女心と秋の空
顔色が優れない夫。
「どうしたの?」
「頭が痛い」
額に手を当ててみる。
「熱はないみたいよ」
「うん、風邪の引き始めかな」
「気を付けないと。どうする? 休む?」
「そうはいかないよ。今日は研究授業なんだ。市内の先生方も見に来るし」
「あら、大変ね。栄養ドリンクでも買って飲んだら?」
「そうするよ。食事は少しだけにする」
「食べたくないの?」
「うん、ジュースだけにする」
「小松菜をたっぷり入れてるから」
いつもは元気な金利がおとなしいと心配になる。研究授業って若い人に任せておけばいいのに。でも、率先してやっているのだろう。そういうところが好きよ。
若い人に任せる先生って、聞こえはいいけど動かない人が多いもの。
背広に着替えて緑のネクタイをする。
「こっちのネクタイがいいわよ」
「そうかな」
「ええ、紺に赤のストライプの方が似合うわ」
「じゃ、それにする」
「うん、ほら、やっぱり似合う」
「そんなこと言うのは君だけだよ。こんなおじいさん、誰も気にしないさ」
「子どもから見たら若々しい先生って大事よ」
笑いながら思い鞄を下げて出かける後姿。ふと、振り返ってこう言った。
「今日は打ち上げもあるから夕食はいらないよ」
「はい、うまくいくといいわね」
送り出すと、今日は株のことを朝から考えていなかったことを思い出した。いつもはずっと頭の中にある株。夫が具合悪そうだとどうでもよくなるのね。私たちは二人だけだもの。お互いいたわりあって暮らさないと。
新聞を広げると、ダウ平均が思い切り下がってると書いている。やだわ。アメリカがこけると日本もこける。あわててパソコンを開く。
どうしたの? ○○工業が三十円安。始まったばかりなのにこの安さ。ああ、昨日売っておけばよかった。四円高を待っていたらこんなに下がっちゃって。
「もしもし、東進さん」
こういう時の神頼み。思わず電話する。
「あ、花村さん。下がりましたね。どうしますか」
「上がるかしら」
「一気に興味がなくなって来たんでしょうね。テーマ買いでしたから。おや、それでも今三円上がりましたよ」
「うーん、でも心配だから二百五十五円で売るわ」
「わかりました。では売り注文だしておきます。二百五十九円から二百五十五円で売りですね」
「悔しいけどそこまで行くかも心配」
東進さんの電話を切ると、掲示板を覗く。
『バカバカ、なんで下がって来たのよ』
『僕、売って正解でした。三百万円の利益確定です』
『買い足さなければよかった。売りだ!』
なんだか腹の立つ書き込みもあるけど、うきうきするような書き込みはないわね。
これなら売りよ。二百五十五円までいくかしら。まるで亀の行進みたいだわ。ノロノロで。
他の株なんて買う気が失せるわ。どーんと儲かればするけど、なんだか怪しくなってきたもの。早く手放したいわ。
昼までにやっと二百四十円になった。
上がらない訳ではないのね。
これでもまだ儲けはある。
食欲も消えるわ。
そう思いながらも昼にはカップ麺を食べる私。
パソコン前に座っていても心臓に悪いわ。
立ち上がって、庭の草引きを始める。植えていたキキョウが枯れ始めていた。紫と白の花が交互に咲いてとても可愛らしくて、この夏はよかった。初めて植えたけど、つぼみもまるで小さな箱みたいで本当に楽しめた。日日草もいいけど、キキョウの愛らしさが最高だった。
電話が鳴る。
「もしもし、花村さんですか」
「あ、東進さん」
「なかなか買い注文がなくて売れないですね」
「そうか、魅力がなくなって来たのね。二百五十円にします」
「それなら売れると思います」
あーあ、家や車の夢は完全に消えたわね。株なんて……。
五分もしないうちに電話だ。
「売れました」
「あ、ほんと?」
「はい、二百五十円で千株です。百五十九円で買ったのですから九万円くらいですね」
「え、そんなに?」
おおおおおお!!!
やった!
私って株の才能があるんじゃないの?
百万、千万とはいかなくてもわずか数日で九万円か。
これって魅力ね。
早速、次の株を考え始める。




