだが。
「どうする? 装備も中に入れちまうか?」
「んー、でもここからギルドまでの道中で、もしかしたらモンスターに遭うかもしれないし、一応着ておいた方が良いんじゃない?」
総重量は変わらないんだし、と雫。考えてみればそれもそうだ。
この四次元荷物袋、便利は便利なんだけど、入れた分だけ全身に負荷が掛かるからな……場合によってはリュック背負うよりも疲れるのが難点である。調子乗って物入れすぎて圧死した、なんて冗談みたいな話もあるらしいし。
そんな訳で、結局フル装備で帰ることに。一階に戻ると、それを見たロイ爺さんはにっこりと笑って言う。
「うん、やっぱり二人は農作業しとるより、立派な装備着けてる方が似合っとるな」
「そうだねえ。二人とも、冒険の途中なのに一週間も付き合ってくれて、ありがとねえ」
「はは、そう、かな」
笑みが少しぎこちなくなる。
――結局、この先どうするかは未だに決まっていない。冒険者になるか、あるいはその道を諦めるか、結論を出すのはもう少し先になりそうだった。
「にしても、ウィンの奴は随分遅いのお。すまんがちょっと見てきてやってくれんか? 納屋のガラクタに埋もれてるかもしれん」
「要らないものをちゃんと捨てないからそうなるだよあんた。全く、いつも掃除しろって言ってるのに」
「あはは、んじゃちょっと見てくるよ」
たしかに、あの納屋は農具一つ探すのにも一苦労だったからなあ。この夜闇の中で探し物をするのは大変だろう。
さて行こうかと玄関から出た瞬間、不意に雫が足を止める。
「? どうした雫、靴紐でも解けたか?」
「――嫌な、予感がする」
「なっ……!」
唐突に告げられた言葉に、俺は忘れ掛けていた悪夢を思い出す。
フラッシュバックするのは、無惨に斬り殺された二人の遺体だ。
雫は納屋の方角を睨むと、悲鳴のような声を上げる。
「あっちだ……ウィン、ウィンが危ないかも!」
「っ、行くぞ雫! 今度は助けなんか呼んでられねえ!」
「分かってる! 私だって、もう嫌だもん……!」
思いは同じ。俺達はただがむしゃらに、ウィンの元へと駆けていくのであった。




