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壱-1 鳩の首を絞める



 紫呉は碑に供えた煙草に手を伸ばした。

 置いたは良いが、どうにも口寂しい。一本取り出して咥え、懐から取りだした燐寸(マッチ)を擦って煙草に火をつける。

 燐寸を軽く振って火を消し、線香立てに押し込んだ。

 深く吸い込んで吐き出せば軽い酩酊感が訪れる。普段はそれに依存するのが怖くて遠ざけているが、時折無性に恋しくなるのだ。

(言いそびれましたね)

 侘びの言葉を。

 紗雪の首に巻かれていた襟巻き。

 あれは首の傷を隠す為のものだろう。

 巻き込んだ事、自分の正体を隠していた事に関しての侘びは述べたが、傷をつけてしまった事に対しての侘びはしていない。女性の身体に傷をつける重大さは心得ているつもりだ。

 一人きりで神経が過敏になっていたとはいえ、敵か味方か区別もつかぬとは自分もまだまだだ。

 だが一つ言い訳をするならば、紗雪の後ろにいた破天の気配に反応したのだ、と言いたいところだ。

(今度、薬を渡す事にしましょう)

 須桜に言えばよく効くものを調合してくれるだろう。いや、言わずとも作っているかもしれない。

 紗雪は、須桜にとって初めての同性の友人だ。初めて出会った時大層喜んでいたのを覚えている。

 今回の件で、この先会う機会も無いだろうと思っていた。自分もだが、誰よりも寂しがっていたのは須桜だ。

(でも、またと言ってくれた)

 これからもよろしく、と。

 握られた手を見おろす。まだ紗雪のぬくもりが残っているようだった。

 特殊な環境に身を置く自分達は、友人と呼べる存在は貴重だ。鳥獣隊の者達とは親しいが、やはりそれとは違う。そういったものを全て抜きにして、個として向き合える存在はありがたく、嬉しい。

 だから巻き込みたくなかった。危険な目に遭わせたくなかった。

 それに、交友が途切れるのも嫌だった。

 だが何を優先すべきかは分かっていた。だから苦渋の選択をしたのだ。彼女とこの先の交友が失せてしまうかもしれない、という事を承知で。

 悠一は現在、中央の拘置所に繋がれている。

 本当は斬れと言われていた。

 己に課せられた任務は里炎の壊滅。全員消してしまえ、と。

 だが、出来なかった。紗雪が止めに入ったからだ。

 優しい少女だ。そして強い。

 あの時、紗雪が止めていなくても、その場で斬るつもりはなかった。

 紗雪の目の前で、それはあまりにも残酷だ。だから別の場で、と思っていた。

 だがそれも出来なかった。涙する紗雪が哀れに思えたからだ。

(僕もまだまだ甘い)

