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陰キャ、婚約破棄される

作者: 椎名正
掲載日:2026/09/25

 人間は二種類にわけられる。

 王子に婚約破棄された時に、きちんと抗議ができる人間とできない人間にだ。

 私は完全に後者だった。




 「あっ、あっ、ああっ、あっ」

 舞踏会場の真ん中で王子に婚約破棄をされ、みんなの注目が集まる中、私は言葉が出てこない。

 そもそも、何を言っていいのかも思いつかない。

 私はアドリブがきかない。

 陰キャはアドリブが苦手なのだ。


 私は陰キャである。

 舞踏会とは社交の場。陽キャどもが踊り会話を楽しみ交流している中で、会場のすみっこでじっと気配を消して見つからないようにしている。それが私なのだ。

 幼い頃からひとり人形遊びをして本を好んで読んでいた私には、噂話におしゃれにそして恋愛を謳歌する輪に入っていけないのだ。

 私のポンコツさにみかねた私の従者が、私の耳元で言うべき台詞を教えてくれる。

 (このような非常識な行為にたいして私はたいへん憤っています。名門エルファー伯爵家の者として強く抗議をします。王家に納得できる説明を求めます)

 長い!長すぎて覚えられない。

 「もっと、短く」

 私の従者はため息を吐く。

 (では、私の後から続けてください。このような非常識な行為に対して)

 この舞踏会にいる全員の視線が、私に集まっている。

 「こ、こ、この、こ、こ、こ」

 あがり症の私は、言葉が続けられない。

 私の従者はもう一度おおきなため息を吐いて、おてあげのバンザイポーズをする。

 「抗議一つできない主人をどう助けるんですか。私は今日でお暇をいただきます」

 辛辣なことを言う私の従者。

 私は助けを求めて、陰キャ仲間のアイラ伯爵令嬢の方を見る。

 私とアイラ伯爵令嬢は、舞踏会のたびに会場のすみで踊りもせず、オタク話をする仲だった。

 無理無理とアイラ伯爵令嬢は首を横に振る。

 そりゃそうだ。

 「お前のようなキモイ女は婚約破棄だ」

 王子、キモイは言いすぎじゃないですか!

 「いいか、お前は伯爵令嬢なんだぞ。ちゃんと化粧をして、装飾品に金をかけろ。できないなりに、やる努力はみせろ。舞踏会だって自分から積極的に他人に話しかけろ」

 王子は説教モードに入る。

 どうして陰キャは相手を説教マシンにさせてしまうのか。

 第一、なんで私が王子の婚約者なのか。家柄で選ばれるとはいえ、適性を考えるべきだろう。

 あれ?このまま婚約破棄を受けちゃえばいいんじゃないか?

 そうだよ。

 万事解決、ハッピーエンド。

 「それと、おまえは辺境地に追放だ」

 ほげっ!

 なんで、辺境地追放をついでにつけ加えるの?

 婚約破棄から辺境地追放って、話がつながってないじゃん。

 辺境地って、何もない所じゃん。乙女小説買えないじゃん。私の愛読書の『君の心に』の最新刊が買えないじゃん。

 主人公の伯爵令嬢は、幽霊みたいな外見のせいで、周囲から怖がられている。でも、舞踏会で出会った青年だけが、主人公のやさしさを見抜いていて。

 ドキドキのワクワクでしょう。

 私の近くにいた令嬢が、私にだけ聞こえるように嫌味を言う。

 「あーあ。早く終わらないかしら。私、踊りたいのに」

 私に言わないでよ。

 それで、主人公の伯爵令嬢はその青年に惹かれていくんだけど。二巻目で、実は青年の方が主人公に秘めた感情を抱いていて。

 うひょーでしょう。私、もう、部屋の中を本を抱えながら何十週も歩き回っちゃたわよ。

 王子のかたわらに、恋の乙女がいた。

 私の次の婚約者にするらしい。

 鯉の乙女。

 ものすごいくだらないダジャレを思いつく。池の中でおよぐ恋の乙女を想像してから、頭の中で自分につっこむ。

 おいおーい。コイ違いやんけ!

