0、コンビニ店員、隠された真の力に目覚めたい
ごうごう、と風がうねり大地をはしる。
乾いた地表を削らんばかりに吹きすさぶそれに、俺は目を細めた。
荒れ狂う大気すら味方につけたかのように、鋭く輝く死神の鎌を手にした敵が、中空から俺を見下ろしている。
「何の力も持たないただの小童が、私に楯突こうとは良い度胸だ。だが貴様のごとき弱者が、ただ一人でこの私に勝てると思っているのか!?」
「ああっ。そんなこと、俺の方が良く分かっているさ!」
俺は震える歯の根を、噛み締めることで文字通り、食い縛る。
勇者はいない。
そして味方すらおらず、丸腰で。
一体この状況のどこに、勝てる要素があるというか。
だけど、それでも。
俺はやらないといけないんだ。
「うおおおおおぉぉぉっ!」
俺は大地を震わさんばかりに、腹の底から吼える。
信念を、誇りを、魂を、その全てを振り絞るように、吼え猛る。
その瞬間、鳩尾から全身に掛けて、かっと熱くなるような感覚が走った。
「なっ、なんだと!?」
敵が驚愕の声を上げる。
その目は炎のように吹き上がり、全身を包み込む黄金色のオーラをまとった俺に釘付けになっており――
――なんてことは一切ない。
奴の視線は、一目散にケツをまくって逃げ出した俺の背中に呆然と向けられていることだろう。
願わくば、しばらくそのまま唖然として、俺が少しでも距離を取るための時間を稼いでくれ。
そんな俺は依田一誠。世を儚む二十二歳。みずがめ座。
ミケランジェロのダビデ像とボルゲーゼのマルス像を足して2で割ったような、絵に描きたくなるような色男だ。もちろん嘘だが。
現在、真面目に命の危機に遭遇中。
何故こんなきわどい目に合っているかは、もう少し落ち着いてから語るとして。
とりあえず、俺はそろそろ隠された真の力に目覚めて良い頃なんじゃないかと、どこにいるとも知れない責任者に膝詰め問いで訴えたい気分である。