VSロキ
「...んん...」
そよ風に揺れる草原の音で俺は目覚めた。
最初に目に飛び込んできたのは青い空、それ以外は何も無い。
ここはどこだろうか、俺は一体何をしていたんだ。
「...こ...れは...」
起き上がった俺の目の前には幻想的な風景が広がっていた。
本やテレビでは見たことある、しかし本当にこのような場所が存在するとは...。
そこは一面草で覆われ、その先に大きな一本の木がそびえ立っている。
太陽の光は優しく、空も雲一つなく青い。
「すげぇ...綺麗だ...」
人間が全く手をつけていないのだろう、これが自然そのものの姿、こんなところが現実に存在するとは...。
俺は立ち上がった。
じっとはしていられなかった。
もっとここを見たいという欲望が俺の体を動かしたのだ。
俺は草原を歩き回り、特に探すものもないが何かを探した。
俺が見たいものがここにありそうな気がした。
「人一人いない。こんなに静かなのは初めてかもしれないな...」
ここにいると心が落ち着く。下らないことで悩んでいたあの現実から解放された喜び、頭の中がすっきりしてとても心地よい。
「...もうどうでもいいや...」
だんだん体から力が抜けていく、何も無いこの環境が俺から生気を吸い取ってるかのように。
「...寝るか」
もはや考えるのも面倒だ。
そう思ったおれはふたたび寝転がり、目を閉じた。
「寝るな!」
突然横から声がした。
俺は驚き、飛び上がる。
人一人おらず、とても静かなこの環境でいきなり大声を出されては仕方ないと思う。
それよりその声の主は...。
「弘樹さーん!簡単に私の罠に引っかからないでくださいよ!」
「んん...?」
そこにいたのは紫色の長い髪を持つ美少女、
そうだ、確か名前はロキとか言ってた。
えーと確か家で俺の介抱してくれて、えーと、
くっ頭が回らない。まぁいいや、美少女に介抱されたことを思い出せただけ満足と言える。
それにこの幻想的な風景に美少女が立ち、そよ風にスカートが揺れ、その美しい太ももがちらっと見える、まさにここは楽園だ。
「......」
おや、ロキが顔を真っ赤にして俯いた。
どうしたのだろうか。
でも恥ずかしがるロキも可愛いですなぁ。
「...弘樹さん...口に出てますよ...」
「ん?」
口に出てた?ヨダレか!!
恥ずかしい!!
急いで俺は口を拭いたが、どうやらヨダレは垂れていない。
一体何が出てたというのか。
「...何も出てなかったぞ」
「んん...もういいですよ!それより本題を忘れないでください!」
「.........本題って何?」
俺がそう言うとロキは苦笑いをした。
どうやら俺は大事なことを忘れてしまっているらしい。
しかし全く思い出せない。
「しっかりしてくださいよ!!弘樹さん。ボケるには早すぎますよ!!ほら、私と一戦やろうって話したじゃないですか!!」
「んふっ、俺とお前が?何を?まさか喧嘩とかそういう類じゃないよな?それならやる前から結果は見え見えだろ?」
「ぬっ?聞き捨てなれませんねぇ。私があなたに負けるなんて天と地がひっくり返ってもありませんよ!さぁやりましょうか!」
ロキに急かされて、俺は仕方なく立ち上がる。
どうせまともにやってもウォーミングアップにもならないだろう。
そういえば、だんだん頭も冴えてきてる。
これなら何があったのかも思い出すのも時間の問題だな。
目の前のロキは背中の剣を抜き、体を横に向け構えた。
対する俺は別に決まってもない普通の構えを取る。
「準備はいいですか?弘樹さん」
「ん?あぁ...」
お互い構えを取ったまま、動く様子を見せない。
俺は脅す程度に仕掛けようと動き出した、その瞬間、
目と鼻の先にはロキがいた。
「ぬぉ!?」
横に振り払われた剣を俺は頭を屈めてかわす。
あれ何かこのシチュエーション、既視感が...。
「...まだまだ!!」
次は右上から振り下ろされるその剣をバックステップでかわした。
髪の毛が何本かいった。
「っ...!!思い出した!!」
さっきのですべて思い出した。
ここは精神世界だということ、ロキが何者なのか、そして俺には武器があるということも。
「やっと、思い出してくれましたか!それなら本気でも大丈夫ですね!」
「...そうだな、だが俺もお前が神だと思い出したんでな。女だからって容赦はしない」
右手に意識を集中させる。
そうすると俺の右手には青白く光る剣が握られた。
「家の時みたいにはいかねぇぜ」
ロキとの距離を詰める。
ロキもそれに迎え撃つかのように距離を詰めてきた。
俺は剣を両手に持ち替え、剣を振り上げた。
剣道のフォームだ。
俺は一通りの武道、スポーツは嗜んでいる。
その技術を遠慮なくここで使わせてもらおう。
そのフォームから放たれるのは一瞬で距離を詰め、相手の面を取る一閃。
だがロキは超速サイドステップでかわす。
もはや人間の動きではなかった。
前方へ高速で動いてる最中に真横にステップを踏むなど...普通なら考えられない。
俺は踏み込んだ足の重心をすぐさま他方の片足に移動させようと試みた。
「ぬっ...おぉ!!」
筋肉が悲鳴を上げている、勢いよく振りかぶったせいか、かなり前のめりになってしまった。
早く態勢を整えなければ、体の横ががら空きのままだ。
もちろんロキはそれに気づいている。
ふたたび剣を構え、俺の方へ体を回し、態勢を整えてきた。
そして超速ステップで一瞬で目の前まで飛んできた。
俺はロキの一撃を不完全な態勢で受け止めた。
もちろんバランスもクソもない状態で振り払われた剣を受ければ、横に吹き飛ぶ。
俺はボールのようにバウンドし、無様に倒れた。
「まだまだですよー弘樹さん。こんなもんでへばってたら戦いにもなりませんよ!」
「...くっ!こっちこそまだ本気の半分も出してねーよ!」
俺は勢いよく起き上がり、再び攻撃を仕掛ける。
次は型にはまらない剣術、オレ流だ。
剣を片手に持ち替えて、フリーになった左手を前に突き出す。
体を一本の軸として、まるでコマが回るかのように振り払う、これは槍を扱う際に重要なことだ。
しかし今俺が持っているのは剣、果たして通用するのか。
俺は声を上げ、右腕を大きく振り払う。
凄まじい風切り音が耳に響いてきた。
だがロキはそれをもかわした。
かわされたその先には無防備の俺の背中、
「...もらいました!」
とロキが攻撃してくることを俺は予測した。
遠心力で吹き飛びそうな剣から俺は手を離し、そのまま空中に浮かぶそれを左手で受け止めた。
そして先ほどとは逆の足で大きく踏み込み、逆回転で剣を振るう。
「くっ!?」
それでもロキは寸前のところでかわした。
「化物かよ!!いまのかわすとか!」
「ハァ...ハァ...そりゃあ神ですよ!人間ごときに倒されはしませんよ!」
「まぁ見てろよ!すぐにその態度改めさせてやる!」
俺とロキの戦いは続く。