ストップ高ですって
朝から鼻歌で野菜ジュースを作っていると、金利がびっくりしたような顔で話しかけてきた。
「どうしたんだい、随分ご機嫌だな」
「ええ、買った株があがってるの」
「へえ、それはそれは」
「それがすごいのよ。見て」
ジューサーから離れてパソコンを開く。
「これ見て」
昨日の株価を見せる。
「いくらで買ったの?」
「百五十九円」
「ほう、それが百六十五円なのか」
「うん」
「まあ、頑張ってください。パンを焼こうか」
あまり興味もないような顔で金利は椅子に座って新聞を開く。
私はパソコンを閉じようとしてふと株式ニュースが目に飛び込んできた。
「ノーベル賞関連株、軒並みアップ!」
ほらほら、やっぱりそうなのよ。よかったわ、見る目が私にはあるんだわ。
食事をしていても妙ににやけてくる。株って素敵。
「じゃ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
金利が出かけると洗い物もそこそこにパソコンを開く。
この日はぐんぐん上がる。あっという間に二十円高。すごいわすごい!
○○工業の掲示板にはたくさんの書き込みが。
『この日を待ってたぞ』
『今、百万円儲けてます』
『ますます上がりそうだ、もっと増やすぞ』
『行け行け~』
へえ、そんなに買ってるんだ。百万ってどんだけお金があるのよ。世の中、お金がある人がさらに儲かるのね。ふーん。
でも嬉しいな。
東進さんから電話があった。
「もしもし、いい調子で上がってますね」
「ええ、おかげさまで。これってどれぐらい上がるのかしら」
「こういうのはノーベル賞発表直前には興味が薄れてしまいますから」
「あら、そうなの。永遠に上がらないのね」
「そうはいかないと思います。今、ストップ高ですね」
「何、それ」
「株が急に上がったりすると制限がかかってストップするんです。五十円も上がりましたから」
「え? 五十円」
心臓がどきどきしてきた。ただいま千株ですから、五万円の儲け。これってどうよ!
五万円働こうと思ったら、何日もかかるわよ。それがわずか二日目で五万円ですって。
東進さんはああ言ったけど、下がりそうもないわよ。おかげで買い物にも出かけられない。だって株価が気になって。下がるかもしれないじゃないの。
損はいやよ。今は儲けしか頭にない。
あっという間に夕方。昼食に何を食べたかも覚えてない。株式市況が今日の終わりを告げると、徐に腰を上げて冷蔵庫を覗く。洗い物をしていなかった。洗濯物も干したままで取り込んでない。
興奮状態だった自分に驚く。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「あれ、どうしたの」
「今日は野菜炒めよ」
「別にいいけど、疲れた感じだね」
「ええ、ちょっと」
化粧もしていなかったんだ。ただ、パソコンの前にいただけ。座りすぎて腰と背中が痛い。目を凝らして眺めていたから頭もクラクラする。残っている野菜を炒めて、味噌汁と酢の物を作る。
「今日の給食と同じだな」
「え?」
金利が学校の給食の献立表を冷蔵庫に貼っている。確かに野菜炒め、味噌汁、酢の物だわ。普段は同じものにならないようにしていたのに、今日は完全に見落としていた。
「まあ、いいけど」
「ごめんなさいね」
「株かい?」
「うん」
「下がったの?」
「ストップ高」
「へえ、それはすごいな」
「でも疲れる」
「そうみたいだな」
こうなることはお見通しな雰囲気ね。
明日はどうなるかしら。
興奮して眠れない。




