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第九話       下積み終了

 ――この世界に来てから一ヶ月、俺達はこの地に慣れるのに精一杯な日々を過ごしていた。


 朝起きたら一階の酒場で食事をとり、そのまま一階の壁に張り出された依頼を確認する。そしてその日こなす依頼を幾つか選んで、可能な限り成功させて金を稼ぐ。余った時間は講習会に参加したり、図書館に行って情報収集したり、酒場で他のプレイヤーの話を聞いたり。


 鉄心とはあいつの受け持つ講習会と、その後に会うくらい。どうやらあいつは想像以上の実力者のようで、パーティーメンバーとして各地から参加要請が来る程。中々忙しいらしいのだ。


 講習会への参加だけではなく、「一ヶ月は戦わない」という約束もしっかり守っている。というか、基本的にこの町の中でできる依頼を選んでこなして来てたので、ペット化されたスノースライム以外のモンスターと遭遇する機会すら無かったのである。


 よく話す知り合いもできたが、基本的に今はまだ雫と二人で行動している。町からほとんど出ない上に戦闘もしないと決めているのだから、当然といえば当然なのだが。


 しかし一度だけ、最寄りの町への配達依頼を受けたことがあった。褒賞のアイテムを見て、雫がどうしてもと主張したからだ。俺も町から出てみたいという気持ちもあったのでそれを了承、鉄のインゴットを手に目的地へと向かったのだが――案の定というか、道中スノースライムと出くわした。


 どうしたか、と言われれば――逃げたのである。


 スノースライムのあまりに弱そうな見た目に、一瞬心が揺らいだのは否定しないが、結局俺達はスライム相手に全力で逃走し、戦闘することなく依頼を完了させたのだ。


 この話を知り合いのプレイヤーに聞かせて、これまた案の定大いに笑われたのは言うまでもない。先輩プレイヤーが「それが正しいんだよ」と言ってくれたのがせめてもの救いだったが。


 ――とまあ、これが昨日までのまとめ。


 もう慣れたベッドの上、眩しい朝日を浴びながら、俺はサイドテーブルに置かれたカレンダーを確認する。この行為も既に三度目だが、何度見ても結果は同じ。本日八月二十三日で、この世界に来てから二ヶ月目に突入するのだ。


 短いようで長い下積みだった……ほぼ同時期に来た他のプレイヤー達がダンジョン探索の話をしている中、ひたすらお使いをこなす日々がどれだけもどかしかったことか! 実際一回鉄心に頼んだよ! 「こんな約束もろくに守れねえのかこのクズ」って言われて諦めたけど!


 しかしそれも昨日までのこと。約束通り一ヶ月金を貯め、初心者にしてはそこそこ良い防具を揃え、先達の教えを受けて魔法という技術も身につけた。今日からようやく、俺達は冒険者になるのだ!


 と。

 不意にノックの音が響く。こんな朝っぱらからとなると、雫の方も楽しみで無駄に早起きしたのかもしれない。


「はいはーい、今出るぞ――って、あれ」


 しかし、廊下に立っていたのは巨乳の幼馴染みではなく、ちっこい口の悪い忍者だった。


「よお、こんなに早くに悪いな。中々時間取れなくてよ」

「いや、そりゃ構わんけど、どうした急に。え、まさか戦闘禁止延長とか……!?」

「かはは、んな鬼畜な真似しねえよ。むしろ逆、ちゃんと約束守ったご褒美だ」


 ほらよ、と鉄心は腰の袋から紙袋を取り出す。明らかに腰の袋より大きな物が出てきたが、そんな光景ももう慣れたものである。


「おー、わざわざありがとう! 見ても良いか?」

「ああ、雫の分も入ってるから、後でお前から渡しておいてくれ。んじゃな」

「分かった――って、ちょ、もう行くのか?」

「時間ねえんだっての馬鹿。次会う時は土産話に期待しておく、絶対死ぬんじゃねえぞ!」


 鉄心はそう言い残すと、階段使うのも勿体無いとばかりに廊下の窓から外に飛び降りる。慌てて窓に駆け寄ると、鉄心の背中は既に豆粒のようになっていた。


 い、忙しい奴だ……


 それだけ時間に追われている中、わざわざプレゼントを届けに来てくれるだなんて、やっぱりお人好しも良いところである。呆れ混じりの笑みがこぼれるのを自覚しながら、俺は早速紙袋を開いてみるのだった。



