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零-5 来客


「お邪魔します」

 唐突に勢いよく開いた戸に、二人はびくりと肩を跳ね上げた。

「な……っ、ちょ、おま……っ、だから、合図しろってバカ!」

「それは失敬」

 戸口で紫呉は、悪びれずに謝った。涼しい顔で頭を軽く下げる紫呉に、紗雪は胸を押さえて息を吐く。

「びっくりしたぁ。ごめん、雪斗。私これからはちゃんと、合図してから入るようにするわ」

「おーそうしろ。そうしてくれ。っつーか何だよ紫呉。何か用か?」

「いえ、特に用事は有りませんが。近くに寄ったので、ついでに顔を出そうかと」

「あー、じゃあもう良いだろ顔は出しただろ。帰れ帰れ」

「紗雪はどうしたんです?」

「ううん、私も特に用事は無いの。ちょっと気晴らしに来ただけよ」

「聞けよコラ!」

「紫呉こそどうしたの? その格好って事は仕事の途中?」

「いえ、とりあえず一段落ついたので帰るところです」

「おーそりゃお疲れサマだなあ? さっさと帰って休んだ方が良いんじゃねえの?」

「優しいですね、雪斗」

 雪斗の皮肉を物ともせず、紫呉は薄く笑ってかわす。

 一瞬雪斗はぐっと言葉に詰まったが、すぐに人の悪い笑みを浮かべて続けた。

「つーか、んな格好でオレん家来んなよ。迷惑だっつーの。オレが何かしたのかと思われるだろうが」

「平気ですよ。単に壱班が聞き込みに立ち寄ったのか、くらいにしか思われませんって。そもそも、雪斗の事を誰もそんなに気にかけてはいませんよ」

「うっせえよ!」

「すみません」

 どことなく楽しそうな顔で、紫呉は上がり框に腰を下ろした。制帽ではたはたと風を送る。

 紫呉は、壱班の制服を身につけていた。

 濃灰色の上着と洋袴。腰には皮の腰帯(ベルト)だ。腰帯には壱班専用の警棒が有る。

 弐班の者は、有事の際には壱班や、他の班の制服を身につける事が多いと以前聞いた。

 それも、弐班が特殊な部隊である為だ。

 対破天の矢面に立つのは弐班の面々である。

 つまり、一番恨みを買いやすい立ち位置というわけだ。顔や身体の特徴を、破天の者達に覚えられてしまっては都合が悪い。

 その為、他の班(主に壱班)のフリをするのだと聞いた。それも、一度近くの壱班に立ち寄り、着替え、仕事を終えた後も壱班に立ち寄り、そこで着替えてから屯所へ戻る、といった念の入れ具合だ。

