今日も俺は、愛おしくて仕方ない君とお茶を飲む
*「今日も私は、愛おしくて、ほんの少し憎い貴方とお茶を飲む~before~」を読んでいないとわかりづらい部分があります。
*アーロンが若干ヤンデレかもしれません…(汗)
プラチナブロンドの髪が目の前でふわりと揺れる。青の強いつり目がちな瞳が柔らかく細められ、赤い唇が綻ぶ。
「アーロン」
俺の名を呼んで笑う君が何より美しいと思う。
***
最初の印象は最悪だった。
顔立ちだけは整っていたが、幼くして高すぎるプライドをもち、自分は選ばれた人間なのだと周りを見下していた。そこらの女なら睨みつけるだけで勝手に引いていったが、レイラは侯爵令嬢、下手なまねが出来ずに俺の鬱憤は貯まっていった。
しかしまだ十歳の俺にそこまでの我慢が出来るわけもなく、ある日爆発した。
「いい加減にしろ!」
手振り払うくらいなら大丈夫だろう。あわよくばそれで俺に嫌われていることを知ればいい。そう思って思いっきり振り払った。
だが。
予想に反して軽い体は大きくバランスを崩し、後ろ向きに倒れていく。
……心臓が止まるかと思った。レイラは、振り払われたのを見て、うっすらと微笑んだのだ。苦しそうな、悲しそうな顔で。
「ごめんなさい。アーロン」
彼女はそのまま体勢を整えず、ゆっくりと崖におちた。一瞬、何が起きたのか分からなかった。否、理解したくなかったのだ。彼女の笑みも、彼女が崖に落ちたことも。
バシャンという水しぶきで意識を取り戻した俺は服を脱いで川に飛び込んだ。レイラが死んでしまう。不意に妙な焦りが生まれた。
「っ! まだだ。まだ助かる」
全身を打ちつけたのか川の流れに抵抗せず、人形のような顔で流れていく彼女に必死で手を伸ばし捕まえた。思っていたよりか細い体を引き寄せて抱き締める。
う……と呻いて意識を取り戻した彼女はどこか虚ろな瞳でまた言った。
「ごめんなさい。アーロン」
**
あれからレイラは変わった。
今までの行いをすべて取り消す勢いで真面目になり、俺との婚約も解消してくれた。
優雅な仕草、しとやかな物腰。浮かべる笑みは柔らかで次々と人脈を形成していく。…………俺の知らない所で。
「アーロン!」
レイラは特に俺とよく話してくれる。俺見かけるとぱっと笑って、声をかけに来る。それは昔振り回した罪悪感からだろうか。
もやもやとした感覚が胸に溜まり、思わず眉をしかめてしまう。
「あ……、私はもう行きますわね」
そうそうに会話を打ち切って行ってしまうのがそれを裏付けている気がして不愉快になる。何故俺は婚約を取り消してしまったのだろう。婚約という鎖があればまだ安心出来たのに。今更後悔しても遅い。日々を鬱々と過ごしていたある日、父と母が顔を真っ青にして駆け込んできた。
―――ビルド伯爵がお前を引き取りたいと言っている。
ビルド伯爵と言えば、好色と有名だ。男でも、孫ぐらい年が離れていても構わないらしい。贅沢三昧でついた贅肉と、濁った瞳。
……そういえばこの前やけに俺を見ていたな。絡みついた視線を思い出し、背筋が冷たくなった。
たが、家の位はあちらが遥かに上。断れるはずもなかった。諦めるしかない。
母や父の前では泣かなかった。
馬車に乗って、遠のく屋敷を見て、あぁ……とうとう終わりかと思うと涙が零れ落ちた。
「レイラ……」
最後に会いたかった。
君の笑顔を見れば、生きていける気がした。
懐にしまった短剣を取り出し、きらりと光る刃先をなぞる。この先俺は、ビルドに引き取られ、そこで過ごし、レイラは別の誰かと結婚するのだろう。そんなの見たくない。
渇望したものがもう手には入らないくらいならいっそ死んでしまった方がマシだ。
馬車が止まる。買い物があるらしい。もう少し馬車を走らせれば、この街からお別れだ。
そしたら俺は―――この短剣で命を絶ってやる。そう思い、短剣を握りしめた。
そんな時、
「開けて下さる?」
―――今一番聞きたかった声が聞こえた。
「はっ!? レイラっ!?」
慌てて扉を開ける。確かに、レイラがいた。
馬を走らせたからか、レイラの髪はボロボロだった。それでも変わらず綺麗だ。ほつれた髪は特に光を反射し、状況も相まってまるで天使の様に見える。
あぁ、君は本当に美しい。
もう会えないと思っていた、愛しい人が目の前にいる事実に息も出来ない。
「えっと、アーロンだけなの? ビルド伯爵は?」
暢気な問いにやっと息が吸えた。新鮮な空気が体にまわり、今の状況の危険さを正確に理解できるようになる。
「どうしてここにいるっ!? ……ビルド伯爵は来ていない」
「……は?」
一瞬、レイラの顔が怒りに染まった。しかし、すぐ表情を整えると綺麗に微笑む。
「もう大丈夫ですわ。私が助けに参りました」
慈愛に満ちたあまりにも優しい笑みに思わず見とれてしまった。
本当なら必要ないと突っぱねて、レイラの安全を確保するべきだった。だが俺は自分でも思っていた以上に苦しかったらしい。差しのばされた救済の手を突き放すことなど出来なかった。レイラは聖母のような優しい笑みのまま、馬車に乗り込むと俺をそっと抱きしめる。
「な、んで……」
なんで、俺なんかを。君を殺しかけた俺なんかを。助けてくれる……?
