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僕の世界は君が廻していた

作者: ウェル

しつこいようですが、くれいじーのアメブロからの転載です

永久不変ともいえよう冷たい視線が涼しい。俺は自動的にあけられる道の真ん中を堂々とした顔で歩いていた。

「ふふ、この俺の姿を見て声も出ないか?滑稽なものだなぁ、人間!」

 高らかに、地球全体に聞こえるほど声を張り上げた。さらに距離を置かれるが、俺にはそれが快感なのだ。分厚い教科書がスペースを埋め尽くした鞄を背負うようにして、肩で風を切りながら学校への道を進む。

 ……俺の姿と誇らしく言ってみたものだが、格好はごく普通の学ラン。これじゃないとまた生徒指導室に連行されることだろう。

「そんなことも推測済みとは、さすが俺」

 己の意見に陶酔しつつ、額に人差し指を当てる。と、そんな俺を呼び止める者がいた。

「廻!早くしないと遅刻するよッ!」

 足を止めると、彼女は俺の肩をバシッと叩いて走り去った。俺の名前はジン。ヴァージンと呼んでくれてもいい。俺の目の前にある世界も、そして彼女――サキも僕の手の内の駒なのだ。

「メグル、速く!」

「メグルじゃない!ジンだ、ヴァージンでも可!」

 振り返る彼女に言葉を投げる。赤いマフラーが細い首を覆い隠していた。そんなに寒いなら髪の毛を下ろせばいいと思う。俺が見る限り、サキはいつでもアップスタイル。それもあり、話しかけやすく、明るい少女の印象が強く持たれている。確かにそうなのだが。

「ふざけた名前付けてないで、走ってよ。遅れちゃうよ」

 冬といえども容赦せず短いスカートから見えている脚を大きく動かし、俺の背後に回って背中を押す。

「ふざけた名前!?俺は四六時中真剣だ!」

「それも厨二の想像?」

 やれやれ。俺は少し大げさに肩をすくめた。そして、あきらめて走り出す。揺れ動く視界を白い息が曇らす。他の季節だと気づかないが、人間とは意外に多くの息を吐き出しているものだ。澄んだ空気は凍り付くほど冷たく、顔の横に流れる吐息は頬を温めた。

 季節は一年の終わり、朝に見る師走の街は大して変わらないようにも見える。

「遅いよ。先行ってるからね」

 サキがあっという間に隣に並ぶかと思うと、背中を見せて追い越していく。冬場の運動不足のせいか、少し脚が鈍っているようだ。軽い足取りの彼女とは裏腹に、俺の脚は徐々に重さを増していく。

「ちょっと待て!」

 たまらず弱音を吐く。サキはにやりと笑うと、足踏みしながらもその場にとどまった。

「さすがのヴァージンでもランニングは苦手なのかな?」

 反論することもできず、やっと追いつくと、膝に両手をついて息を整える。そして、何とかサキをにらみ上げた。

「今はちょっと体力を消耗しているだけだ。別に――」

「わかったわかった。……そう急ぐ時間でもないしね」

「さっきは遅刻するって……!」

 楽しそうに笑うサキを見て、俺は責めるのをやめた。何言っても聞きやしないさ。そういう奴なんだから。

「あ~~……」

 背を伸ばし、上を見上げる。肺がジンジンと痛んだ。体はちっとも温まらない。冬はあまり好きじゃない。寒いから。今日だって布団の中で何分もゴロゴロと寝返りを打っていたのだ。冷えたがらない体に鞭打ってここまで来た。

 空はどんよりと曇っていた。どんちょうのように垂れ下がった曇り空がどこまでも続いている。寒さの理由はこれにもあるんだろう。

「雪でも降ってくれればいいんだけどね」

 高校生にして、子供っぽいことをいうものだ。吹き出しそうになるのをこらえる。

「あのな、このクソ寒いのに雪なんか降ったらさらに寒くなるだろうが。それくらいもわからないのかこの人間は」

「さっきまで十分に冷える視線を受けてたあんたなら耐えられる!」

 あれとこれとはまた別物だ。サキは太陽のように笑っていた。

「そういう問題じゃないんだが」

 やっと呼吸に落ち着きを取り戻し、腰に手を当てて言う。

「でもさぁ、降ってほしいじゃん」

 サキは俺を無視して、空を見上げた。重い雲は何かを覆っているようにも見える。

「積もったら、さ。またかまくら作ろうよ」

 そういえば、ずっと作っていない。前までは雪が積もるたびに二人で小さなかまくらを作り、中にもぐりこんでいた。だが、このところの冬はあまり雪が積もらず、作れず仕舞いで春がやってくる。

「お前も手伝うんだぞ」

 俺は視線をそらして呟いた。視界の端で、サキがはじけるような笑顔を浮かべていた。寒さが吹き飛んだような気がした。

「なぁ」

 思わず声をかけていた。

「何?」

 サキが聞き返してくる。ま、まずい。

「何でもない。……とっとと行くぞ、人間」

 俺はごまかすように足を動かした。サキが隣に並ぶ。

 ――なぁ、俺がお前とヴァージンロードを歩きたいと言ったら、お前は笑うのか?

 聞きかけていたことが脳裏をよぎった。

「降るといいね!」

「……だな」

 もう一度空を見上げる。俺が降れと願ったら、もちろん降るよなぁ?世界を廻しているのはこの俺なんだから。――雪よ。降れ。

 心の底から、それだけを念じていた。……。ダメか。まぁ、そうだよな。

 サキにもう一度かまくらを作ってやりたかったな。

 心を沈ませながら顔を戻す。

「寒~!」

 サキはそういうと、小さな肩を震わせた。緩みかけたマフラーを少しだけ直してやる。

「ありがと」

 まったく、単純な女だ。俺はふっとほほ笑んだ。いいことをした、そんな気がした。

「――あ」

 言葉にならない声を漏らす。ひらひらと何かが目の前に落ちていった。それは地面に着くとすっと消えた。

「雪!雪だ!」

 それに目をとられていると、不意に隣のサキが声を上げる。細い指がさす上空には、確かに白い斑点がいくつもいくつもちらばっている。耐えきれなくなった空が地上に種を放つように。雪は街に降り注いだ。町行く人々のほんの一部がそれに見入って、足を止めている。歓声を上げる子供も少なくはない。

「今年は作れるよ、きっと」

 サキが空を見上げながらつぶやく。

「俺が降らせてやったんだぞ。この世界を動かす権利を持っているのは俺なんだからな」

 俺も空を見上げ、ほほ笑みを浮かべていた。

「ありがと、ヴァージン!」

 サキが俺の首に両腕を回した。こんなにも寒いというのに、顔がとても熱い。

「……さっき聞こうとしたことなんだけど」

 顔をさらに赤らめ、うつむきながら頬を掻く。

 もう遅刻決定だな、俺たち。しかし、今日は叱られてもいいだろう。そんな気分だった。


  俺は世界を廻している。俺が願えば雪だって降る。そして、そんな俺の都合のいい世界を、さらに裏で操っていたのは紛れもないサキだった。

「大好きだよ、メグル」

 たったそれだけの言葉に、俺は世界の所有権を放棄してもいいほどに喜んでいたのだ。

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