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第十四話      一度、立ち止まって

 ――その後、激しい錯乱状態にあった裕也を保護し、俺達はダンジョンを出た。アルフとウォールの遺体は明日回収することとして、師匠がその場で巨大な氷の棺を作り、ひとまずそこに安置しておいた。


 帰りは徒歩で、ギルドに着くまでほとんど誰一人口を開くことは無かった。あんなことの後なのだ、無理もない話だが。

 ただ、ギルドでの去り際、鉄心は俺達に一言だけ残していった。


「――冒険者じゃねえ生き方もある。少し、ゆっくり考えてみるといい」


 そして二人はギルドの医者の元へ裕也を届けに行き、俺達は二人きりで残されたのだ。


 食事をする気にもなれず、俺達は部屋へと戻る。そしてどちらが言い出すというわけでもなく、二人で俺の部屋へと入った。


 月明かりだけが照らす暗い部屋で、シングルベッドの上、ダンジョンでそうしたように隣り合わせに座る。そして今度は両手で雫を抱き締め、しばらく何も言わずそうしていた。

 いつしか腕の中で嗚咽が漏れて、嗚咽は小さな後悔の言葉になる。


「わた、私、分かってたのに……! 絶対行っちゃ駄目って分かってたのに、止められなかった……!」

「仕方ないよ、雫。あの場では、あれ以上どうしようもなかった」

「でも、でもっ! 私がもっと強く止めてれば! みんな、無事だったかも知れないのに!」


 自責の言葉が涙と共に溢れ出る。


「違うよ、雫。お前があれだけ止めてくれたから、俺はこうして無事に生きてる。お前のせいで死んだ奴なんて一人もいない、お前のおかげで助かった俺がいるだけだ」

「鋼……でも、でも……!」

「分かるよ。それでも、考えちゃうよな」


 きっと俺が同じ立場でも、自分のことを死ぬほど責めるだろう。そんなことしてもなんにもならないって分かってても、そうせずにはいられないはずだ。


 だから。


「今日はもう、休め。なにも、なにも考えなくてもいいように、目を閉じて寝てしまえ。大丈夫、俺がそばにいるから」


 雫の華奢な身体をころんと倒し、ベッドに寝転がらせる。そして毛布を掛け、俺は枕元に膝立ちになって、雫の手を握る。


 それはまるで、幼い頃眠れない夜、母親にしてもらったように。

 そうして俺は、雫が安心して眠りに落ちるまで、いつまでのその手を握っていたのだった。



   ■



 目覚めたら全身がばきばきだった。


 そりゃそうだ、結局一晩中雫の手を握って、そのままの無理な姿勢で眠ったのだから。

 手の中にはまだ暖かな感覚があって、顔を上げると既に起きていた雫と目が合う。


「あ、起きたね、鋼」

「ん、おはよ。落ち着いたか?」

「おかげさまで。お腹空いた、ご飯食べに行こ」


 着替えてくるね、と雫は部屋を出て行く。まだ若干無理をしている素振りはあったが、それでも昨日よりはずっと落ち着いた様子で安心した。


 少しでも、気が楽になったらそれでいいんだがね……


 廊下で合流し、二人で一階の酒場に。いつも通りのカウンター席で朝食をとる。

 昨日の晩から何も食べてなかったので、食は自然と進む。しかし、やはりお互いいつもより口数は少なかった。


 と、俺達のカウンターに、頼んでいないチーズケーキが一つずつ置かれる。なんだ、と顔を上げると、そこには朝猫さんの優しげな笑みがあった。


「おはよ。昨日は災難だったらしいやんか、まあ食べて元気出しいや」


 うちの奢りや、と朝猫さんは言う。


「ん、ありがとうございます」

「いただきます」


 これはご好意と受け止めて、遠慮せずにいただくとする。濃厚で深い味わいが、口の中にじんわりと広がるのを感じる。悲しいかな、美味しいものはいつ食べたって美味しいのだ。


