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2、コンビニ店員、好々爺と好を結ぶ

 今回俺たちが召喚されたこの世界は、簡単に言うと上段下段の二層に分かれた構造になっているらしい。

 上の段が、現在俺たちがいる地上界。そして、下の段――文字通り足の下には、『魔界』と呼ばれる地下世界が存在する。


 地上界の生き物が太陽や雨の恵みの元に暮らしているのと同じように、地下世界の生き物達は、地上界から染み落ちてくる「負」の感情、恨みや害意、死の穢れなどをエネルギー元としているという。

 しかし地下に降り注いだ「負」のエネルギーは、一定量を超えると地下世界から溢れ、地上に瘴気として吹き出してきてしまう。しかもその際、「魔界」の凶悪な魔物なども一緒に地上に出てきてしまうのだ。


 大昔は瘴気が地上まで溢れることは稀な現象だったのだが、人間が地上の覇者として繁栄するに従い、染み込む「負」のエネルギー量は一気に増加した。

 地下世界は常に、決壊ギリギリのエネルギーを溜め込むこととなってしまったのだ。


 場所を選ばず頻繁に吹き出す瘴気と魔物は、人間に危害を与えるのみならず、大地を穢し生き物が住めない土地へと場を変質させてしまう。

 それを防ぐために、この世界ではある一つの方法がとられていた。




「つまりあんたらは、害の少ない段階で「負」のエネルギーを地上に逃がし、ガス抜きをしているということだな」


 長々とした説明をやっと呑み込んだ俺の要約に、シオンも補足するようにうなずく。


「『魔界の門』がエネルギーを逃がす際の弁の役割を果たし、その量やタイミングを見計らう管理者が『魔王』ということらしい」

「その通り! 我こそは17代目の管理者【魔王】ファッカーヴァノ=ギターロである」


 俺らの言葉に、魔王はぐははははと笑いながら胸を張る。なんかもう、この笑い声も無視できるようになってきたわ。


「我は管理者【魔王】として、生涯をこの地で生きる定めを受け入れておる。事実、生まれてこの方、我はこの地を離れたことはない」


 魔王は、その重々しい重低音を響かせ、引きこもり歴をアピールする。


「だが、古の掟により、生あるうちにただ一度だけ、外に出ることを許されておる。我は今それを行使するつもりなのだ!」

「へえ、あんたはいったい何のために外に出るんだ?」


 世界の秩序を守るというのは、聞くだに大任だ。

 いささか厳しくはあるが、それもある意味仕方のないことだと思えなくもない。だからこそ、ただ一度だけ許された特例をいったい何に使うのか興味があった。


 魔王はかっと目を見開くと、威厳あるドラ声で、はっきりと言い放った。


「新・婚・旅・行である!」

「もげちまえっ!」


 俺は思わず全身全霊で突っ込みを入れる。

 リア充を呪う会、渾身の一撃であった。

 




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇


 

 


 結果として、シオンは魔王の要請に従って、魔王の代理を引き受けることにしたらしい。

 期間にしておよそ一か月。魔王とその嫁さんが新婚旅行を満喫している間に限ってのことだが。

 そんな訳で現在シオンは魔王代理を担うための、引き継ぎをファッカーヴァノ=ギターロ(面倒臭いので以後ギタロー)としている。

 例によって例のごとくやることがなくて暇な俺は、ぼんやりとテラスに座ってお茶を飲んでいるのであった。


「いやー、しかし実に風情のある景色だ」


 俺はぬるまったお茶に口を付け、感嘆と共に、眼前の広がる雄大な風景に感想を述べる。


「見事なくらい、――何も、ない」


 暗雲立ち込める薄暗い空。

 地平線まで広がる、黄色く乾いた荒野。

 以上!

 世界が完全に、灰色と黄色で二等分されている。

 いや、よく見れば岩や窪地、丘陵や若干の灌木などがあるのも分かるのだけれど、吹きすさぶ風に舞い上げられた砂埃で、すべてが均一に黄色っぽくなっているのだ。


「てっきり城下町でも広がっていると思ってたんだけどなぁ」


 この城は一日では回り切れないほどに大きく、魔王本人の人柄を表すかのように古めかしく無骨ではあったが、その分かなり頑丈そうな建築物だ。

 ならば城下町もさぞや歴史があり立派なのだろうと思ったが、実際には、荒野にぽつりとこの城だけがそびえているだけだった。

 見渡す限り、宿屋もなければ店もないので、さぞや買い物もし難いことだろう。徒歩一分圏内にコンビニでも立てたら、バカ売れすること間違いない。俺自身はそんな辺境のコンビニで働きたくはないが。


「この土地は、生き物が住むには向かない場所じゃからのう」

「うおっ」


 突如、足元から聞こえてきた声に俺はびっくりして飛び退く。そこには、非常に小柄な――腰が曲がっているとは言え俺の膝上くらいまでの背丈しかない白髪の老人が、杖を突きながらこちらに背を向けて立っていた。


「ちょっ、爺さん。いつの間に!?」

「ひょっひょっひょっ、驚かせてしまったようですまんのう」


 老人はテラスの柵の隙間から、外の景色を眺めながら妙に甲高い独特の声で笑う。俺はほっと胸を撫で下ろした。


「いや、マジでびっくりしたぜ、爺さん。俺の心臓がスプリング弾む噛むするところだった」


 バネが弾むように飛び出した心臓をうっかり噛み切る。舌ではなく心臓を噛み切って死ぬとは、斬新な死因だ。


「それは重ね重ねすまんかったのう。だが、わしの顔を見たらもっと驚いてしまうかも知れんぞう」


 そう言ってゆっくり振り返った爺さんの顔は、つるんとしたノッペラボウ――ではなく、その下半分が髪と同じくらい真っ白な髭で覆われていた。だから、見えるのは大きな眼だけ。

