己の力に戸惑うもの
志耶の過去のトラウマの話です
「そっちに行きました!」
猫姫が叫ぶ。
「任せておきなさい!」
志耶が集中し、自分に向ってくる雷を纏った犬、雷帯犬に相対する。
『影断』
志耶の影が伸び、雷帯犬を襲う。
しかし、直前で雷帯犬が不規則な動きをして、あっさり避ける。
「嘘!」
雷帯犬は、そのまま志耶の横を通り抜けて逃げ出そうとした。
「待て!」
志耶が追いかけようとするが、スピードが違うため、全然間に合わない。
「邪魔」
その一言と共に何故か雷帯犬の前に居た犬王が雷帯犬を殴り、消滅させる。
「何で、やっちゃうのよ!」
文句を言う志耶にそしらぬ顔で犬王が言う。
「俺にぶつかりそうになった馬鹿犬を殴っただけだ。文句を言われる筋合いは、無いな」
「そんな所に立ってるのが業とでしょ!」
志耶が噛み付くが犬王は、あさっての方向を見て言う。
「知らないな」
「次は、あちきがやるからね」
そう言って、志耶は、次のターゲットに向った。
「結局、百母の分家での事故で流出した輝石獣で君が処理できたのは、犬王が滅ぼした一匹だけだって事だね」
白水探偵事務所で風一に嫌味を言ってくる。
「あと一歩のところまで追い詰めたんですが、他の零刃のメンバーが対処したんです」
志耶の言葉に風一が机を叩く。
「言い訳になっていると思うのか! もう少しちゃんと働いてもらわないと零刃を辞めてもらうことになるぞ!」
「頑張らせて頂きます」
志耶が必死に頭を下げるのであった。
その日の夕食の後、志耶の家のリビングで猫姫が文句を口にする。
「どうして、白風の分家でしかないあの人に、谷走の本家の志耶様がいいように使われないといけないんですか?」
苦笑するエテーナ。
「八刃は、実力主義ですからね。実力が上なら、分家や本家って区別は、意味が無いのですよ」
不満そうに猫姫が言う。
「志耶様には、勅命の血があります!」
「有効に使ってなければ意味が無いだろうが」
犬王の突っ込みに猫姫が言う。
「それが一番の疑問です。志耶様は、どうして、勅命の血を使わないのですか? 使わなくても私達を命令すればもっと楽になる筈です」
エテーナが少し悲しそうな顔をして言う。
「志耶にも色々あるの。大変だろうけど、付き合ってあげて」
家事をする為にエテーナが席を外したのを見計らって詩卯が言う。
「志耶お姉ちゃん、昔、自分の力の所為で、僕の魔獣を殺してしまったの。志耶お姉ちゃんが血の力を嫌うようになったのは、それからだよ」
「詳しく話せよ」
犬王の言葉に偶々通り掛かった矢道が言う。
「志耶の過去だ。本人に聞け。それが出来ないんだったら、知ろうとするな」
正論に犬王が舌打ちするが猫姫が言う。
「解りました。志耶様に聞いてみます」
そして、そのまま志耶の部屋に向う。
「もっと強くなりたい」
志耶が自分の部屋で今日の失敗に落ち込んでいると猫姫が来て言う。
「志耶様、聞かせて下さい。勅命の血を使うの嫌がる原因を!」
本気で嫌そうな顔をする志耶。
「それだけは、言えない」
そんな志耶に犬王が言う。
「俺達は、お前のその血の力で縛られているんだ。聞く権利ぐらいあるだろう」
その言葉に辛そうな顔をするが、志耶は話し始める。
「あれは、あちきが小学四年の時だった」
「相変わらず、谷走の術の才能が無いな」
矢道にそういわれて拗ねる志耶。
「良いんだもん。あたしには、勅命の血があるんだから。そうだよね?」
志耶が周囲に居る魔獣達に同意を求めると、魔獣達は、直ぐに頷く。
溜息を吐く矢道。
「あのな、いざって時に頼りになるのは、自分だけだぞ」
それに対して志耶が舌をだして言う。
「ベーだ。自分が血の力が無いからって、そんな事を言っても格好悪いだけだよ!」
そんな志耶は、当時は、勅命の血という絶対能力で魔獣等を従わせられる事で、八刃の同世代の中でも一歩抜け出して居た。
「あたしには、あんた達が居るから大丈夫だよね」
自信満々に左右に控える雷の虎と吹雪の豹の魔獣を見る。
すると、足元の子犬の姿をした魔獣が自分もいるとばかりに吠える。
「零れていたあたしの血を飲んだだけのオミソのあんたは、いいのよ」
この頃の志耶には、怖いものなど無かった。
そんな志耶が勅命の血を頼りにされて百母の分家の新しい輝石獣の実験に立ち会う事になった。
その中で事故が起こった。
嘗ての百母の長が得意としていた輝石獣、爆炎獅子の獣晶の実験だった。
獣晶は、成功し、輝石の力を得たフュギアが動き出した。
「やったぞ!」
喜ぶ百母の分家達だったが、予想外の事態が起こる。
爆炎獅子が、暴走したのだ。
百母の分家達は、最初の爆炎で吹き飛び、意識を失ったが、吹雪の豹の冷気で護られた志耶は、無傷であった。
「こんな時の為にあたしが居るんだから! 輝石獣だってあたしの血を飲ませれば使役出来るもん!」
そういって、指先を切って血を飲まそうとしたが出来なかった。
血が口に至る前に爆炎獅子の炎の熱で蒸発してしまうからだ。