 あっ、『君の心に』の話なんですけど、五巻目に青年の従妹がでてくるエピソード、あれは余計だと思うんですよ。話がぶれている気がするんですよね。

 「黙り込んでいるんじゃない。そんなんだから、俺に婚約破棄されるんだ」

 「まったくです」

 王子に同意する恋の乙女の顔を見て、私は気がつく。

 あっ、この子は。

 「あなた、お名前は?」

 私がちゃんと喋れることに、恋の乙女はひるむ。

 「あなたにそんなこと言う必要はないでしょう」

 私はゆっくりと繰り返す。

 「あなた、お名前は?」

 「恋の乙女」

 「私はあなたの本当の名前を知りたいの」

 「オードリー」

 私はオードリーさんに言った。

 「そんなつらい顔をするなら、王子の婚約者になるのは止めた方がいいわよ」

 私の言葉に、オードリーさんは大声を上げる。

 「何言っているのよ!私は幸せよ!平民の私が、王子の婚約者になる。これ以上の幸せがあるわけないでしょう!」

 「あなたは、今、とても悲しそうな顔をしている」

 「そんなわけない!私は幸せいっぱいの顔しているわ!」

 「私が力になるから」

 オードリーさんの目から涙があふれる。

 「なんでよ。私はあなたにひどいことをしているのに」

 会場から悲鳴が上がる。

 給仕係に扮装していた賊が、王子を捕まえその喉元にナイフの刃を押し当てていた。

 「おまえら全員、ぶち殺してやる」

 その賊に向かって、オードリーさんが叫ぶ。

 「やめるんだべぇ、ウィリアム」

 訛るオードリーさん。

 「おまえら貴族が薬を独占して、病気の妹が治らない。それどころかオードリーまで」

 「私が妹さんの薬を手に入れるから」

 「オードリー」

 「ウィリアム」

 賊と恋の乙女はお互いの名前を呼び合う。

 どうやら恋人同士らしい。

 私は今の状況を確認する。

 賊は恋の乙女の恋人の青年ひとりだけ。その青年が王子の首に、ナイフを押し当てているので、警備の兵たちは下手に手を出せないでいる。青年は病気の妹がいて、その治療薬が手に入らないことが私達貴族のせいだと認識して、この舞踏会に乗り込んできたのだろう。恋の乙女は、青年の妹の治療薬を手に入れるために、王子に近づいたのだろう。

 私は、この場で一番権力を持つ王妃様の前にすすみ、一礼する。

 「この件は私に任せていただけませんか?」

 「よきにはからえ」

 王妃は頷く。

 私は、王子を人質にしている青年の前に立ち、自分の髪飾りを真上に投げる。

 髪飾りは、落下し、床に音をたてて落ちる。

 視線が誘導された青年の一瞬の隙をつき、私はナイフを握る青年の手を、掴む。

 青年の手が固定され、これ以上動かせなくなる。

 これぐらいできなければ、この王国で伯爵令嬢はやっていけない。

 王子の安全を確保し、青年を取り押さえる。

 「よ、よくやったぞ。おまえを俺の婚約者に戻してもいいぞ」

 私は邪魔な王子を押しのけ、青年に聞く。

 「どうして、こんなことをしたんですか?私に理由を話してください」

 「おい!そいつをすぐに処刑しろ。この僕にナイフをつきつけたんだぞ」

 「王子。この人は困っている人です。上に立つ人間として話をきくべきです」

 「そうなのはどうでもいい。そいつを恋の乙女と一緒に処刑しろ」

 私は王子に怒鳴る。

 「困っている人の話を聞けないようなら、王子なんかやめちまえ!」

 顔を真っ赤にした王子が、警備の兵に命令する。

 「僕に暴言を吐いた、その女を捕まえろ」

 私を捕えようとした兵士が、床に転がる。

 私の従者が、私を守るために、王子の兵を蹴り飛ばしていた。

 素早く王子を押さえつける、私の従者。

 「おまえ、王子の僕にこんなことをしてただで済むと思っているのか」

 「私の主人を害する者は、誰であろうと排除します」

 普段もこれくらい忠誠心をみせてくれたら嬉しいんだけどと、私は従者に文句を言いたくなる。

 「この件が解決するまで、王子は牢にでも入れときなさい」

 「はっ」

 王子が、私の従者の手によって牢へと連れていかれる。

 王妃は黙って口を出さない。

 この件は、私に任せてくれるわけだ。

 私は、二人の若者、オードリーとウィリアムに笑いかける。

 「それじゃあ、あなたたちの話を聞かせて」




 事件が解決するまで一年かかった。

 難病の治療薬を金儲けのために違法に独占していた恥知らずの貴族のせいで、ウィリアム青年の妹が治療できなかった。そのため、オードリーさんは恋の乙女となって王子に近づき治療薬を手に入れようとし、ウィリアムさんは貴族連中に復讐しようとして舞踏会に乗り込んできたのだった。

 私は治療薬を違法独占していた貴族を捕まえ、必要な人に治療薬がいき渡るようにした。

 簡単に言ったが、それを実現するにはたくさんの根回しと交渉が必要だった。

 陰キャのもっとも苦手とする分野だ。

 私はがんばった。

 ものすごいがんばった。

 誰かほめてほしい。

 でも、そのかいあって、今朝、二人から手紙が届いた。

 治療薬が手に入ったおかげで、妹さんの容態が良い方向に向かっていると。私に感謝していると。

 「うっひ。エルファー氏。大変でしたな。でも、解決してよかったですぞ」

 陰キャ仲間のアイラ伯爵令嬢が、私にねぎらいの言葉をかけてくれる。

 そんな言葉づかいをする伯爵令嬢なんかいないと思われるかもしれないが、実際にそうなのだ。

 事件が落ち着き、私は日常に戻り、あいかわず舞踏会のすみで気配を消している。

 陽キャどもが踊るのを見ながら、私とアイラ伯爵令嬢は会場のすみに隠れている。

 「ところで、一つだけわからないことがありますぞ」

 「なにかしら?」

 「一年前のあの事件から、王子が姿をみせないけど、王子はどこにいったのですぞ?」

 「あっ」

 舞踏会の全員が動きを止めた。

 どうやら、私達の会話を聞いていたらしい。

 アイラ伯爵令嬢以外のみなの声が重なる。

 「ああっ!」

 牢に入れたまま忘れていた。


   おわり


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