秘密にしようかな
日も暮れて、すっかり四季報に夢中になっていた私は、夕飯の用意をしていないことに気付いた。
「こっそり始めたけど、彼は許してくれるかしら」
小学校教諭の夫は賭け事もしないし、貯蓄なんて興味ないって言うし。まあ、そんな人だから私と暮らせるのよね。毎月いただくお給料は、私の口座へとその日のうちに振り込んでくれる。お小遣いは毎月四万円ということでお互い了解している。煙草もしないし、お昼は給食だから三千円程度なんだから、もっとお小遣いを減らせと友達は言う。
しかし、子どものいない私たちは教育費がいらない。
家のローンは三十五年にしていたが、頑張って繰り上げて終了した。
私も働いていたが、保育園での仕事は腰と膝に悪く、ついに早期退職ということにしたのだ。
台所に立ち、冷凍庫を見ると鶏肉を発見。野菜はタマネギとキュウリ、小松菜、生姜、あとはちくわが残っている。肉を解凍して醤油と酒と生姜で下味をつける。から揚げにしょう。
小松菜はさっとゆでておひたしに。ちくわの中にはキュウリをはさんでと。タマネギは薄くスライスしてから揚げにポン酢と一緒に。
手際はいいような悪いような、最近専業主婦になったんだから仕方ない。でも、冷蔵庫に少しでも野菜や肉があるのはやめられない生協のおかげ。仕事をしているときは命の綱だったけど、退職したら結構な金額になるので脱退するつもりだった。でも、毎日スーパーへ通うと暇なもんだから要らないものを買いこんでしまう。こっちが余程不経済と思った。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「何かいいことあったの?」
「うん、武君が漢字百点とった」
「あら、あの武君が? すごいじゃない」
「ああ、頑張ったよね」
夫の金利は管理職には向いてないからとずっと学級担任。今は二年生。初めての低学年で毎日幸せそうだ。ずっと、やりたかった低学年。でも定年間際になったから、やっと低学年の希望が聞いてもらえたって喜んでいる。
孫のような子どもの話は私にとっても新鮮で楽しい。去年までは補導されたとか、親が逃げたとか、大変なクラスが多かった。
「あ、いい匂いだな」
「ええ、から揚げのポン酢かけ」
「いいなあ、奥さんが家にいるって」
「そうでしょ、早く辞めればよかったわね」
早期退職の私は年金がまだ出ないし、今は彼の給料で食べさせてもらう。何だかときどきさびしくなるけど。慣れないのよ、専業主婦って。
食卓の上の四季報を見て、金利は驚いたようだった。
「株でもやるの?」
「うん」
「そうか、世の中アベノミクスって言うもんな」
それだけ? 隠そうかと思ったのに拍子抜け。
まあ、こういう人だから好き。
から揚げにビールが合うわあ。