勅命の血を持つ少女
彼女は、才能が無いと言われ続けていた
一人の少女が、一枚の通知書を手に、とぼとぼ歩いていた。
「また、不合格。直系筋の十四で、何も職が与えられて無いなんてみっともない」
彼女の名前は、谷走志耶、八百刃に使える獣、八百刃獣の一刃、影走鬼の加護を受けた谷走の男、栄蔵と八百刃獣の一刃、癒角馬の血をひく少女、エテーナの間に生まれた三人の子供の一人。
「志耶お姉ちゃんどうしたの?」
黒髪の純日本人風の志耶と違って、母親似の金髪の十二歳の少女、詩卯が声をかけてくる。
志耶は、憂鬱そうに通知書を見せる。
「また零刃の試験に不合格になったの」
詩卯が笑顔で言う。
「矢道兄さんと違って、あたし達って谷走の技に、才能ないもんね」
不満そうな顔をして志耶が言う。
「詩卯は、いいよね、お母さんのブラッドオブエリキシルを引き継いでるから。回復要員って事で重宝されてるもん」
「志耶お姉ちゃんだって、血の力があるじゃん。有効利用すれば良いのに」
詩卯が不思議そうに言うが、志耶は、心底嫌そうな顔をして言う。
「あちきは、嫌なの。どう混ざったらこんな血になるのか、本気で謎だよ!」
そんな愚痴を言っていると、髪の毛の色が違うが、似たり寄ったりの背の二人より、頭一つ以上差があるクールな十六の少年、矢道が声をかける。
「そういう事を言うと、母さんが怒るぞ」
眉を顰めて志耶が言う。
「兄さんは、良いよね、英志叔父さんとの子だって言われるほど谷走の技の才能があって、3Sの補助要員に選ばれてるんだから」
その言葉に、詩卯が頬を膨らませる。
「志耶お姉ちゃん酷い! 矢道兄さんは、両親とも同じ、あたし達の兄妹なのに!」
苦笑をしながら、矢道が言う。
「良いんだよ、志耶が公言してるお蔭で、下手に影に隠れた噂になってない。正直、僕が、英志叔父さんとの子供だと言われる理由は、幾らでもあるから、誰かが陰口叩き、中途半端に気にされるより、良い環境になってる。それとも、詩卯は、疑ってるのかい?」
思いっきり首を横に振る詩卯。
「そうだったら、いいんだよ」
微笑む矢道に顔を真っ赤にする詩卯と、頬を軽く赤くする志耶。
「そんなことより、どうしたの? 今日は、仕事だって言ってたと思うけど?」
志耶の質問に、矢道が肩を竦める。
「これから、一華様とワンと仕事だ」
「矢道、何時までも妹と遊んでないで行くぞ」
前の方から声が懸けたのは、大柄で筋肉質にも関らず、美少年、ワン=ドラゴンが声をかけて来る。
「良いじゃない、ゆっくり話しても、良いよ」
その隣の、小さく無邪気そうな少女、一華が笑顔で言ってくる。
因みに二人とも、矢道と同じ年である。
「どんな仕事なんですか?」
詩卯の言葉に矢道が視線でワンに確認する。
「一般人じゃないんだ、説明くらい問題ない」
ワンの返事で矢道が詩卯に答える。
「八刃学園の異界との穴を使って、かなり中位の異邪がやって来たので、それの排除です」
「大変そうだね」
詩卯の言葉に矢道が笑顔で答える。
「仕事だからね」
そして、矢道と共に、その場を離れる。
「暫く帰って来れないのかな?」
寂しそうな詩卯だったが、志耶が含み笑いする。
「チャンスだよ!」
首を傾げる詩卯。
「なにが?」
志耶が嬉しそうに言う。
「問題の異邪を発見して報告すれば、実績になり、次の試験に有利になる!」
詩卯が慌てて止める。
「危ないよ、魔獣と違って、中級異邪といったら、本家の人間が数人で当らないと危険なんだよ! だから、霧流の直系の一華さんやシャイニングドラゴンのワンさん、それに矢道兄さんの三人が一緒に動いているんだから!」
志耶が諭す様に言う。
「大丈夫、戦うわけじゃないから、発見すれば良いのよ。見つけたら直ぐ報告するから大丈夫」
そして駆け出す志耶であった。
