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第十三話      最善策と邂逅

 ――悲鳴が聞こえた。


 気のせいではない。今まさにダンジョンの入り口まで出てきた俺達の耳に、悲痛な絶叫が確かに届いたのだ。


「っ!? お、おい、今のって……!?」

「アルフ君の声だ……やっぱり、なにかあったんだ……!」


 雫は悔しげに下唇を噛む。先程もっと強く引き留めていれば、と後悔しているのだろう。

 だが、今はそんなことをしている暇は無い。何があったにせよ、助けに行くのが先決だ。後悔や反省はその後でいい。

 踵を返しダンジョンへと戻ろうとする俺を、しかし雫の腕がぎっちりと捕らえる。


「鋼、何する気!? 戻っちゃ駄目だよ!」

「はぁ!? なに言ってんだ馬鹿! 今の聞こえただろ!? 助けに――」

「馬鹿は鋼だよ! 今行ってどうするの!? なにがあるか分かんないんだよ!? アルフ君達より弱い私達が行ってどうなるの!?」

「っ、じゃあ見捨てろってのか!?」


 思わず怒鳴り合いになってしまう。


 分かってる。雫だってそんなのは本意じゃないだろう。これは冷静な判断の結果だ。だけれど!


 雫は不意に自分の持ち物袋に手を突っ込むと、とあるアイテムを取り出して見せる。


「それは……転移石……」


 雫の手にあるのは、いつかスノースライムからみっともなく逃げ出してまで完了させた依頼で得た報酬だ。効果は名の通り、使用者を行ったことのある任意の場所に一瞬で転移させる、というもの。おそらく今現在俺達二人が持つアイテムの中で、最も高価なものだろう。


「これで今すぐギルドに戻って、強い人の助けを呼ぶ。それが私達のできる最善だよ」

「でも、その間にアルフ達が――いや、信じよう。俺達の最善を尽くすだけだ」


 雫の言う通り、これ以上の策は無い。俺は言いかけた言葉を飲み込んで、雫の手に自分の手を重ねる。


「行くよ。転移発動、『プレイヤーズギルド』!」


 雫が宣言すると、手の内で転移石が強い光を放つ。眩しさに一瞬目を閉じて、再びこの目を開いたとき、そこは見慣れたギルド一階の酒場だった。

 突然酒場の中央に現れた俺達に、周りのプレイヤー達は軽くどよめく。転移石は中々貴重なアイテムなので、それによって戻ってくるというのはよっぽどのことだと皆知っているのだ。


 よし、酒場には結構な人数がいる。これだけいれば、協力してくれる腕利きも少しはいるだろう。


「みんな聞いてくれ! 今俺の友達がピンチに陥ってる! 場所はレベル三のダンジョンだが、おそらく状況の危険度はそれよりずっと高い! 腕に自信のある奴は助けてくれないか!」


 周りの全員に向かって声を張り上げる。しかし皆戸惑いを見せるだけで、すぐに名乗りを挙げるような奴はいない。


 当然だ。よく状況も分からず、ただ危険であるというだけのところに首を突っ込む奴なんて、そうそういるわけが――


「おい、どうしやがったてめえら。なにがあったんだ」


 と。

 聞きなれたぶっきらぼうな声が背後から響く。


「鉄心君!? なんでここに!?」

「仕事が早く終わった――つうか早々に探索失敗したから、ここでてめえらの帰りを待ってたんだよ。だってのになんだいきなり、穏やかじゃねえな」


 鉄心はそう言いつつ、くいと面頬を顔に装備する。このお人好し、既に協力してくれる気らしい。


 良かった……! 一番居て欲しい奴が居てくれた……!


