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「彼女は女友達ですわよ」と男装女子を連れていた彼に言ったら顔を真っ赤にさせた

作者: 弥生いつか
掲載日:2026/09/07

サバサバ系女子にしたかったけどそこまで入らなかった


 王都の中央広場を囲むように建つ貴族街の一角、控えめな屋敷の居間で、アンナ・ルーアンは窓の外をぼんやりと見つめていた。


 春の陽射しが柔らかく差し込み、庭の薔薇が咲き始めているのに、彼女の胸は重かった。


「アンナ、今日も騎士団の訓練に付き合ってくる。ジュリアナと一緒だ」


 婚約者のフローレンス・ベルモンが、いつものように軽やかな口調で告げた。銀色の鎧を身にまとい、金髪を風になびかせた彼の姿は、誰が見ても絵に描いたような騎士だった。しかし、その隣に立つ人物の存在が、アンナの心を蝕んでいた。


ジュリアナ・ヴァレン。


 黒髪を短く切り揃え、男装の甲冑を纏った女騎士。口調も仕草も男っぽく、騎士団では「男友達」として扱われている。フローレンスはことあるごとに「ジュリアナは男みたいな奴だから、嫉妬するなよ」と言い、アンナをたしなめた。


「わかっていますわ。ご自由に」


 アンナは静かに頷いた。もう何度も繰り返した会話だった。最初は心配し、次に怒り、やがて無力感に沈んだ。フローレンスの目は、ジュリアナを見るときだけ生き生きと輝いていた。アンナを見る目は、義務を果たすためのものとしか思えない。


 婚約は両親の取り決めだった。アンナの家は地方の男爵家で、フローレンスの子爵家との結びつきは家名を守るためのもの。アンナ自身は、幼い頃から従順に育ってきた。文句を言わず、微笑み、待つことだけを覚えさせられた。

だが、限界は近づいていた。


「じゃあ、行ってくる」


 フローレンスは軽く手を振り、ジュリアナと肩を並べて出て行った。二人の背中が並ぶ姿は、まるで本物の男同士のようだった。アンナは小さく息を吐いた。


 「…もう、いい加減にしたい」


 その呟きは、誰にも聞こえないように、部屋の空気に溶けていった。




 それから数日後。アンナは久しぶりに、王都の騎士団の公開訓練を見学することにした。フローレンスの様子を確かめたかったわけではない。ただ、屋敷にいると息が詰まりそうで、外の空気を吸いたかっただけだ。


 訓練場の片隅で、彼女は木陰に立っていた。汗を流す騎士たちの中に、フローレンスとジュリアナの姿を見つけた瞬間、胸がざわついた。二人が並んで剣を交わし、終わった後に肩を叩き合って笑っている。距離が近すぎる。明らかに「男友達」の枠を超えている。


 アンナは目を逸らし、反対側のエリアへ歩いた。そこで、ふと目に止まったのが、一人の女騎士だった。


 ロザンヌ・ド・クレール。


 銀髪を後ろで結い、男装の甲冑を着こなしながらも、どこか柔らかい雰囲気を纏っている。剣の扱いが洗練されていて、周囲の騎士たちも彼女を一目置いているようだった。訓練が一段落したところで、ロザンヌは水を飲み、額の汗を拭った。


 アンナが近づくと、ロザンヌがふと顔を上げた。灰色の瞳が、静かにアンナを捉える。


「…何か御用ですか?」


声は低く、穏やかだった。男装しているのに、言葉遣いは丁寧で、どこか女性らしい抑揚がある。


「いいえ。ただ…素敵な剣捌きだと思いまして」

アンナがそう答えると、ロザンヌは小さく微笑んだ。


「ありがとうございます。あなたは…ベルモン子爵の婚約者様、ですね」

「ええ。アンナ・ルーアンと申します」

「ロザンヌ・ド・クレールです。よろしくお願いします」


 簡単な自己紹介を終えた後、二人はしばらく沈黙した。アンナは、ロザンヌの隣に立つだけで、不思議と気が楽になるのを感じていた。フローレンスと一緒にいるときの緊張感とは違う。


