どうしたのよ
昨日までで十万円。
さてと、今日はいくら儲けるのかな。
パソコンの前に座ると、立ち上がる前の画面に自分の姿が映る。
「さえない格好ね」
たまにはおしゃれしようか。
うん、和服を着ちゃう。
「えーと、どれにしようかな」
とはいえ、普段着は二枚しかない。しかも二十歳で作ってくれたウールの着物と絣の着物。五十代でもそれを着るか、着て悪いか。誰も見ないわよ。
いいものは普段には着られない。そう思ってずっと置いていたら、ピンクやオレンジの訪問着はずーっと仕付け糸の付いたままでお蔵入りしそうよ。紬も大島は持っていないけど結城紬が一枚あったわ。昔、母が作ってくれたの。黒い地に薄茶の幾何学模様。何歳になっても着ることができる永遠に不滅の柄よ。日本人ってすごいよね。
妙に納得してこれを着ることにする。帯は朱に金茶の模様の名古屋帯。帯揚げは黄緑で帯締めは同じく黄緑に金糸。
正月しか着ない私でも、手は覚えていて名古屋帯もどうにかできた。鏡に映る素敵な女性はだあれ。
「それは花村ニーサです」
姿見に映る自分に笑いかけて口紅を少し赤く塗る。
「うん、いいじゃないの」
では、パソコンに向かう。
「今日の株価は」
あら、いやね、下がってるじゃないの。三円か、これくらいは仕方ないわね。でも日経平均は下がっていないのにどうして下がるのよ。明日は土曜日だから二日お休みに入るのに、下がっているのは気分が重くなる。
「コーヒーでも飲んでいたら上がるかしら」
台所の棚にあるチョコも食べようっと。アーモンドの入ったチョコレートは大好物。コーヒーによく合うわ。
フーフーしながらパソコン前に戻る。
「げ、三十円も下がってる、どうしたのよ」
あわてて掲示板を覗いてみる。
『どうしたんだよ、下がりっぱなしじゃないか』
『僕は昨日売ったもんね~、いつまでも持ってるなんてアホだわ』
『どうしてくれるんだ、今から売るぞ』
『もう少し待ってみよう。ノーベル賞まで』
本当にどうしよう。
東進さんに電話しよう。
「もしもし、花村ですけど」
「あ、おはようございます」
東進さんは相変わらず明るい声で元気がいい。
「株が下がって来た」
「そうですね、こういう株は長期に持つという気持ちで買っていない人が多いですから」
「そうなの?」
「はい、興味が薄れてきたりすると、値下がりは早いです」
「どうしよう。でも、まだ私は興味があるんだけど。ノーベル賞もまだだし」
「売り時というのがありますから。利益を確定したい値段はどれくらいですか」
「百円は上がっていてほしいなあ(本当は千円だったけど)」
「では二百六十円で売値としますか」
「うーん」
欲深い私はまだ一千万が頭にちらつく。
「そうしてみる」
電話を切ると、さらに株価は下げていた。
えーっ、ストップ安になりそうよ。
なんなの、どうしたのよ、まだ、ノーベル賞が落選なんて決まってないのに。
着物着てはりきっていたのに、これがダメだったのかしら。東進さんに値を下げるって言おうかしら。でも、ねえ、きっと上がるはずよ。上がって。お、ね、が、い。