第十話 初めての戦闘
――俺達が訪れたのは、アケストの町から少し離れた平原だった。
この辺りまで来ると郊外を囲んでいた畑も尽きて、街道の外側は背の高い草が伸び放題の草原が広がる。最初の町の近くなので、出てくるモンスターは低レベルなものに限られるが、ここも立派な魔物の住処である。
「よし、着いたな。じゃあ今日の目的を確認するぞ。雫、言ってみろ」
「うん。いつか逃げたスノースライムに、今日こそリベンジ! 以上!」
「その通り! よし行くぞー、スライム狩りだ!」
そう、今日こそ因縁の対決である。NPCの農民だって自分で撃退する最弱モンスターから全力で逃げ出したという屈辱、ここで雪がせてもらう。
……つっても、まずあのスノースライムは既にいないだろうから、ほとんど八つ当たりだけど。
気合いを入れまくった完全武装でスライム狩りとか、はたから見たらそれこそ滑稽だろうけど、それでいいのだ。こちとらこれが初戦闘なのである。
腰まである雑草を掻き分けて、辺りを捜索すること五分程、不意に雫が声を上げる。
「あー! いた! 鋼、こっちこっち!」
「おっけ、今行くー!」
声のする方へ一目散。そこでは、一匹のスノースライムと雫が三メートル程の距離を置いて睨み合っていた。
これが俺達の初戦闘……!
俺は雫の後方に立ち、魔力放出の魔法書を開く。戦闘態勢は整った。
「来るぞっ、雫!」
「受け止めるよ!」
痺れを切らして突進してきたスノースライムを、雫は構えた盾で真正面から受ける。
どんっ! と想像以上に重い音と共に、スライムが後方へ吹っ飛ぶ。雫の方は完全に受け切ったらしく、よろめきもしない。
「ナイス! どうだ、いけるか!?」
「全然平気! 攻撃はちょっと待って、試してみたいの!」
「了解。後ろは任せとけ!」
雫も訓練で得たものを試したいのだろう、俺は敢えて手出しせずに周囲の警戒に徹する。幾ら低レベルモンスターしか出ないとはいえ、二人きりで周囲を囲まれたら命の危険もあるからだ。
ちなみにこれも講習会での受け売り。
と、そうこうしている間にスライムは起き上がり、再び雫へ体当たりを仕掛けてくる。
「っ、ふんっ!」
雫は再びそれを盾で受ける。しかし、今度は先程より随分大きな衝突音がして、スライムが吹っ飛んだ距離も二倍近くになっていた。
今のは、シールドバッシュか。
ただ受け止めるのではなく、逆に盾をぶち当てる攻防一体のテクニックだ。見た目ほど簡単ではないらしく、タイミングが合わずに体勢を崩してしまいがちだと聞いていたが、今回は完璧に成功したらしい。吹っ飛んだスライムはろくに動けずびくびくと痙攣している。
「今だよ鋼! やっちゃって!」
「おうよ、貰うぜ!」
待ってました! この時を!
魔法書を左手で開き、右手でスライムを指さすことで照準を合わせる。距離にして十メートル弱、十分に射程距離内だ。
「刺され、鋭き欠片よ!」
呪文の詠唱で魔法書を呼び起こす。体温が本の中に飲み込まれていくような感覚が走って、俺の頭上に魔方陣が形成される。そしてその魔方陣の中心から、小さな白い光の塊が、スライム向けて射出される。
肉が弾け飛ぶ音と、吹き出る鮮血が着弾を告げる。そしてそれきり、スライムが動くことはなかった。
やった、のか……?
二人して恐る恐る近付いて、慎重に死亡を確認する。そして満面の笑みを見合わせる。
「っ、くぅぅう! やった! やったぞ雫!」
「やったぁ! 倒したよ! 初勝利だよ!」
二人して飛び跳ねて大喜びである。
よっしゃあ……! 勝った! 俺達はスライムに打ち勝ったぞ!