「…訓練、よくご覧になっていますね」


 ロザンヌが静かに言った。


「ええ。婚約者の様子を……少し」


 アンナの声が、わずかに揺れた。ロザンヌはそれを見逃さなかった。


「もしよければ、少し話を聞きましょうか。ここは人目がありますし、近くの茶店でも」


 アンナは少し迷った後、頷いた。初めて会った相手なのに、拒絶する理由が見つからなかった。


 茶店の個室で、アンナは熱いハーブティーを両手で包み込んだ。ロザンヌは向かい側に座り、静かに待っている。


「…フローレンスは、ジュリアナとばかり一緒にいるのです。『男友達だから嫉妬するな』と言いながら、反省の色もありません。二人きりで宿に泊まったこともあると聞きました。…私は、何も言えずにいます」

言葉が溢れ出すと、止まらなかった。長く抑えてきたものが、一気に流れ出る。


「婚約しているのに、私は彼の優先順位の中にいない気がするのです。家のため、義務のため…私はただ、そこにいるだけ」


 ロザンヌは途中で遮ることなく、最後まで聞いた。そして、ゆっくりと口を開いた。


「そうか。辛かったね」


 たったそれだけの言葉だった。

 アンナの目から、涙がこぼれ落ちた。


「…え?」

「辛かったよね。誰にも言えずに、ずっと一人で抱えていたんだ」


 ロザンヌの声は、優しく、確かに届いた。アンナは初めて、自分が「辛かった」のだと自覚した。怒りでも、嫉妬でもなく、ただただ辛かったのだと。


 嗚咽が漏れた。茶店の個室で、アンナは長く抑えてきたものを吐き出した。ロザンヌはハンカチを差し出し、静かに背中を撫でた。


「もう、無理しなくていいよ。私はここにいる」


 その言葉が、アンナの心に染みた。


 それから、アンナとロザンヌは頻繁に会うようになった。

 

 ロザンヌは騎士団の任務の合間を縫って、アンナの屋敷を訪れたり、一緒に王都を散策したりした。男装姿のままなのに、どこか気品があり、アンナは安心して隣にいられた。


「今日は市場に行きましょう。季節の果物が美味しい時期です」

「ええ。ロザンヌ様がお選びください」

「もう『様』はいらないよ。ロザンヌでいい」


 そんな会話を重ねるうちに、アンナの表情は少しずつ柔らかくなっていった。フローレンスの存在が遠のくほど、日常が穏やかになっていく。


 ある日、庭でお茶を飲んでいると、ロザンヌがふと呟いた。

「アンナは、もっと自分の気持ちを大切にしていいんだよ」

「…自分の気持ち、ですか」

「ええ。婚約だって、家のためだけじゃなくて、自分が幸せになれるかどうかが大事だと思う」


 アンナはティーカップを置き、静かに頷いた。

「…ありがとうございます。ロザンヌと出会って、初めてそう思えるようになりました」


ロザンヌは微笑み、そっとアンナの手に自分の手を重ねた。温かい。騎士の手が、こんなにも優しいとは思わなかった。




 そんな穏やかな日々が続いていたある夕方。


 アンナはロザンヌと一緒に、屋敷の近くにある小さな公園で散歩をしていた。夕陽が長く伸びる影を落とし、木々の葉が風に揺れている。二人は並んで歩きながら、近々開かれる騎士団の演武会の話をしていた。


 ロザンヌが穏やかに微笑んだ直後、公園の入口から荒々しい足音が聞こえた。


「アンナ!」


 振り返ると、フローレンスが顔を真っ赤にして駆け寄ってくる。後ろにはジュリアナが、気まずそうな表情で立っていた。どうやら二人は訓練後にここを通りかかり、アンナとロザンヌが並んで歩く姿を目撃したらしい。