 俺達は早口に状況を説明する。といっても、さっき大声で言ったことに付け加えることなんてほとんど無かったが。

 聞き終えると、鉄心は「成る程な」と頷く。


「分かった、状況は全く分からないがとにかく危険そうだと……ったく、思い付く限り最悪な救助依頼だ。そう思うよな? アイザック」

「僕に振らないでくださいよ……」


 心底面倒臭そうに答えるのは、先程まで鉄心が座っていたテーブルに座る、白衣に眼鏡の男性だ。


「師匠! いたんですか!」

「いましたよ、最初から。面倒そうなので息を潜めてましたが」


 露骨に嫌そうに言いながら、くいとミルクを呷るアイザック師匠。このぱっと見冴えない研究者みたいな人こそ、俺の魔法の師匠であるアイザック・フォンデール氏だ。


「馬鹿言ってねえでさっさと行くぞ。弟子のピンチだろ」

「弟子の、ならともかく、弟子の友達なんて完全に他人ですよ。そんな無駄な危険冒したくないです」

「いいから行くんだよ! 前衛だけじゃ危ねえだろうが! ほら鋼、この薄情者になんか言ってやれ!」

「師匠、お願いします、助けてください! 他に頼れる人が居ないんです!」


 懇願する俺と、椅子の足をがんがん蹴る鉄心に挟まれ、師匠はやれやれと立ち上がる。


「分かりましたよ……まったく、うるさい友人とかわいい弟子にはかないません。力を貸しましょう」

「師匠……!」

「よし、オレとこいつがいりゃなんとかなるだろ。雫、転移石はまだ使えるな?」

「うん、まだあと一回は使えるよ!」

「十分だ。いくぞ!」


 転移石を持った雫の手に、他の三人がスポーツの円陣を組むときのように手を重ねる。


「転移発動、『ダンジョン』!」



   ■



 ダンジョンに入ると同時に、鉄心は巻物を、師匠は魔法を使用する。

「『千里眼の巻物』、発動」

「捉えよ、潜むものの命の鼓動」


 鉄心の巻物はマップ把握の効果で、師匠が今唱えたのは生命探知の魔法だ。生存者とモンスターの状況、それからそこへ辿り着くまでの最短経路の把握をまず済ませたのだ。


「ふ、二人とも、流石手慣れてる……」

「オレ達はギルドじゃ有事の際の捜索隊もやってるからな」

「僕は嫌々加入させられてるだけですけどね……このフロアには人間の反応はありません。まだ上にいるようです」

「誰も逃げ出せてないってことか……急ぐぞ」


 言ったが早いか、鉄心は今確認した二階への最短ルートを走りだす。一応加減はしてくれているようだが、忍者の速度に俺達はついていくのがやっとである。


「つ、疲れるから走らないでくださいよ……で、その角にモンスターが三匹いますよー」

「二匹オレがやる。一匹任せた」

 これもそう言った次の瞬間、角から出てきたレッサーゴブリン二匹の首が音も無く飛んでいる。そして残るもう一匹も、詠唱も無く発射された魔力の結晶に貫かれ、あわれ雄叫びすら挙げることなく突き当たりの壁に磔になる。


 知ってはいたけど、この二人、本当に強い……!


 先程はアルフ達を見て凄いと思っていたが、こちらはそれとすらまるで格が違う。このレベルの敵ならば、二人は呼吸より容易く葬ってしまうだろう。


 そんな二人の背に続いて早くも二階へ。階段を登りきったところで、二人は再び経路と生存者の確認をする。


「……人間の反応は二つだけですね。それも一つずつ離れています」


 二つだけ、という言葉に、俺達は思わず拳を潰れるほど強く握る。アルフ達は三人、最悪の可能性が脳裏によぎる。


「っち、遅かったか……? どことどこだ」

「地図でいうと、この二箇所です。しかし、気になる点が一つ」

「? なんだってんだ?」

「さほど強いモンスターの反応が無いんです」


 師匠は深刻な表情でそう言うが、俺はそれのなにが悪いのか分からない。


「? それは、良いことなのでは?」

「そうとも言えません。考えてみてください。強いモンスターじゃないのなら、何故ご友人は悲鳴をあげたのか。この場合考えられるのは、単純に罠か、それか実は強いモンスターはもう死んでいて、一人が相討ちになったか――あるいは、そのどちらでもないか」