   ■



「――で、中にはこれが入ってたんだ」


 カウンターに並んだ品を見て、雫は嬉しそうにそう言った。

 入っていたアイテムは四つ。指輪が三つと、細身のナイフが一本というラインナップで、御丁寧に全てに鑑定書付きだった。

 雫はその鑑定書を手に取り、一つ一つ効果を確認していく。


「ええと、指輪はそれぞれ『生命力向上』と『魔力向上』、それから『防御力向上』か。防御のが私用で、残り二つは鋼用ってことだね」

「ああ。指輪が効果を発揮するのは二つまでだしな。しっかし、ちょうど指輪までは買えなかったからなー、ありがたいね」


 しかも、初心者のうちにあると嬉しいとされるステータス底上げ系。流石分かってらっしゃる。


 俺用の指輪を早速はめてみると、緑と青の光が一瞬身を包む。そして心なしか気力と体力が増した気がする。露骨に分かるほどの差ではないが、こういうのが後々効くらしい。攻略wikiにそんなこと書いてあった。


 で、最後の一つ。細身のナイフについてだが――


「お、なんや、えーもん持っとるやないか」


 と、不意に頭上から声が降ってくる。そしてそれに続いてシチューとパンのセットが二人分、カウンターに並ぶ。顔を上げて見てみれば、そこには朝猫さんの人懐っこい笑顔があった。


「剥ぎ取りナイフやん。どしたん、買ったん? そっか、今日からよーやく冒険できるんやっけ」

「いえ、鉄心から貰ったんですよ。今朝訪ねてきて、ご褒美だーっつって」

「へー。またあの子太っ腹やねえ。それ結構お高いんやで? 大事にしいや」

「そうなんですか? それにしても、この特殊効果説明にある『採取効率増大』ってなんなんでしょう?」


 雫は不思議そうに首を傾げる。なんでもゲームには登場しなかった効果らしく、攻略wikiでも見かけなかったのだとか。


 装備効果だけでも相当な数が元々あるし、こっちでは更に増えてるからな……流石に全部は把握仕切れていないのだ。

 こういうときは人に聞くのが一番で、朝猫さんは期待通り教えてくれる。


「文字通り、モンスターからの剥ぎ取りとか、植物からの採取とかがやりやすくなるんよ。慣れてないと綺麗に取るって意外と難しいんやけど、それ使うと随分楽になるんや。手術用のメスに使われるような刃やから、切れ味抜群やしね」

「へー、そうなんですか。じゃあ普通の戦闘では使わないほうが良いね」

「あかんあかん! よっぽど困った時以外はそんな使い方したらあかんで! 勿体無いお化けでるわ!」


 猫耳をぴんと逆立て、大慌てで止める朝猫さん。


 ま、見るからに丈夫そうじゃないし、完全に採取専用として持っといた方が良さそうだな。


 少し話し合った結果、このナイフは俺が持つことに。もし魔法を使い切ってしまったとき、緊急用の攻撃手段になるという理由だ。初期のダガーよりかは幾分マシだろう。

 ちなみに、具体的な攻撃力なんかは、鑑定書の方にも書いてはいない。鑑定書には特殊効果と簡単な説明文(ゲームで言うフレーバーテキストだ)と入手経路だけが記載されているのだ。


 ま、数値化されたステータスとか無い世界だから、それも当然なんだけど。攻撃力を数値化って、現実的に考えると意味不明だし。


 そんなこんなで朝食を終え、俺達はプレイヤーズギルドを出る。二人とも揃えた装備をしっかり着込み、既にやる気まんまんである。


 雫の装備は、鉄の軽鎧に鉄の盾、そして武器は鋼鉄のメイスというラインナップ。前衛アタッカーを兼ねた盾役なので、武器は少し良いものを。剣ではなくてメイスを選んだのは、雫の筋力的にそちらの方が扱いやすかったからである。これは講習会の中で学んだ教訓だとか。


 たしかに参加者は少なかったけど、実際役に立ってんだよな、あの講習会……


 かく言う俺の装備も、講習会で学んだ教訓を生かした組み合わせだ。フード付きの魔術師のローブに、腕部分だけはその内側に軽量ガントレットを装備して、攻撃用には魔力放出の魔法書、サブとして簡易治癒の魔法書を用意している。雫が前衛アタッカー兼盾役ならば、俺は後衛アタッカー兼回復役というわけだ。ガントレットについては師匠であるアイザック先生に教わったことで、急な攻撃を受けた際の生存率がぐっと上がるとか。


 よし、装備も現状では最高の物を揃えた。初日に鉄心から貰ったレッサードラゴンの牙の分もあって、初心者にしてはかなりまともな部類だろう。


 一ヶ月のお預けもあって、気合も十分過ぎるほど。俺達はにやける顔を見合わせて、意気揚々と歩き出すのだった。

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