「お前、ロザンヌと親密すぎるだろ!浮気か!?昼間から二人きりで何をしてる!」


 フローレンスの声は周囲に響き、近くを歩いていた人々が足を止めた。アンナはロザンヌの隣で、ゆっくりと彼を見据えた。以前の自分なら、すぐに謝って弁解しただろう。しかし、今は違う。


「フローレンス様。ロザンヌは女性です。彼女とは女友達ですわよ」


 その一言が、空気を凍らせた。


 フローレンスの顔が、みるみる赤く染まった。耳まで真っ赤になり、口をパクパクと動かして言葉を失う。


「な…なにを…お前まで…!」

「『男友達だから嫉妬するな』と、いつもおっしゃっていましたわね。私はただ、同じことをしただけです」


 フローレンスは逆上した。手を振り上げようとした瞬間、ジュリアナが素早く彼の腕を掴み、簡単に制圧した。


「フローレンス、落ち着け。人前だぞ!」


 ジュリアナの声は冷静だったが、どこか焦りが混じっている。アンナは静かに二人を見つめた。

「今回の件、骑士団にも報告させていただきます。二人の関係についても、証拠は揃っていますから」


 ロザンヌが静かに一歩前に出た。彼女はすでに、フローレンスとジュリアナが男同士でもあり得ないほど密着し、二人きりで宿に泊まった記録や、目撃証言を集めていた。騎士団の規律に明らかに反する行為だ。公園という人目のある場所で、逃げ場はなかった。

フローレンスの顔から、徐々に血の気が引いていく。



 騎士団の査問は、異例の速さで進んだ。


 証拠は山のように積み上がっていた。宿の帳簿には「フローレンス・ベルモンとジュリアナ・ヴァレン、二人部屋・連泊」の記録が何度も残り、同僚騎士たちの証言は「夜遅くに二人で戻ってきた」「訓練中も異常に親密だった」と揃っていた。


 さらに、二人が交わした私的な手紙の一部まで押収され、そこにはとても「男友達」とは言えない甘い言葉が並んでいた。 団長の声が、冷たく響く。


「除籍処分とする。騎士としての名誉はすべて剥奪する。甲冑も剣も返納せよ」


 宣告が下った瞬間、フローレンスの顔から血の気が引いた。ジュリアナも膝から力が抜け、床に手をついた。男装を誇りにしていた彼女にとって、これはただの処分ではなかった。自分という存在そのものを否定されたに等しかった。


 査問の場には、騎士団の多くの者が詰めかけていた。かつての「華やかな二人」を、冷たい視線で見つめる同僚たち。誰一人として同情の声を上げる者はいなかった。


 アンナは正式に、フローレンスの有責による婚約破棄を申し立てた。家同士の話し合いも、証拠の前ではあっさりと決着した。アンナの家名は傷つかず、むしろ「賢明な判断」として評価された。


 フローレンスは子爵家からも疎まれた。父親は「家の恥」と吐き捨てるように言い、地方の寒くて狭い小領地へ事実上の流罪のような形で送り出した。与えられたのは、荒れ果てた小屋と、わずかな土地だけ。騎士としての俸給も、名誉も、すべて失った。


 ジュリアナは、かつて自慢していた男装の甲冑を剥ぎ取られ、平民として細々と生きる道を選ぶしかなくなった。騎士団から追放された女騎士に、誰も手を差し伸べない。彼女は王都を離れ、名も知れない町で、かつての自分を隠すように暮らすことになった。 二人は互いに責任を押しつけ合った。


