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零-17 骨の色

 手には血刀。

 足元には倒れた男。

 ぽたりぽたりと、刃の先から雫が滴っている。

 黒曜石を思わせる真黒な双眸は、ひたと悠一に向けられていた。

 温度を感じさせぬ漆黒のそれが、まるで炎のように凶暴な光を宿している。

「紫呉……」

 思わず名を呼べば、彼は鋭い一重を大きく見開いた。

「紗雪……? 何で」

 不自然に声が途切れた。彼の背後には男がいた。

 紫呉は地面を蹴って横に跳ぶ。

 横に薙がれた刀が、紫呉の左の腕を傷つけた。その軌跡を追って血が飛んだ。

 紫呉は手にした刀を振り上げた。

 目が合った。

 舌を打ち、鞘に収める。

 そして鞘ごと男の横腹を思い切り突いた。男は呻きと共にもんどりうって倒れた。

 倒れた男の腹を紫呉は蹴りつけた。腹の中のものをぶちまけて、男は白目をむく。

 紫呉の周囲に間ができた。

 手に得物の男女が、じりじりと隙を窺っている。

 紫呉の指先から雫が落ちた。ぽたりぽたりと、白い袴を赤く濡らす。

 紫呉は目だけで周囲を窺った。

 顔を顰め、刀の鍔に親指をかける。かちりと硬い音がした。

 男が紫呉に向かって何かを投げつける。それを避け、紫呉は体を屈めた。立ち上がると同時、拾い上げた何かを(石だろうか)男目がけて投げつける。

 男が目元を押さえて呻く。

 他の者達が、じりじりと距離を詰めてきている。

 大きく舌を打ち、紫呉は鞘を払った。

男達の足が止まる。

「紗雪」

 硬い声に身を竦める。

「目を閉じていて下さい」

 跳びかかった男の刀を、紫呉は鍔元で受け止めた。

 男の足を払い、倒れた男の顔を踏みつける。

「血を見せたくはない」

 鞘を腰に差した。

 跳びかかる複数の男の怒号、それが合図となった。

 次々と紫呉に男達は跳びかかる。

 上段に構えた男の腹を、刀で横に薙いだ。男の悲鳴と紗雪の悲鳴が重なった。

 紗雪は目を閉じた。

 見たくない。

 人が黒器で殺されるところなど、見たくない。

 頭を抱え込むようにして両耳を塞ぐ。痛いほどに押さえた。

 それでもなお声は聞こえる。

 歯を食いしばり、耳に掌を押し当てる。

 怒号。

 悲鳴。

 体が強張る。悲鳴が喉元で暴れている。

 口を引き結び、紗雪はゆるく首を振った。

 膝が笑って崩れそうになる。

 よろめいた紗雪を悠一が支えた。

 声が凪いだ。

 紗雪は恐る恐る目を開けた。体が小刻みに震えている。

 呻き声をあげて倒れ伏している者が数名。女性の姿もある。

 残った者は紫呉を囲んでゆっくりと輪を狭めようとしている。

 紫呉の傷が増えている。右の腿からじわじわと血が滲んでいた。

 彼は僅かに肩を上下させている。汗で頬に髪が張り付いていた。

 倒れた男が彼の足を掴んだ。狂気じみた笑い声をあげて、彼の足首に小刀を突きたてようと振りかぶる。

 紫呉はその手を刀で払った。

 間抜けな顔で、男は己の腕を見る。見る間に泣き面になり悲鳴をあげた。

 頬に何かが飛んだ。

 指先を頬に触れさせれば、ぬるりとした感触がした。指先についたそれに、紗雪は血の気が引くのを感じた。

 紗雪の足元にぼさりと音を立てて腕が落ちた。

 指がひくりと動いた。

 白い物が見えた。

 この色を知っている。


 骨だ。


 悲鳴が溢れた。


 人殺しだ。


 彼は。


 紗雪は顔を背けようとした。

 だが、顎を掴まれてできなかった。

 息を呑んだ。


 背後から首元に小刀を突きつけられている。



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