「志耶お姉ちゃん……」
不安そうに志耶を見送る詩卯であった。
「解ったよ。見つけたら、直ぐに帰る様に説得する」
詩卯からの報告に小さく溜息を吐く矢道。
「甘いぞ。一度、痛い目を見せた方が、本人の為だぞ」
ワンのきつい言葉に矢道が苦笑する。
「大切な妹ですから。それにあいつは、自分の血の力を嫌っています。そんな状態では、どんなに強くなっても意味がありません」
一華が頷く。
「そうだね、どんなに忌み嫌う能力でも、それを否定したら始まらない。ヤヤさんが、侵食された右手の力を使いこなしてるように」
ワンが肩を竦めて言う。
「まあ最悪でも、あいつの血の力がある以上、殺される事は、無いから、捜査を優先させるぞ」
一華が睨むが、矢道が軽く首を横に振って言う。
「ワンが言っている事が正しいです。それでも、捜査の間、少し妹の事も気をつけてもらえますか?」
ワンがそっぽを向いて答える。
「ついでだからな」
その様子を見て一華が笑顔で言う。
「しっかり、探査用の術に、志耶ちゃんを探す術式を組み込んでる。これがツンデレって奴だよね」
「五月蝿い!」
ワンが怒鳴る。
「見つけたぞ」
志耶は、人とは、異なる気配を追って、人気の無い地下駐車場に入り込む。
そして志耶は、遂に発見する、強大な力を有した、人のシルエットをしながら、犬の耳と鼻を持ち、全身の大半を剛毛に覆われた者を。
「居場所を連絡すれば、手柄になって、次こそは、零刃試験に合格出来る!」
いそいそとメールを書き込む志耶の背後に問題の異邪が立つ。
『罠に掛かったな』
本気に楽しそうにそう告げる。
志耶は、急いで送信ボタンを押してから後退する。
「直ぐに、強い仲間が来るんだから、諦めなさい!」
差し出した携帯を見て、志耶が凍りつく。
「……電波が届いてない」
そんな様子にも、全く気にした様子も無く、異邪は、近付く。
『別に良いさ、所詮は、下位世界の人間だ、何人来ても楽勝だな。それでは、助人が来るまで楽しませてくれよ』
その爪を伸ばす異邪。
志耶は、慌てて術を発動する。
『影小円』
小さな影の円を一つだけ打ち出す志耶。
異邪は、それを避けもせずに普通に受け、動きを止める。
「決まった!」
志耶が嬉しそうにする中、異邪が眉を顰めて言う。
『何の冗談だ?』
志耶が戸惑う中、異邪が怒鳴る。
『力ありそうだから、相手してやろうと思ったのに、こんなちんけな力だと!』
異邪が怒りの形相で近付いてくる。
志耶は、慌てて自分の影に手を当てる。
『影刀』
果物ナイフほどの影の刃を生み出すが、異邪の攻撃の一撃で砕け散る。
憤りが収まらない表情で、志耶の両手を掴み、つるし上げた。
『この怒りをどう解消してやろうか?』
「あちきも八刃の一人、命乞いは、しない!」
異邪は、精一杯の虚勢を張る志耶の服を切り裂く。
恐怖に顔を歪ませる志耶を見ながら異邪が言う。
『俺が発情期じゃなかったのは、残念だったな。そうだったら死ぬ前に楽しませてやれたが、終わりだ』
異邪は、その牙を志耶の胸に食い込ませる。
「駄目、あちきの血を飲んじゃ駄目!」
力一杯叫ぶ志耶に異邪が微笑む。
『攻撃は、チャチャな癖に、血には、強力な力が宿ってるな。我が糧となれ!』
そのまま、志耶の血を啜る異邪であった。
悔し涙を流す志耶。
「志耶、大丈夫か!」
その時、矢道が駆けて来る。
『影小円』
志耶のそれより二周りは、大きな影の円が、四方から異邪に迫る。
慌てて飛び退く異邪。
『少しは、歯ごたえがありそうな奴が現れたな』
そしてその前に、ワンが突如現れて、口を開く。
『シャイニングブレス』
破壊の光が、異邪に迫る。
しかし、異邪は、先程より高速な動きで飛び退く。
『まさか、ドラゴンまで来るとは、予想外だったが、あの娘の血の力は、凄いぜ、俺の力が膨れ上がっている』
