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白

作者: 雫石
掲載日:2014/05/10

 とある世界のとある田園。彼女はいつも空を見ている。この世界の空はいつの日でも青い。僕はそんな空の下でいつも彼女の事を見ている。彼女は何もしない。ただ空を見上げているだけ。どれだけの時間が経っても変わることのない空を、飽きるでもなく日がな一日見続けている。

 そんな彼女を僕は見ている。それしか僕には出来ない。僕は動くことも出来なければ、彼女に声をかけることも出来ないのだから。


 彼女が初めてこの田園に姿を見せたのはいつの頃だろう。随分昔のような気もするし昨日のような気もする。如何せんいつも空が青いせいで、時間の感覚が判らない。そもそもの話、この世界に時間の概念などと言うものは存在するのだろうか。


 兎にも角にも、その頃の僕はいつも一人だった。眼前に映るのは田園の風景と空の青ばかり。そんな変わりばえのない風景に嫌気がさしていた時に、彼女は不意に姿を現した。何もない所から現れたと言った方が正確かもしれない。最初は影のように輪郭がはっきりせず、不鮮明な姿だったが、彼女の身体は徐々に輪郭を成し、色を帯びて行った。


 彼女は白一色の衣服を身につけており、その白は純白と言っても過言ではない程、無垢な白色をしていた。

 僕はこの時人間と言う生き物を初めて見た。話には聞いていた。僕の身体で羽を休める煩い奴らがいつも話していたからだ。ちなみに煩い奴らの話によると、僕は人間に作られた存在らしい。煩い奴らはこんなことも話していた。「こんな出来損ないで俺たちを騙せるとでも思ったのかね? こんな出来損ないしか作れないんだから、人間はこいつよりももっと出来損ないなんだろうな」

 どうやら僕は出来損ないで、僕を作った人間たちも同様に出来損ないらしい。僕がどのように出来損ないなのか、身動きがとれない僕には一向に判らないが、これだけは判る。きっと人間は出来損ないではない。人間は僕を作った。それは必然的に動けるということの証明にならないだろうか。だとするなら、動ける人間は動けない僕なんかよりも、ずっと出来た生き物なのだろう。


 彼女は殆ど身動きをとらない。まるで僕のようだ。動く物があるとすれば、それは時折吹く風に揺れる彼女の衣服だけ。彼女は表情も変えない。瞬きすらしていないのではないだろうかと思う程だ。


 彼女は空を見上げ、僕が彼女を見る。そんな時間がどれだけ流れただろう。変わった事が二つあるとすれば、田園から緑が失われてしまったことと、煩い奴らに出来損ないと揶揄されていた人間たちが何やら大慌てしているらしいということだ。煩い奴らはそんなことを言っていた。それから間も無く、数人の人間たちが田園にやってくるようになった。困惑している者、嘆いている者、兎にも角にも人間たちは、煩い奴らの言う通り、大慌て状態のようだ。人間たちが喚いている間も、彼女はいつも通り空を見上げていた。彼女の周りにいる人間たちはそんな彼女の事を全く意に介すことなく、緑の失われた田園を各々踏みつけている。


 理由は判らないのだが、僕は眼前の光景を気に入らないと思った。この場に居る人間たちに早く帰ってほしい。この瞬間、僕の思考はこれに埋め尽くされていた。

 それから幾ばくかの時間が過ぎ、人間たちは肩を落としながら田園から出て行った。再び田園に静寂が訪れる。やはり彼女はそこに立っている。その事に僕はとても安堵し、同時に嬉しさも感じた。いつもの日常が戻ってきた、そう思った。


 ──煩い奴らが僕の身体に乗ってきた。これで何度目だろう。以前は数えていたこともあったのだが、いつの間にか数えるのを止めてしまっていた。今日からまた数え始めようか、そんな事を考えていた矢先、煩い奴が声をかけてきた。「お前はもう必要じゃなくなったらしいぜ。近々壊されるって話だ。まぁ俺らとしても残念だよ。長いこと羽休めさせてもらったからな」そう言い残して、煩い奴は羽を羽ばたかせ僕の身体から飛び立って行った。


 僕が壊される。何で僕が。一体誰に?

 考えるまでもなく答えは明白だった。作り出した物を壊すのはそれを作り出した者に他ならない。僕は僕を作った人間の手によって壊されるのだ。しかし何故だろう。何故人間たちは僕を壊さなければならないのだろう。幾ら思考を巡らせてみても答えは見つからず、いつの間にか僕は深い思考の渦の中へと飲み込まれていった。飲み込まれる直前、今まで一度も僕を見なかった彼女が僕を見たような気がしたが、やはりそれは気のせいだったのだろう。


 次に僕の意識が戻った時、田園に彼女の姿はなく、彼女が立っていた田園には緑が戻っていた。緑の上に今まで一度も見たことのない影が動いていた。それはゆっくりと緑の上を移動している。

 僕は眼前に広がる空を見た。そこにあったのはいつか見た衣服と同じ無垢の白。


 終




投稿済みの読み物を読んで下さっていたごく僅かな方々、お久しぶりでございます。

長らく執筆活動から離れていたのですが、なんとはなしに戻ってまいりました。

相変わらずの内容と言う感じですが、ここまで読んで頂き誠にありがとうございます。それでは失礼致します。

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