「そんな、これじゃあ……」
一気に青褪める志耶に爆炎獅子が近づいてくる。
「あいつを倒せ!」
志耶の命令に雷の虎と吹雪の豹が爆炎獅子に向う。
志耶が使役する魔獣の中でも最強の二体に志耶は、勝ちを信じた。
しかし、爆炎獅子は、その二体をあっさり吹き飛ばす。
自分の足元まで吹き飛ばされた二体の口に志耶は、必死に自分の血を飲ます。
「さあ、やりなさい! あいつを倒すのよ!」
血の力で傷を癒し、パワーアップもしている二体だったが、爆炎獅子には、届かない。
再び志耶の前まで吹き飛ばされる。
志耶は、更なるパワーアップの為に血を飲ませようとした。
その時、志耶は、気付く。
雷の虎と吹雪の豹の目に自分に対する憎しみがある事に。
「何よ、貴方達は、あたしの下僕なんだから、あたしの為に命を張るのは、当然でしょ!」
そういって、無理やり血を飲ませ、みたび、爆炎獅子に向わせた。
それでも爆炎獅子は、二体を圧倒し、遂に消滅させて、志耶ににじり寄ってくる。
「誰でもいいからあたしを護って!」
腰を抜かし、失禁をしながら志耶が泣き叫んだ。
すると、何時も志耶の足元に居た子犬の魔獣が志耶に噛み付き血を限界まで啜り、爆炎獅子の口の中に突撃した。
当然の事ながらあっさりかみ殺される子犬の魔獣。
「来るな!」
志耶が叫ぶと、爆炎獅子の動きが止まった。
「どうして?」
戸惑う志耶。
その後、百母の本家の人間が現れて爆炎獅子を処理してこの騒動が終ったのであった。
「どうして、爆炎獅子が止まったか、解る?」
事件の事を話し終えた志耶の質問に猫姫が首を横に振る。
「解りません」
「最後の子犬の魔獣の体内にあった勅命の血が蒸発する前に爆炎獅子に吸収されたんだろう」
犬王の答えに志耶が頷く。
「そうだよ。オミソだと思ってた子犬にあちきは、助けられた。それからあちきは、血で魔獣や貴方達みたいな存在を縛る度にあの二体の憎しみの目と自分の命を捨ててまであたしを助けた子犬の事を思い出した。当時は、やろうとする度に嘔吐を繰り返していた。未だに時々あの頃の事が夢に出てくる」
軽く顔を青くする志耶に猫姫が頭を下げる。
「嫌な事を話せてしまって、すいませんでした」
志耶は、何も答えないで居ると犬王が言う。
「それでも、お前は、俺達を縛るんだな」
志耶が反発する。
「あちきは、そんな事は、しないよ!」
犬王がにらみ返す。
「してるだろう! 何で俺達に仕事を手伝わせない!」
志耶が怒鳴り返す。
「当然でしょ! あちきの仕事は、あちきがやるのが当然なんだから!」
犬王が苛立ちを隠さず怒鳴る。
「俺達の気持ちは、無視なのか! お前が傷つくのを平然と見てると思ってたのか!」
「だからって、危険な事をやらせられないでしょ!」
志耶の反論に猫姫が熱弁する。
「傷つく事より志耶様が傷つくのに何も出来ないほうが辛いです!」
「でも……」
それでも志耶は、躊躇する。
そこに矢道が来て言う。
「昔、お前にいざって時に頼れるのは、自分だけだって言ったな」
志耶が頷く。
「だからあちきは、自分だけの力で強くなりたいの!」
矢道が苦笑しながら言う。
「あれは、英志おじさんから受け入りだ。今なら本当の意味が解る」
志耶が首を傾げる。
「本当の意味って、他に意味なんてあるの?」
矢道が頷く。
「ああ、自分と言うのは、自分ひとりだけの事じゃない。自分が生きてきた中でどれだけの仲間を作り、その仲間との絆をどう築いてきたかって事も大切なんだ。犬王も猫姫もお前にとっては、僕でなく、仲間だろう。だったらその仲間の力を借りるのもお前の力だぞ」
複雑な表情をする志耶の頭を撫でながら矢道が言う。
「急に変れといわれても難しいだろうから、少しずつ頑張れ」
志耶が小さく頷くのであった。
百母の分家による輝石獣流出事件についての報告書
流出した輝石獣の大半は、零刃の活躍に因って確保及び処理がされました。
詳細を以下に記述します。
中略
一部の輝石獣が、いまだ失踪中の事が判明したため、探索任務を続行します。
零刃所属 谷走志耶
「そっちに行きました!」
ようやく発見した最後の雷帯犬を誘導していた猫姫の言葉に志耶が答える。
「今度こそ、決める」
志耶は、自分の影に手を当てる。
『影刀』
影の刀を抜き出して、雷帯犬に挑む。
しかし、再び横を抜かれる。
「犬王、足止めをお願い!」
雷帯犬の目の前に回り込んでいた犬王が一言。
「面倒だ」
そのまま雷帯犬を叩き潰してしまう。
志耶が駆け寄り怒鳴る。
「とどめは、あちきがする事に決めてたでしょ!」
犬王が耳をほじりながら言う。
「何度も失敗しておいてよくいえるな?」
「うるさい、貴方達に手伝ってもらうけど、これは、あちきの仕事なんだから、あちきが決着をつけるの!」
志耶のクレームを犬王は、何処吹く風と気にしない。
「まあまあ、私達は、志耶様の力の一部ですから、これも志耶様の成果ですよ」
猫姫がフォローにも納得しない志耶。
少しずつだが、変っていく志耶達であった。