その一言に、ワンが肩を竦める。
「もう終った見たいだぞ」
少しつらそうな顔で矢道も頷く。
「そうみたいですね」
異邪がいぶかしむ。
『何を言っているんだ?』
そして、ワンと一緒に空間移動して来た一華が志耶の胸に手を当てる。
『ドラゴンヒール』
志耶の傷が回復していくのを見て矢道がいう。
「もう、おしまいです。貴方がどれほど強力な力を持っているかしりませんが、もう志耶の血の呪縛から逃れる術は、ありません」
異邪が怒鳴る。
『解らない事を言いやがって! この力で皆殺しにしてやる!』
矢道に向けて突っ込んだ時、志耶がいう。
「止めろ」
異邪の動きが止まり、異邪の顔が凍りつく。
『体が動かない』
ワンが隣に行って、肩を叩きいう。
「体が呪縛されている訳じゃない。自分で動きを止めたんだ」
『馬鹿な事を言うな、俺は、お前等を殺そうとしている』
ワンが頷く。
「だが、体を流れる血が、志耶の命令を優先した」
戸惑う異邪。
『どういうことだ!』
矢道が溜息を吐いて言う。
「勅命の血、僕達は、そう呼んでいます。志耶の血を飲んだ者は、力を増大させますが、同時にその呪縛に囚われます。その血の効果が切れるまで、志耶には、逆らえなくなります」
『そんな馬鹿な、この俺様が、あんな下等の生き物の下僕に成ったというのか!』
異邪が感情のままに叫ぶ中、不機嫌そうな顔をして志耶が近付く。
「だから血を飲むなって言ったのに! あちきは、他人の自由を奪う、この能力は、大嫌いなのに!」
理不尽な怒りをぶつけられて、異邪が怒鳴り返す。
『最初からそのつもりだったんじゃないのか!』
「何ですって!」
睨み合う二人に大きく溜息を吐く、ワンと矢道。
「もう二人とも遊んで無い、志耶ちゃんの傷をちゃんと治さないといけないんだから、早くそいつを始末して」
一華の言葉に、ワンが嫌そうな顔をする。
「他人に呪縛かけられた奴に止めさすのか?」
「大人しく帰ってもらうというのは、どうですか?」
平和的な意見を上げる矢道に一華が少し悩んでから言う。
「それでもいいか、志耶、直ぐに命令して」
志耶は、しんそこ嫌そうな顔をしたが、諦めて口にする。
「元の世界に戻れ」
その言葉に答えて、異邪が空中に何か印を生み出し、空間に穴を開け、消えていった。
「さあ、ちゃんと処理しないと傷跡残るから、急ぐよ」
一華の言葉をきっかけにその日の仕事は、終わり、志耶の治療に行く、一同であった。
その夜、ベッドで横になっていた志耶が大きな溜息を吐く。
「なんであんな力があるんだろう。あんな力より谷走の技を強くして欲しいのに」
そんなぼやきを言っている時、志耶の直ぐ横の空間に穴が開く。
そして、そこから先程の異邪が現れた。
『どうなってるんだ!』
「それは、こっちの台詞!」
怒鳴り返す志耶であった。
「結局、志耶お姉ちゃんの血の力で、力が上がった所為で、元の通路を通れなくなって帰ってきたって事?」
登校途中の詩卯の質問に頷く、志耶。
「面倒な奴、一応、人に危害を負わせないで、血の効果が切れる直前に帰る様に命令してあるけど、あいつかなり血を飲んだから、暫くは、無理だね」
詩卯が無邪気に言う。
「いっそのこと、志耶お姉ちゃんの使い魔にしちゃえば?」
睨む志耶に、顔を引き攣らせる詩卯。
その時、問題の異邪、犬王が現れて言う。
『暇だ、どこかに強い奴は、いないか?』
志耶が怒鳴る。
「あっちのぬいぐるみ屋に行けば、死ぬほど強い奴いるよ」
『本当だな』
早速向かう犬王を、可哀想な目で見て詩卯が言う。
「良いの?」
志耶が他人事の様に答える。
「自分の意思で行ったんだもん、死んでも本望でしょ」
その後、瀕死の犬王が究極の選択で、志耶の血を飲み、生き長らえ、更に期間を延ばすはめになったのであった。