 顔の真ん中にどんと据えられた単眼だけだった。


「おおうっ!!?」


 予告されていたにも関わらず、俺はその異相に大きくのけぞる。


「ひょひょひょ、驚いたようじゃの」

「当たり前だろうっ」


 にやりと意地が悪そうに笑っている爺さん。上下ステテコ姿で腹巻を巻いていなければ、さぞや俺は恐怖に慄いていたことだろう。でもステテコ。てか、へんなおじさん。


「お義父さん、駄目ですよ。そうやっていつもお客さんを驚かして」


 そうこうしているうちに、テラスに第三の人物が現れる。

 窘めるような口調で替えのお茶をお盆に乗せてやって来たのは、この城のグレートハラショーな新妻。


「あっ、ネーコムゥ……」

「ネィコムスメラですわ。どうぞネィコと呼んで下さい」


 清楚な人妻はそう優しく微笑んで、俺は恐縮する。どうして異世界人の名前は、こうややこしいんだか。


「トウサン、ということはこちらのご老体はもしや、ギタローの?」


 この小柄な老人から、あんな巨体が誕生したのだとすれば、一世代の間でとんでもない進化が起こったのだろう。ダーウィンも木から落ちるという奴だ。進化系統樹とかいうのから。


「いやいや、わしはただの長生きの老人じゃよ。子供の頃からギターロ様の世話をさせて頂いていた縁で、恐れ多くも父と呼んで下さっておるてが」

「父だ! その語尾は間違いなく父だ!」


 魔物がくしゃみで身バレするくらいの精度で、それは俺の中で確定事項となった。


「あの人が父と呼んでる人ですから、もちろんわたしもお義父さんと呼ばせて頂いてますわ。もっとも、この城に住む者は皆、敬意をもってこの方を親父さんと呼んでますけど」


 ネィコさんはころころと笑う。

 ようするに、この一つ目のご老人は魔王の付き役で長老や生き字引と言った立場にいる人らしい。


「メィダ・マーノじゃ。よろしくな」


 そう言って手を差し出してくるメィダ・マーノ親父と、俺は腰を曲げて握手をした。


「この城に住む者、ってことはギタローやネィコさん以外の人も皆この城に住んでるんっすか?」

「うむ、そうじゃ! ここはお主が言うような城下町を持たん代わりに、この城の内部に店や住まいを構えておる。もっともその人数は、微々たるものじゃがの」


 いつの間にやら、椅子に腰かけてネィコさんの淹れたお茶を飲んでいるオヤジさんに向かって、俺は尋ねる。


「その理由は、この土地にある」


 彼はその子供のように小さな手を、眼前に広がる荒野に向ける。


「何もないじゃろ。これはな、『ゲート』から吐き出される瘴気のせいじゃ。瘴気は、大地を穢し生き物が住めない土地へと変質させる。『門』のあるこの地は、必然、不毛の穢土にならざるを得ないのじゃ」

「そりゃそうだな」


 俺も茶をすすりながら、その言葉に納得する。瘴気のガス抜きの為の『門』があるという事は、『門』のある土地が瘴気に曝され続けるということでもある。

 何十年、何百年にわたりそれが続いているのだとすれば、この荒涼とした光景にも納得がいくというものである。


「それに、『門』を開けばどうしたって魔物が出ます。現れた魔物はギターロとわたしが退治しますが、それでも討ち漏らしは出てしまいますので、近くの開けた場所に街を作るのは危険なんですの」


 魔物には、空を飛ぶものも多いですから。

 そういってネィコさんはおっとりと微笑むが、そのセリフに些か物騒なワードが混じっていたように思えるのは、きっと気のせいだろう。あるいは、ほら、きっとあれだ。回復役とか、後方支援とか、チアガールとか。


「瘴気は非常に厄介での。土地だけではなく、生き物までも穢していく。わしのこの見た目も、代々この地で生き続けてきたゆえの弊害じゃ。肝の太いお主なら大丈夫じゃろうが、この城にはいささか奇抜な風体のものも多い。どうか気味悪がらんといてくれ」


 オヤジさんは甲高い声を、ゆっくりと噛みしめるようにして俺に頼む。恐らく、このオヤジさんが俺に会いに来たのも、それが言いたかったがためだろう。

 ファーストインパクトがこの爺さんなら、次に会うのが誰だとしてもさほど驚かずには済むという意味で。

 俺はオヤジさんの心意気に打たれて――というわけではないが、その言葉にうなずいた。


「そうかそうか。さすがは勇者のお連れだけあって、懐が広いのう」

「ヨダ様がお優しい方で、良かったですわ。……あら、いけない。そう言えば、勇者様がヨダ様をお呼びでしたわ」


 はったとしたように、ネィコさんが伝言を告げたので、俺は取り急ぎシオンの元へ向かうことにした。

 それはオヤジさんと清楚系新妻の称賛の声に、居た堪れなくなったせいでもある。

 なにしろ、実際はこの世界で初めて見た物が高く聳えるギタローの胸板だったせいで、すでにSAN値に耐性を得てしまっていただなんて、言えるはずがなかったのだ。



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