表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

女心と秋の空

 顔色が優れない夫。

「どうしたの?」

「頭が痛い」

 額に手を当ててみる。

「熱はないみたいよ」

「うん、風邪の引き始めかな」

「気を付けないと。どうする? 休む?」

「そうはいかないよ。今日は研究授業なんだ。市内の先生方も見に来るし」

「あら、大変ね。栄養ドリンクでも買って飲んだら?」

「そうするよ。食事は少しだけにする」

「食べたくないの?」

「うん、ジュースだけにする」

「小松菜をたっぷり入れてるから」

 いつもは元気な金利がおとなしいと心配になる。研究授業って若い人に任せておけばいいのに。でも、率先してやっているのだろう。そういうところが好きよ。

 若い人に任せる先生って、聞こえはいいけど動かない人が多いもの。

 背広に着替えて緑のネクタイをする。

「こっちのネクタイがいいわよ」

「そうかな」

「ええ、紺に赤のストライプの方が似合うわ」

「じゃ、それにする」

「うん、ほら、やっぱり似合う」

「そんなこと言うのは君だけだよ。こんなおじいさん、誰も気にしないさ」

「子どもから見たら若々しい先生って大事よ」

 笑いながら思い鞄を下げて出かける後姿。ふと、振り返ってこう言った。

「今日は打ち上げもあるから夕食はいらないよ」

「はい、うまくいくといいわね」

 送り出すと、今日は株のことを朝から考えていなかったことを思い出した。いつもはずっと頭の中にある株。夫が具合悪そうだとどうでもよくなるのね。私たちは二人だけだもの。お互いいたわりあって暮らさないと。

 新聞を広げると、ダウ平均が思い切り下がってると書いている。やだわ。アメリカがこけると日本もこける。あわててパソコンを開く。


 どうしたの? ○○工業が三十円安。始まったばかりなのにこの安さ。ああ、昨日売っておけばよかった。四円高を待っていたらこんなに下がっちゃって。

「もしもし、東進さん」

 こういう時の神頼み。思わず電話する。

「あ、花村さん。下がりましたね。どうしますか」

「上がるかしら」

「一気に興味がなくなって来たんでしょうね。テーマ買いでしたから。おや、それでも今三円上がりましたよ」

「うーん、でも心配だから二百五十五円で売るわ」

「わかりました。では売り注文だしておきます。二百五十九円から二百五十五円で売りですね」

「悔しいけどそこまで行くかも心配」

 東進さんの電話を切ると、掲示板を覗く。

『バカバカ、なんで下がって来たのよ』

『僕、売って正解でした。三百万円の利益確定です』

『買い足さなければよかった。売りだ!』

 なんだか腹の立つ書き込みもあるけど、うきうきするような書き込みはないわね。

 これなら売りよ。二百五十五円までいくかしら。まるで亀の行進みたいだわ。ノロノロで。

 他の株なんて買う気が失せるわ。どーんと儲かればするけど、なんだか怪しくなってきたもの。早く手放したいわ。

 昼までにやっと二百四十円になった。

 上がらない訳ではないのね。

 これでもまだ儲けはある。

 食欲も消えるわ。

 そう思いながらも昼にはカップ麺を食べる私。

 パソコン前に座っていても心臓に悪いわ。

 立ち上がって、庭の草引きを始める。植えていたキキョウが枯れ始めていた。紫と白の花が交互に咲いてとても可愛らしくて、この夏はよかった。初めて植えたけど、つぼみもまるで小さな箱みたいで本当に楽しめた。日日草もいいけど、キキョウの愛らしさが最高だった。

 電話が鳴る。

「もしもし、花村さんですか」

「あ、東進さん」

「なかなか買い注文がなくて売れないですね」

「そうか、魅力がなくなって来たのね。二百五十円にします」

「それなら売れると思います」

 あーあ、家や車の夢は完全に消えたわね。株なんて……。


 五分もしないうちに電話だ。

「売れました」

「あ、ほんと?」

「はい、二百五十円で千株です。百五十九円で買ったのですから九万円くらいですね」

「え、そんなに?」

 おおおおおお!!!

 やった!

 私って株の才能があるんじゃないの?

 百万、千万とはいかなくてもわずか数日で九万円か。


 これって魅力ね。

 早速、次の株を考え始める。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