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第十二話      理不尽な殺意

「――よっし、んじゃ気合入れ直して行くぞてめーら! びびってねえだろうな!?」


 殊更に威勢良く鼓舞するアルフに、裕也とウォールは「はいはい」とばかりに答える。


「大丈夫だって。――にしても、お目当の雫ちゃんに逃げられてやんの。ぷぷぷー、残念でしたねアルフくぅん」

「折角格好付けまくってたのに、雫ちゃんは完全に鋼ばっかり気にしてたしな。ありゃ脈無いわ」


 そしてここぞとばかりに全力で煽るウォールと、ばっさり切り捨てる裕也。

 そう、アルフがあれほど強引に二人を誘ったのは、ひとえに雫の気を引きたいがため。その雫が早々にあんなよく分からない理由で帰ってしまったのだ、空元気になるのも無理は無かった。


「う、うるせーぞお前ら! まだ全然これからだし! なんだかんだで格好良いとこ見せたし! ばーかばーか!」

「ガキか。っつうか、良いとこ見せたいんなら、素直に一緒に帰ってたほうが印象良かったんじゃねえの?」

「んなもん格好悪いだろ! ボス倒して報酬見せりゃ、『アルフさん強くて素敵!』ってなるんだよ!」

「あっそ……」


 発想からしてガキだな、と裕也は内心苦笑する。


(どう考えても「私の意見をちゃんと聞いてくれる、素敵!」の方がありそうだけど……まあいっか、どうせどっちにしろ脈無いし)


 面白いから今後も放置で、と裕也はアルフの恋路についての方針を決定する。このテンションだけのパーティーリーダーは、頭空っぽなりに見守りたくなる魅力はある男だ、というのが裕也の評価だった。

 ウォールの方も大体同じ、それ故にこうしてなんだかんだ一ヶ月近く固定パーティーを組んでいる。今回雫の警告を無視して進んできたのも、アルフを曲がりなりにも信頼したからだ。


(ま、罠に関しちゃ、大体は前衛の二人が掛かってくれるっていうのもあるしな)


 気付かれない程度にいつもより後方からついていく裕也。この抜け目なさこそ裕也の長所でもあった。


 そんな風に進むことしばし。特に接敵も無く順調に進み、貴重なものは無いがアイテムも幾つか拾うことができた。


「お、千里眼の巻物じゃん。今日はなんか、楽にアイテム拾えるなあ」

「敵少なくね? 誰か魔物避け効果の装備とかしてないよな?」

「んな高級品誰も持ってねえだろ。単純にそう言うダンジョンか、あるいはNPC冒険者が既に入り込んでるとかかもな」


 稀にだがそんなこともある、と裕也は聞いたことがあった。NPC冒険者は立て札を残したりしないから、ダンジョンの中で予期せずばったりなんてこともあるとか。

 それを聞くと、アルフは露骨に嫌そうな顔をする。


「げー、ここまで来てNPCに先越されるとか嫌だぜ。急ぐぞ、オレは雫のためにもお宝を手に入れなきゃならねえんだ!」

「ぎゃはは、完全に勘違いくんだこいつ! 待ってよアルフくぅん!」

「あ、馬鹿お前ら、一応警戒しながら進めよな! 雫ちゃんの言ってたこと早速忘れたのかよ!」

「大丈夫だって! 敵も少ねえし、罠もしょぼいし――」


 と。

 裕也に言い返すため、軽く振り向くアルフ。そんなちょっとした余所見をした、その瞬間だった。



 ひゅん、ぼどん。



 まずはほんの僅かな風切り音がして、次に落下音がした。


「……は?」


 アルフが自分の身に起きたことに気付くまで一瞬の間があった。

 そして気付く。そして、『思い出す』。その懐かしい感覚を。


 右腕が、斬り落とされたのだ。


「なっ、ぎゃぁあぁぁああああぁぁぁあああっ!?」


 肩の断面に走る覚えのある激痛に、アルフは我を忘れて絶叫する。


「あ、アルフ!? 大丈夫か、おい――」

「待てウォール! なにかいるッ!」


 アルフへ駆け寄ろうとしウォールを、裕也は一喝で止める。彼の視界からは、アルフの蹲る右横の角に、何かがいるのが見えたのだ。


 それは間違いなく、アルフの腕を飛ばした張本人。裕也は弓を、ウォールは大盾を構えてその出現を待つ。


「――よくもまあ、そんな物見遊山で魔物の巣窟に踏み入れられるものだ……」


 そして現れたのは、一本の刀を携えた長身の男だ。

 長く細い手足をだらんと垂らし、その身にはほとんど襤褸のようなローブを纏う。伸びたい放題に伸びた髪はその顔を完全に隠してしまうほどで、陰鬱さと不気味さをこれ以上無いというほど全身から放出している。


 モンスターか、というほどの容姿だが、そんなはずはない。すれ違いざまに一撃で腕を斬り落とす、なんて凶悪なモンスターがこんなところにいるはずが無いのだ。


 ならば。


「てめえ、何者だ……!?」


 怒りに震える声でウォールは問いただす。返答次第ではすぐさま飛び出して斬りかかる、と言わんばかりの殺気が全身から漏れ出していた。


 しかし、その枯れ柳のような男は質問には答えない。


「まるで、子供の遠足気分じゃあないか……よくないな、そんなのは。もっと、自覚してもらわないと……」

「な、なに言ってんだこの野郎! 意味の分からねえことを――」

「分からないか? つまり、ゲーム感覚では困る、ということだよ」


 男はそう言いながら、まるでケーキでも切り分けるような気軽さで、蹲るアルフの喉を突き刺した。

 絶叫も無く、ただ鮮血の散る音だけを残して倒れるアルフ。冗談みたいに静かに転がって、彼はそれきり動くことはなかった。


「は……? な、な……え?」


 あまりのことに、二人とも戸惑うばかりで反応することすらできない。全てはたちの悪い冗談で、二秒後にはプラカードを持った仕掛け人が、カメラと共に現れるんじゃないか、なんて考えさえあった。


 しかし、これはただの笑えない現実だ。仕掛け人などおらず、いるのはただの殺人者だ。


「困るんだ、ゲーム感覚では。ゲームじゃない……そう、ゲームの先に行こうとしているのに、お前達のような者がいると興醒めだ。実に、世界がつまらなくなる」

「な、ぁ、ぁ、ああああぁあぁあああっ! 死ねよォおおおおおッ!?」


 その声に我に返ったウォールが、感情任せに男へ突っ込む。そこにもはや理性などなく、ただの殺意の発露でしか無かった。


 待て、という裕也の声は、おそらく耳にも届かなかっただろう。その前に首を一突きされたから。


 ウォールの喉仏を深々と抉った刀を、男は真横に引き抜く。掻っ切られた喉からは無尽蔵にも思えるほどの血液と、悲鳴にもならない空気が溢れる。

 そして、男は裕也に向きなおる。


「ひっ……!? い、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! し、死にたくない……! やめてぐれぇえええ!」


 構えた弓矢もその場に放り投げ、恥も外聞もなく裕也は逃げ出す。この場で男に背を向けることがどれほど危険か、そんなことにすら気が回らないほど、裕也はパニックに陥っていた。


 やろうと思えば、男は裕也の背から心臓を一突きすることも可能だったであろう。しかし、男はその場から動かず、ただ静かに血振りを済ませ、刀を鞘に納める。


「そう、それでいい……恐怖をばら撒くと良い。そして皆に伝えておくれ……この世界は、遊びでは無いのだと」

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