5、コンビニ店員、暇を持て余すリストラ会社員になる
「予想外なのである」
「なのである、じゃねえよっ!」
腕組みをしながら重々しく呟くギタローを、地面に転がった俺は息も絶え絶えに罵る。オスギなピーコもドン引きするぐらい全力で罵る。
『門』から飛び出し、俺目がけて一直線に襲い掛かってきた飛竜は、魔王と勇者のタッグマッチであっという間に沈められた。
だが、『ここで我を倒そうと、第二第三の魔物が……』と言わんばかりに、『門』からは次から次へと息つく暇なく魔物が現れ、それが何をトチ狂ったのかすべて俺めがけて突撃をかましてきたのだ。
魔王と勇者は現れ出た魔物を効率よく退治していったが、数が多い時はその包囲網を潜り抜けてしまうこともあり、俺は必死になって襲い来る魔物から逃げるほかなかった。
「何しろこれまで、『門』から出てきた魔物が特定の一人に向かっていくという事などなかったのでな」
ギタローは、ちょこんと不思議そうに首を傾げている。
それはギャップ萌え狙いか。むさいおっさんが小首を傾げても不気味なだけだからな! 誰がそんなんに騙されるか……って、駄目だ。ネィコさんがときめいてる。
ともかく、どうやら今まで『門』から現れた魔物は、散り散りに飛び去っていくのが普通であり、むしろ逃げていく魔物を如何にして逃さないようにするかが焦点だったらしい。
今回のように、一人に向かって魔物が集中するというのは初めてのことであり、異常事態と言ってもおかしくなかった。
「しかし、ヨダひとりに群がったお蔭で、一匹たりとも取り逃すことなく魔物を殲滅できた訳だ。ならば今回の最たる功労者であるヨダに、我々は感謝すべきだろうな」
「おい勇者。プラス思考が過ぎるぞ、てめぇ」
俺の犠牲を良いように解釈するシオンに、ひくりと顔を引きつらせる。奴はしれっとした顔で、冗談だと答えた。
てめえの冗談はいつも冗談に聞こえねぇんだよ!
「戯れはこのくらいにしておくとして、次から『門』を開く時には、ヨダは来ない方がいいだろう」
原因が分からない以上、不確定要素は初めから除外した方がいい。
話はそういう方向にまとまり、俺はほっとした。
最悪、俺を囮にすれば便利という方向に話が流れる可能性も無きにしも非ずと思っていたが、さすがは勇者と世界平和に貢献する魔王。奴等はそこまで非道ではなかったらしい。もっとも、
「ヨダ様の存在は、魔物退治に非常に重宝しそうですから勿体なくはありますけどね」
周囲の視線を集めたネィコさんが、にっこりとほほ笑みを浮かべ、「とても残念ですわ」と言い添える。
何が残念なんだよ、仮にそんなグレートなハラショーで誘惑してきても俺は絶対に……ちょっとだけしか考えないんだからな!
俺は顔を引きつらせると、「勘弁してください」と、そそくさと身を引く。
蜂蜜たっぷりの罠にかかるのは、黄色い熊公だけで十分だ。って、良く考えれば今は俺も無職か。
そうして俺たちがこの世界にやってきて一週間が過ぎたあたりで、巨大な旅行鞄を引っ提げたギタローとネィコさんは、意気揚々と新婚旅行に出かけた。
嬉しくて仕方がないという表情で出発する二人を城の住人達と俺は見送ったわけだが、筋肉ダルマが清楚な嫁さんと新婚旅行に行くのを見て、ちょっと落ち込んでしまったのは内緒だ。
漫画雑誌の裏表紙に書かれていた、君もムキムキになって素敵な彼女を!という謎の筋肉増強マシンの売り文句は、決して馬鹿にしてはいけなかったのかもしれない。
そんな訳で、俺はギタローの城で主の代わりにどっぷりと引きこもり生活に浸っていた。
というか、本当にやることがなかった。
勇者の方は週に一度の開門という名のお勤めがあるが、俺はそっちに顔を出すこともできず、寝るかぶらぶらするかしかやることがない。
昨日なんて、あまりに暇すぎて、メィダ・マーノ親父と一緒にお茶をしてしまったぐらいである!
何が悲しくてステテコ姿の爺さんとお茶をしばかないといけないのか。老人会か!