「どちらでもないって……」

「この人間の反応が、敵じゃないことを祈りましょう。行きますよ」


 そう言って、師匠は魔法書を片手に構える。その姿は魔法使いにとって本気の戦闘態勢だ。否応無しに全員の緊張が高まる。

 鉄心を先頭に、次に師匠、俺、雫という順に並び、俺達は慎重に進む。

 師匠がマーキングした地点に近付くと、鉄心が不意に足を止める。そしてぴくりと鼻をひくつかせる。


「どうしました、鉄心」

「……人間の血の匂いだ。それも、かなりの量。

 鋼、雫、お前らはここで待て。合図するまで出てくるな」

「っ、わ、分かった」


 反論したくなるのを抑え、俺は素直に頷く。それは俺の鼻にも、僅かに鉄臭い匂いが感じられたからだ。

 もし、アルフ達が最悪の状態だったら、雫に見せるわけにはいかない。そんな思いもあった。

 俺達を角で待たせ、鉄心と師匠は人の気配がする通路へと出て行く。


「……鋼」

「どうした、雫」

「これ、必要なら使って。ごめん、私は、怖くて見られないから」


 雫はそう言って、持ち物袋から手鏡を取り出し俺に手渡す。そして自分の顔を覆い、小さく蹲ってしまった。


 雫……


 俺は同じようにその場に座り込み、左腕で雫を抱き寄せる。何か言葉を掛けようとしたが、この口からは何も出て来なかったので諦めた。


 一体、俺にどんな言葉が掛けられるという。ただそっと頭を撫でる、それしか俺にはできなかった。

 そしてそうしながら、小さな手鏡越しに通路の様子を伺う。角度を調整するうちに、鮮血の海に倒れるアルフとウォールの姿を捉える。


 っ、二人共……


 ぐ、と悔しさに下唇を噛む。しかし、二人が倒れているとなると、計算が合わない。あと二人分の反応のうち、一人は裕也だとして、もう一人は一体――


 と。

 揺れる手鏡が、不意に見知らぬ男を映す。襤褸のようなローブを纏い、不気味なほど細く長い腕と伸び放題の髪をだらんと垂らす、枯れ柳のような男だ。

 その死神のような風貌に、俺は思わず息を飲む。


「――挨拶は抜きだ、不気味野郎。これはてめえの仕業か?」


 男と対面したのだろう、鋭く尖った鉄心の声が聞こえてくる。


「……そうだと言ったら?」

「とっ捕まえて牢にぶち込む。この国の法で裁かれろ」


 敵意剥き出しの鉄心の言葉に、しかし男は心底愉快そうに笑う。


「くふ、ふはは、それでいい! 貴様は実に良いプレイヤーだ。そうだとも、そうじゃあなくちゃいけない」

「あ? なに言ってやがるイカレ野郎」

「なあに、褒めているのだ。貴様はもう立派にこの世界の住人だ。貴様のような人間こそ、この世界に必要なもの。この世界を更に先に進めるため――」


 と。

 男の言葉を、大質量が石の壁や床を削る轟音が遮る。手鏡の中は無数の太い氷柱で埋まり、男の姿は見えなくなる。


「――時間稼ぎご苦労様でした、鉄心」


 そして、氷より冷たい師匠の声が告げる。


「もう少し喋らせても良かったんじゃねえのか、アイザック。つうか、これ殺してねえだろうな……」


 やり過ぎだ馬鹿野郎、と鉄心は毒づく。


「質問なら牢の中でいくらでもできるでしょう。一応加減はしましたので、死んではいないはずですよ。手足くらいは潰れたかも知れま――」

「くふ。誰の手足が、潰れたと?」


 キィン、と。

 甲高い音と共に、手鏡の中で氷が爆ぜる。そして氷柱の檻の中から、刀を携えた無傷の男が顔を出す。


 無傷、だと……!? あの魔法を掻い潜ったってのか!?


「只者ではない、ということですか……鉄心、手加減は不要のようです」

「どうやら、らしいな。殺す気で行く。じゃねえとこっちが死ぬぞ」


 二人の声音が更に真剣なものへと変わる。発せられる純粋な殺気は、こちらまで息苦しくなるほどだ。


 しかし。


「なにを勘違いしている? 貴様らとやり合うつもりなど毛頭無い」

「んだと? そっちに無かろうが、こっちには――」

「転移発動、『アジト』」

「なっ!? てめ、待ちやがれ!」


 鉄心の声も意味は無い。男は既に消え去り、斬り裂かれた氷柱と、二人の死体だけが残されるのだった。


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