 弐班の屯所に扁額が掲げられていないのも同じ理由だ。破天の者に住まいを悟られてはまずい。

 紫呉は黒の手袋を外し、胸元の衣嚢(ポケット)に仕舞った。

「しかし、どうにもこの格好は落ち着きませんね。暑いやら何やらで」

「私も、何か見慣れてないから落ち着かないわ。紫呉が洋袴で長靴って、何か不思議な感じ」

「あーもー、人口密度高い暑いうざい。さっさと帰れってもー」

 紫呉の背をぐりぐりと踏みつけながら、雪斗はふんぞり返る。

「寂しい事を言ってくれますね」

「ふん、だってオレはお前の事なんて嫌いなんだしいいいいぎゃああああやめろ! こけるだろバカ!」

 紫呉は雪斗の足首を両手で掴み、ぐっと上に持ち上げた。均衡を崩し、雪斗は喚く。

「まあ、家主殿も帰れと言っている事ですし、ここは素直に帰るとしますかね。兄妹水入らずの所をお邪魔しては悪いですし」

「いや、それは全くもって全然構わないんだけど。て言うか雪斗うっさい」

「オレの所為かよ!」

 紫呉が手を離す。

 雪斗はたたらを踏んだものの、何とか倒れずに踏みとどまった。

「ほんっと何しに来たんだよお前……。嫌がらせか?」

「会いに来ただけですよ」

「あ?」

「会いたいと思った時に会っておかなくてはね」

「……さいですか」

 疲れた顔で雪斗はがしがしと髪を掻き乱した。わざとらしく大きなため息をつく。

「安心して下さい。ここしばらくはもう来ませんから。これから少し、立て込みそうでして」

「そりゃあ……、……安心だ」

「でしょう? まあ、可能な限り短期でけりをつけますが」

 不敵な色を瞳に宿らせ、紫呉は手袋を嵌め直して立ち上がる。

 と、同時。

「お邪魔します!」

 またもや勢いよく戸が開いた。

 雪斗がびくりと身を竦め、急にそわそわと髪をいじりだす。

「……制服姿の紫呉も……イイ……っ……!」

 戸を開いた姿勢のままで、須桜は息荒くも口元を拭う仕草をした。

「……須桜、どうかしましたか」

「紫呉の匂いがしたからちょっと報告がてら」

「犬ですか」

「紫呉が望むなら犬でも猫でも何にだってなるわ」

「……そのままで結構ですよ」

 須桜はぱちりと目を開く。

 そして、満面の笑みを浮かべた。花も恥らう笑みだ。接しなれた紗雪ですら、思わずドキリとした。

 須桜もまた、壱班の制服を身につけていた。長い髪は項あたりで一つに纏め、制帽を目深に被っている。一見、少年に見えない事も無い。

 しかし、皮の腰帯の締められた腰は細く華奢だ。

 紫呉も十五の少年にしては小柄で細身であるが、決して華奢ではない。隣に並べば、やはり須桜が少女である事が見てとれる。

「す、須桜。何だよ、どうかしたのか? まあ、とりあえず上がって行っても良いんだぜ?」

「久しぶり、雪斗。紗雪も来てたのね」

「うん、まあ」

 現れるなり気持ち悪さを発揮する須桜に苦笑しつつ、紗雪はひらりと手を振った。

「須桜も今まで仕事だったのか? お、お疲れ様だな。その、お茶くらいなら出してやっても……」

「ありがと。でもごめんね。あたしまだ、これから行く所有るの」

「あー……そっか……。まあ、うん、そっか……はは……」

 不憫な。

 あからさまに雪斗は落ち込むが、それを悟られまいとしているのか、わざとらしく笑っている。

 そんな雪斗を横目に、紫呉もまた、雪斗に見つからないように顔を背けて肩を揺らしていた。

 それから紫呉は一息ふうと吐き出して、頬を軽く叩いて表情を引き締めた。

「それではまた」

「あ、うん。またね」

 制帽を被り、紫呉は軽く手を上げた。落ち込んでしまった家主の代わりに、紗雪は挨拶した。

 戸が閉まり、しんと沈黙が落ちた。

 しばらくの間する事も無く、痛んだ畳の目をぼうっと数えていると、雪斗が勢い良く顔を上げた。

「……べ、別に、オレは何とも思っちゃいねえんだからな! そんな可哀そうなものを見る目で見るな!」

「え、でも実際可哀そうだし」

「嫌な妹だなお前は!」

「まあまあ。ご飯作ってってあげるから」

「同情なんていらねえ……」

「同情じゃないわよ。ただ不憫だなあって」

「もっと嫌だ……」

「はいはい。とりあえず炊事場借りるわよ」

 きのこでも生やしそうな、じめっとした空気を纏う雪斗はさておき、紗雪は買ってきた食材を漁った。

 自分はこの後帰るから、雪斗一人分の食事だけで良い。日持ちするものは置いておいて、足が早いもので、何か簡単なものを作っていこう。

 料理は好きだ。

 と言うよりも、何かを作る事が、昔から好きだ。

 自分の作ったもので誰かが喜んでくれるのならば、なおさら。

 愉快で不憫な場面を見せてくれたせめてものお礼だ。腕を振るって、美味しいものを作ってあげよう。

 紗雪は鼻歌交じりに、調理に取り掛かった。




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