 兄には散々文句を言われたが、結局のところ許してくれた。兄はつくづく紫呉に甘い。

 紫呉は煙草の灰を落とし立ち上がる。

 ずっと同じ体勢でいた為、筋肉が固まってしまって体がだるい。

 腕をぐるりと回すと同時、あーっと叫ぶやかましい声に紫呉は眉を顰めた。

「また煙草なんか吸ってるんだぜ!」

 ざかざかと大股でこちらにやってくる少年に、紫呉はわざとらしく大きなため息をつく。

「そんなん吸ってるから兄貴は背ぇ伸びないんだぜー?」

「大きなお世話ですそれとあなたの兄になった覚えはありませんしそもそもあなたの方が年上でしょうそれから背はこれから伸びます」

「あああ熱い! オレで煙草の火ぃ消すのはやめるんだぜ!」

「吸うなと言ったのは崇でしょうに」

 慌てて身を引く崇から火を遠ざけ、紫呉は煙草を線香立てに押し込んだ。

 崇は碑に向かい敬礼してみせる。

 それから紫呉に向き直り、にかっと明るく笑った。

「満身そーいな兄貴も格好良いんだぜ」

「……だから、崇の方が一つ年上だと言ってるでしょう」

「心意気の問題なんだぜ」

 何を言ってもどこ吹く風だ。今まで何度も繰り返してきたやり取りだ。

 それでも崇は改めない。もう諦めるしかない。

 紫呉は崇に聞こえるように、大きなため息をついた。

 黒い髪に琥珀色の瞳。頭に巻いた手ぬぐい。

 好青年、という言葉が良く似合う。まだ十六なのだから青年、というよりは少年なのだが、高い身長もあいまって彼は実際の歳より大人びて見えた。

 まあ、あくまで喋らずにいればの話だが。

「それはそうと、どうしたんです? 店は良いんですか?」

「中央から今帰ってきたんで、顔出しておこうかと思って。店は親父が多分忙しくしてるから早く戻った方が良いとは思うんスけど、まあ良いかって」

「良くないでしょう」

 まあまあと笑って誤魔化す崇だ。

 今回の件では、彼ら『鳩』にも協力してもらった。

 彼らの伝書鳩は非常に優秀だ。これまでも、何度も助けてもらってきた。

 今回は、中央や庵を行き来する二影と、屯所付近に駐在していた紫呉との間の情報伝達を買ってくれた。

 庵付近に鳩が頻繁にいる事を怪しまれないよう、わざわざ餌をまいて野鳥を呼び寄せもした。伝書鳩の有用さを考えれば、それしきの労力はいささかも厭わない。

「あ、そうだ。(ひろし)が文句ぶーぶー垂れてたんだぜ。何で私がこんな小娘の警護をーって」

 と、崇は似てない声真似をしつつ眼鏡を押し上げる仕草をする。

 短く切った銀髪を揺らし、嫌味ったらしく眼鏡をいじる洋の様を思い描き、紫呉はげんなりと肩を落とした。

「小娘って……。人の友人を掴まえて失礼ですね」

 そう言いつつ、洋本人には言いたくない紫呉だ。

 言いたいくない、と言うより、関わりたくない。

 彼は自分をやたらと敵視して、つっかかってくるからだ。崇は崇であまり関わりたくないが、それとはまた別のところで洋とも関わりたくない。

 橘洋もまた、鳥獣隊『雀』の一員だ。

 彼に関しては知らない事が多い。知っているのは自分より四つ年上だ、という事くらいだ。

 あとは、何故だか嫌われている、という事。

 関わりも少ないし、嫌われる理由が思い当たらない。だが知らなくても良いか、と思っている。自分を嫌っていると分かっている相手に、わざわざ近づくのも面倒だ。

「まあとりあえず、崇から僕が礼を述べていたと伝えてくれますか? 協力していただけた事は感謝しています」

「それは別に良いけど……。兄貴が直接言った方が良いと思うんだぜ? ご自分で礼も言えないのですか全く、とかきっと言うと思うから」

 腕を組み見下す姿勢を取りながら、崇は洋の声を真似る。

 確かに崇の言う通りだ。洋と話すのは億劫だが、礼を人づてに伝えるのは無礼だろう。

「……分かりました。またいずれ、僕の方から赴きましょう」

 面倒だが、ここは礼儀を通しておこう。自分の事を嫌っていると分かっているからこそ、これ以上悪いように思われるのも困る。

 何が楽しいのか鼻歌を歌う崇の横顔を見上げ、紫呉は紗雪の言を思い出す。

『何で離れろって言ったのかしら』

 思い出したら、何だか腹が立ってきた。

 あの時こいつが離れろとか言って、紗雪は怯えた目で紫呉を見ていた。何が紗雪をそうさせたのか分からないが、紗雪に怯えられたという事実が何だか腹立たしい。それは、目の前のこの男が起因しているのだと思えばなおさら。

 紫呉は崇の胸元に揺れる瑪瑙の首飾りをぐいと引っ張り、下から覗き込むようにしてにこりと笑う。

「崇、聞きたい事があるんですが」

「な、何なんだぜ?」

 琥珀の目が怯えに揺れる。

「何であの時離れろとか言ったんですか?」

「あ、あの時って……。どの時なんだぜ?」

「店の前で、僕と紗雪が話していた時の事です」

 笑みを深める。

 普段使わない筋肉を駆使している為、頬が痛い。

 崇は身を引こうとするが、首飾りを掴む力を強め、紫呉はそれを許さない。さっさと言え、と無言の圧力をかけた。


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