もっとも前の世界で、慣れない馬旅で尻にダメージを与えていた事を思い出すと、城にこもってのんびりしていればいい今回はかなり楽だと言えなくもない。
例え、一緒に留守番するのが男くさい勇者様だったとしてもだ。
そんな風に暇を持て余していた俺に同情してくれたのか、メィダ・マーノ親父は城内の散策を進めてくれた。
城内は広く、珍しい施設も色々あるらしい。特にお勧めは城内の住人の憩いの場となっている中庭であるという。
真っ昼間の公園で散歩なんて、長らく深夜バイトをしながら過ごしてきた俺には健康的すぎて慄くが、暇つぶしにはなるだろう。
さっそく俺は、ぶらぶらとそこに足を向けたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「これはなんと言うか……公園だな」
中庭に足を踏み入れた俺は、しみじみと感想を口に出す。
俺の感覚で言えばそこは、どこにでもありそうな普通の市民公園だった。
吹き抜けの空は相変わらず曇天に覆われているけれど、植えられた芝生と常緑樹が目に蒼く、備え付けられた噴水からはチョロチョロと水の流れる音がする。
そこかしこに置かれたベンチや、あるいは芝生に敷いた敷物に、城の住人たちが腰を下ろし、和やかに談笑したり休憩したりしている。
それが建物の中にあるというは確かに面白いけれど、俺に取っては珍しくもない公園の景色だ。
だが、城を一歩出ればそこは乾いた荒野である事を思い出せば、ここが確かに珍しく貴重な場所であるということは同感だった。
俺はよっこいせいとジジむさい声を出しながら、空いているベンチに腰をかける。
ちなみに一時期、「よっこいせい」の代わりに「よだいっせい」と名前を言うのが、俺の持ちネタだった。黒歴史である。
「あら、ヨダ様だわ」
「珍しいわね、こんにちは」
背後から掛けられた声に振り返れば、そこにはここ数日のうちに顔見知りになった城勤めのおばちゃんたちだった。どうやら彼女たちも休憩に来たらしい。
「あ~、どうもどうも」
俺のやる気のない返事に、何がおかしいのか彼女たちはそれぞれ三つ目を瞬かせたり、蛇の髪をくねらせながら、くすくすと笑って去って行く。
来て早々の頃、メィダ・マーノ親父に忠告されたように、確かにこの城には彼女たちのような特殊な風貌を持つ人間が多かった。見た目だけでも普通の人間は、恐らく全体の半分にも満たないだろう。
狼男のように全身に毛が生えていたり、ぐるぐる巻きに包帯を巻いていたりと、そんな人間たちに囲まれていると毎日ハロウィンでもやっているような気にさせられたりもする。
瘴気に侵されたこの地に代々住み続けていたせいで、身体が変化してしまった生粋の魔王城民もいるが、その一方で余所の土地で迫害を受け、この城に逃げ込んできたという人間も多いらしい。
この城にいれば差別を受ける事なく、魔王の庇護のもと皆平等に暮らす事ができる。だからかこの公園にいる人間は皆笑顔で、誰が余所から来た人間で誰が元からいる人間なのか、区別をつける事は俺にはできなかった。
公園に来たのは良い物の、やはり俺はやることもなく、ただぼーっとベンチに座っているだけだった。
ずっと屋内に籠り切りよりはまだ健康的かもしれないが、これではまるで老人かリストラされたサラリーマンのようである。もっとも、毎日が夏休みという意味では間違っていないが。
パソコンやゲーム機といった近代的な娯楽があれば、いくらでも時間は潰せるのだろうが、さすがにここにはそんな気の利いた物は存在しない。ついでに言えば文字も分からないから、娯楽本の類いだって読む事ができない。
働いたら負けであると思っている俺ではあるが、ここまでやる事がないと段々不安になってくる。あれだ、早くもボケ出しそうな気がするのだ。
ちなみに、どうやら翻訳魔法は言葉には作用するが、書かれた文字には通用しないらしい。
なので、シオンは初めて見る文字形態でも数日で読めるようにするという特技を身につけたらしい。何それパネェ。
もちろんそんな特技のない俺は、ただただぼんやりとベンチに座っているのみである。
そうやってぼーっとうつろな目で公園の景色を眺めていると、ふいに気にかかる物が視界に映り込む。
もうちょっとでシオンに、先ほど食べたばかりの昼食を催促しに行きそうだった俺は、興味本位という理由だけでひょいひょいそちらに足を運ぶのだった。