いつしかの温もりにドクンと胸が音をたててなる。
身をはなしたレイラは凛として、「アーロンは私の婚約者ですの」と言ってくれた。嬉しい。
が、それからが問題だ。何か計画があってきたのかと思ったら行き当たりばったりに進んでいく。
「待って! 離してっ!」
レイラの細い手首を御者がつかんだ時、かつてないほど黒い感情が芽生えた。――――お前ごときが、レイラに、触れるな。
自害するために持っていた短剣を握り締めて、睨みつける。俺の視線に気づいた御者がびくりと震えた。レイラの手首に男の手の跡がついていることが許せなかった。
掴んだ手首ごと切り落として、殺してやろうか。ドロリとした感情のままに立ち上がる。さぞ醜悪な笑みを浮かべているのだろう。自覚はあるが直す気はない。
手首を捕まれているレイラを見つめる。
その瞳に決心が宿ったのを見つけられたのは幸か不幸か。きっと、俺にとっては幸運で、御者にとってはこの上ない不幸だ。
レイラはきりっと眉を引き締めて叫んだ。
「きゃぁぁあ! 誘拐犯っ! 誰か助けて!!」
レイラのよく通る声が耳に浸透する。それでようやく俺は冷静になることが出来た。
俺はなにを……?
レイラの前で人を殺すつもりだったのか。衝動に身を任せそうになった自分が恐ろしくなった。震える手で短剣をしまう。
「黙れっ!」
レイラから目を離し、短剣をしまったとき、御者がレイラを殴った。
「レイラッッ!」
叫んで駆けていきながら、頭が急速に冷えていく。先ほどの激情とは違った、もっともっとドス黒いもの。
しばしば絶対零度と賞される瞳を御者にむけ、口の端だけで嗤う。
そうだ。別にいい。今ではなくても。俺が力をつけた時、必ずどん底にたたき落としてやる。
覚 え て い ろ
ゆっくりと口を動かすと面白いくらいに血の気が引く。
駆け寄ってレイラをみると俺の怒りを余所になんでもないような顔をしている。
「っ馬鹿かお前はっ!」
「…………え?」
苛立ってつい当たってしまった。目を見開くレイラを今度は自分から抱き締める。そっとではなくぎゅうぎゅうに。レイラの存在を実感するようにキツく腕を回し、首筋に顔を埋める。
「頼むから、危ない事はするな……。君が怪我をするのが 一番嫌なんだよ……」
もうレイラが怪我をするところなんて見たくないと必死で請う。
照れた様子のないレイラはやはり俺のことはなんとも思っていないのだろうと分かった。
だが――――――
「アーロン、申し訳ないけれど貴方を助けるには婚約を結んでもらうしかないみたい……大丈夫かしら?」
「……ああ」
「良かった。でももし好きな方が出来ましたらいつでも私に仰って下さいね」
君が俺嫌っていないのだとしたら――――――もう諦めたりしない。
何も考えずにレイラは無邪気に笑う。
笑っていればいい。そのうちに絶対に断られないように力を着実につけていく。
覚悟していろ。レイラ。どういうつもりか分からないが婚約で終わらせるつもりは毛頭ない。
この糸で絡め取って逃がさないようにゆっくりと外側から。
眠っているレイラの額にそっと口づける。
「悪い……」
きっと君がどんなに泣こうと、もう手放せない。
》レイラの前で人を殺そうと思ったのか。
レイラの前で←ここ重要です
ここまでお読み下さり、ありがとうございました!
本当はこの後に続いていたもの凄いヤンデレ気味な二文があったのですが、流石に止めました(笑)