「お前がもっと慎重に動けば……!」

「私が? お前がアンナをないがしろにしたからだろう!」


 最後には罵り合い、結局は別々の道を歩むことになったという。かつて肩を並べて笑っていた二人は、もう二度と顔を合わせることもなかった。


「ざまぁ、ですね」


 ロザンヌが小さく呟いたとき、アンナは初めて心から笑った。




 騒動が落ち着いた後、ロザンヌが一人の青年を紹介してきた。


「私の従兄弟です。ルカ・ド・クレール。性格は穏やかで、誠実な男です」


 ルカは金髪の優しい青年で、アンナを初めて見た瞬間から、丁寧に頭を下げた。


「ロザンヌから話は聞いています。もしよければ、少しずつお付き合いを…」


 アンナは驚いたが、拒否する理由はなかった。ルカはフローレンスとは違い、アンナの話をきちんと聞き、彼女のペースを尊重してくれた。


 婚約は自然な流れで決まった。家同士の結びつきも悪くなく、アンナ自身も「この人となら、幸せになれそう」と感じられた。


 ルカは、アンナとロザンヌの仲の良さに、時折焼き餅を焼く。

「ロザンヌ、アンナとばかり話しすぎじゃないか…」

「はは、嫉妬か? でも、アンナはお前の婚約者だぞ。安心しろ」


 ロザンヌは笑いながら肩を叩き、アンナは困ったように微笑む。それでも、三人の関係は良好だった。ルカはロザンヌを信頼し、アンナも二人の間に居場所を見つけた。


 アンナはルカとの穏やかな婚約生活を送りながら、時折ロザンヌと茶を飲む。

「あのとき、ロザンヌが『辛かったね』と言ってくれなければ、私は今も我慢し続けていたかもしれません」

「いえ。アンナ自身が、立ち上がったんです」

ロザンヌはそう言って、優しく微笑んだ。

アンナは窓の外を見た。薔薇が満開に咲いている。かつての重たい胸の内は、もうどこにもない。

「これからも、よろしくお願いしますね。女友達として……そして、家族として」

「ええ。ずっと」

春の陽射しが、三人の未来を優しく照らしていた。



 

 半年後。


 フローレンスは、地方の寒村で、かつての栄光を夢に見ながら暮らしていた。


 荒れ果てた小屋の中で、彼はよく夜中に目を覚ました。銀色の鎧を身にまとい、訓練場で喝采を浴びていた自分の姿が、夢の中では鮮やかに蘇る。


 だが目を開けると、そこにあるのは湿った壁と、すすけた天井だけだった。


 周囲の村人たちは、彼を「除籍された男」と陰口を叩いた。誰も彼を騎士とは呼ばない。時折、王都から流れてくる噂話を耳にするたび、胸が締め付けられた。


 アンナが新しい婚約者を迎えたこと、そしてロザンヌと穏やかに暮らしていること――それらは、すべて彼の敗北を突きつけるものだった。 ジュリアナは、別の町で、男装を捨てて平凡な生活を送っていた。


 髪を伸ばし、地味な服を着て、小さな店で働く日々。かつて「男友達」として扱われ、騎士団の中心にいた自分が、いかに空虚だったかを、彼女は毎日のように思い出した。唇を噛み、拳を握りしめても、もう何も戻らない。 ある日、町の居酒屋で、かつての同僚たちの会話が耳に入った。


「あの二人、結局どうなったんだ?」

「除籍されて、お互いを恨みながら別れたらしいぜ。ざまぁみろって話だな」


 ジュリアナは、手にしていた杯を強く握りしめた。誰にも言えず、ただ黙ってその場を離れるしかなかった。 二人は二度と、王都の華やかな世界に戻ることはなかった。


 栄光も、誇りも、互いへの信頼も、すべて失ったまま。 そしてアンナとロザンヌ、そしてルカの三人は、春の陽射しの下で、穏やかに笑い合っていた。




(了)


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― 新着の感想 ―
男友達なものだって、婚約者とのデートに男友達を毎回連れてくる事も問題なのだとフローレンスは思わなかったんですかね。 面白い作品なのですが、頼まれて書かれたのですか? 作品紹介の下段が制作依頼の文章だっ…
フローレンスみたいな男は結婚してからも「ただの部下」とか言って部下の女騎士と浮気しそうだし、変に役職ついたり離婚歴つく前で良かったのでは。
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