「鉄心とアイザック先生に聞いたんよ。こんな言い方あれやけど、あんたらが生きて帰って来ただけ儲けもんよ」

「そう、ですよね……朝猫さん、あの、なにか知りませんか? アルフ君達を、その……」


 言葉にするのも憚られるのだろう、雫はその先を濁す。


「知ってどうするん? 仇討ちでも考えとるんやったら教えられへんよ」

「そんなんじゃないんです。だけど、あんなことをする人達って、一体なんなんだろうって、知らない方が怖くて」

「せやね……正直、うちもよくは知らんのよ。でも、噂くらいは聞いとる。かなり悪質なプレイヤーキラーがいるってことだけね。目的も正体も不明、分かっとるんはやたら強いっつうことだけや。ほとんど怪談みたいなもんや」

「怪談、ねえ……」


 その表現はあまりにも似合い過ぎる。俺が見たあの男は、まるで人の形をした恐怖だった。


「こんなに情報が出たのは今回が初めてやと思うで。今までは、出会った連中は全員生きて帰って来んかったから。鉄心とアイザック先生連れてったのは大正解よ、あの二人じゃなかったらあんたら諸共殺されとってもおかしない」

「ですね。でも、鉄心と師匠二人掛かりでも逃げられるって、あれを止められる奴がいるかどうか……」

「今回で面がはっきり割れたからね、ギルドの精鋭部隊で捜索隊が組まれるらしいけど、正直あんま期待しとかん方がええで。お察しの通りあの二人で無理やったらまず無理やろ」


 せやから精鋭部隊なんやけどね、と朝猫さんは溜息交じりに漏らす。

 正直、あの男を捕らえられるビジョンがまるで浮かばない。並の強さの人間では、あっさりと返り討ちにされるのがオチだろう。

 そんな会話をしているうちに、チーズケーキも食べ終える。


「ごちそうさまでした。美味しかったです」

「私もごちそうさまです。気遣ってもらって、ありがとうございます」

「ええよええよ、気にせんといて。こーゆーときは貰えるもん全部貰っとくべきなんよ。ケーキも、好意も、忠告も」

「忠告……昨日、別れ際に、鉄心に『冒険者じゃない生き方もある』って言われたんです。あれは、どういう意味だったのか……」


 俺がそう言うと、朝猫さんはほんの少しだけ寂しそうに微笑む。

 そか、あの子んなこと言うんやね――聞こえるか聞こえないか、そんな呟きを漏らしたあと、朝猫さんは言う。


「そのまんまの意味よ。うちや、上で事務やっとるユイナが良い例やね。うちらはもうしばらくモンスターとかと戦ってへん。皿洗ってご飯作って、書類整理して受付してっつう日々や。そうやってギルドからお給料貰って、この世界で生きとる。うちらみたいに、命懸けの冒険からは離れた平和な生き方だって、ここにはあるんよ」

「平和な生き方……」

「意外と多いんやで? ギルドで職員として働いとる人だけやない。村で農家やっとるプレイヤーも、町で商人やっとるプレイヤーもおる。冒険が嫌になったら、そういう選択肢もある、ゆうことを言いたかったんやろな、鉄心の坊やは」


 大人んなっちゃって、と朝猫さんは苦笑する。それが嬉しいのか悲しいのか、頭の猫耳が少ししおれていた。


 戦わない生き方、か……


 元いた世界ではそれが当たり前だった。日々に危険なんかなく、命懸けなんて言葉すら使わないのが普通だったのだ。


「ま、急に選べ言うんも酷やろ。ゆっくり考えたらええ。差し当たって、今日は平和なお使いクエストでもやっといで。なにもせえへんより気ぃ紛れるやろ」

「そう、ですね。ありがとうございました、二人で考えてみます」

「ありがとうございました」


 俺達は揃って頭を下げて、言われた通りにクエストボードへ。たしかに、部屋にいても気が滅入る一方だし、だからと言って遊びに行くような気分じゃない。簡単な依頼でもするのが一番だろう。


 二人で探しているうちに、郊外の農家での収穫依頼というものを見つける。


「これにしないか、雫。多少汗かくのも気分転換になるだろ」

「そうだね。うん、それにしよっか」


 というわけで、軽い気分でこれに決定。農作業系の依頼は疲れる割に報酬がしょぼいということもあって、誰とも競合せずに依頼を受けることができた。


 ――今は少しだけ、考えるのをやめよう。そうするのがきっと、一番いいのだ。

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