最弱モンスターを二人掛かりで倒して狂喜する、という冷静に考えるとなんとも情けない光景なのだが、そんなこと知ったことか。これぞ初勝利の喜びというものだ。
気の済むまで騒いで、一息。流石に喜び過ぎだったので少し冷静になろう。
「ふぅ……にしても、うまくいったね。訓練の甲斐があったよ」
「こっちもだ。ちゃんと当たったし。だけど実戦で使ってみると、俺の魔法は発動が結構遅いな。連発はまだできねえし」
魔法も熟達してくればほぼ無詠唱で、どころか簡単なものならば魔法書すら使わずに発動できるらしいが、俺にはまだそれだけの技能は無い。前衛がいてようやく成り立つレベルだ。
「でも火力は私よりずっとありそうだから、頼りになるよ。昨日の作戦会議の通り、私が弾いて怯ませて、鋼がそこを射抜くって戦法でよさそうだね」
「んでもって、敵が三匹以上集まったら逃げるってことで」
結局逃げるのかよ! と言いたいところだが、現実的に考えて今の状況で数的不利に陥るのは危険だ。相手にできても同数、できれば二対一を保ちたいところだ。
鉄心の教えもあって、俺達の基本作戦は『いのちだいじに』なのである。
作戦を確認したところで、索敵再開。まだまだ俺達の目は爛々と輝いているのだ。
■
二時間ほどスライム狩りに勤しんでいただろうか、数えて十二匹目のスノースライムを倒したところで、俺達はひとまず休憩がてらに昼飯とする。
メニューは、朝猫さんに作って貰ったハムと卵のサンドイッチと、雫が調合した休息薬。雫は最近は錬金術の講習会にも参加していて、簡単な薬なら作れるようになったのだ。
まあ、効果や味は市販のそれと比べると、大分劣ってしまうのだが……
ともあれ、空腹と疲労の中ではそれも気にはならない。朝猫さんのお弁当は文句無しに美味しいし、それに今の気分ならば何を口にしても満足出来ることだろう。
食事中にモンスターとばったり、なんてことにはなりたくないので、比較的安全な街道まで出てお弁当を広げる。
「それじゃ、いただきます」
「いただきまーす」
二人してサンドイッチに勢いよくかぶりつく。茹で卵を潰したものにハムを入れ、特製の甘辛いソースと混ぜて具としたそれは、たかがサンドイッチと侮れない妙味だ。ギルド員になって良かったと切に思う瞬間である。
と、しばし無言で食事していると、アケスト方面から見知った顔がこちらに歩いてくる。向こうもこちらに気付いたらしく、おおいと手を振ってやってくる。
現れたのは、若い三人組の男達だ。全員二十歳前後とちょっと歳上だが、大体同時期にこの世界に来た連中で、酒場で知り合って以来よく話す友達だ。
その中でもリーダー格のアルフが、意外そうな様子で話し掛けてくる。
「よお鋼、雫。お前らが町の外にいるなんて珍しいじゃん? ちゃんと武装もしてるしさ」
「ああ、今日で二ヶ月目だからな、いよいよ戦闘解禁ってわけだ。スノースライム倒してたんだよ」
「いっぱい倒したよ! さっきまでで、えーと十二匹!」
「あはは、スノスラ倒してんなドヤ顔する奴初めて見たよ。立派な武器持ってんのに」
アルフは呆れ混じりに笑い、後ろの二人――裕也とウォールも似たような表情を浮かべる。ごもっともな反応である。
「うっせ、いいんだよこれで。こちとら安全第一なんだよ」
「にしたってなあ。鉄心だっけ? あいつとの約束だって、律儀に守んなくてもいいのにさ。俺達なんか、大体一ヶ月になるけど、初日からバリバリ戦闘しててもぴんぴんしてるぜ?」
そう言って、アルフは大袈裟に両手を広げてみせる。その五体満足な身体は、俺達より二段くらい上等な装備で包まれている。
うーん、やっぱ依頼よりモンスター狩ったり探索したりする方が、実入りは良いらしいしなあ……
安全に一ヶ月を過ごした分、アルフ達には差をつけられてしまったのは否定できない。争うようなことではないと分かってはいるものの、流石に思うところはある。
「ま、お前らにはお前らのやり方があるだろうから、それも良いけどさ。あ、でもどうせなら、もうちょい強い敵も見てみたくないか?」
「? どういうこった?」
「オレ達これからダンジョンに潜るんだけど、それにちょっとついてきてみないかってことだよ。つってもそんな高レベルのとこじゃない、レベルで言ったら精々三〜四ってところさ」
大したことねえよ、とアルフは自信満々に言う。普段の話を聞く限り、もっと高レベルのダンジョンにも入っているようだから、その言葉も虚勢てはないだろう。
しっかし、ダンジョンか……
男の子として心惹かれる響きではあるものの、まだ戦闘経験が追いついていない気がする。雫に目で問うてみても、雫も渋い顔である。
俺達はどっかの忍者から「いのちだいじに」が刷り込まれてるからな……
断ろうと口を開こうとするが、アルフはそれを強引に遮る。
「ちょっとちょっと、んな顔すんなって! なんだったら入り口だけでもいいし、戦闘はオレらに任せとけばいいしさ! なあ?」
「ああ、おっけおっけ」
「このウォールが皆守るぜー?」
「ほらな? だからちょっとついてこいって。先輩面させろよー」
ぐいと肩を組んでくるアルフ。いつにもまして中々に強引である。
「先輩面って、俺達の方がちょっとだけ早く来てるんだけど」
「戦闘に関しちゃ初心者だろ?」
「そりゃそうだけど……」
どうする? と再び目で問うと、雫は小さく溜息を吐いて宣言する。
「――危なそうだったり、怖くなったり、嫌な予感がしたりしたら私達はすぐに帰る。それでも良ければ、ついていくよ」
「よっし! んじゃ決まり! さー行こう!」
途端上機嫌になるアルフ。そうと決まれば俺達もサンドイッチを入れていたバスケットなんかをしまい込んで、ついていける準備をする。
にしても……
「良かったのか? お前、嫌がると思ってたんだけど」
俺は小声で雫に問う。
「正直あんまり乗り気じゃないよ。でも、中々断らせてくれなそうだったし――なにより、鋼、ちょっと行きたいと思ったでしょ?」
「そりゃ、まあ」
なまじ想像以上にうまく戦えてるから、スライムじゃ若干物足りなさを感じてたのは事実。だがそこは調子に乗らないように、と自制していたのだが、幼馴染みにはバレバレだったらしい。
雫はにっこりと優しく微笑んで言う。
「鋼が行きたいなら、私は付き合うよ。危なくない限りね。だけど、私の『直感』は信じてね?」
「ん、了解。ありがとな」
頭をぐりぐりと一撫で、俺達は先を行くアルフ達に続くのだった。




