流行り廃りも噛み締めて
「まーた先に逝ってしまったのか」
私のご先祖様はエルフだ。
ずっと昔に異世界から此方に転移してしまったらしい。人間と交わって子孫を残し、今も続いてる血族が私達。ご先祖様と違って、寿命は人間と変わらないけど。
まだ十代を思わせるような小さな身体が金色の髪を風に泳がせ、祖母の墓の前に立っている。
「人間ってのは相変わらず。せっかちだな」
見た目にはそぐわない、大人びた抑揚を漏らし、彼女は花を添える。私はゆっくりと背後から近づいて、声をかけた。
「来てたんですか。ご先祖様」
「おっ、由美ちゃんか。随分と大きくなったなぁ!」
「それおばあちゃんの名前ですよ」
「……もしかして一世代過ぎてる? マジ?」
いつも当てもなく旅に出ては、十数年後にふらりと祖先の元に現れる、気儘な人。
祖母はよく彼女の事を気にかけていたが、生きている間に帰ってくる事はなかった。
「何処をともなくフラフラとしているからですよ」
薄情な話。と思う。でもそもそもが違うのだろう。
「ははっ! 一度しかない人生だ。どうせなら有意義に楽しみたいじゃないか?」
「帰ってくるなんて珍しいですね」
彼女にとって私達は長い人生の暇を潰してくれるもの。きっとそんなのでしかない。
「顔が見たくなったのさ。もう居ないみたいだがね」
祖母の墓の前で彼女は涙ひとつ流さず、いつもの調子で笑っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
勝手に自宅に着いてきて、いつのまにやら食卓に着いているご先祖様。無碍には出来なくて適当な冷凍食品を振る舞った。
「んーっ! 家庭の味はしっかり継承されてるなぁ。鼻も高いし耳も尖ってくると来た!」
「耳は最初から尖ってるでしょう」
長く生きていると色々と適当になるのだろうか。
私が縁側に座ると、食事を終えた彼女も着いてきてタバコをふかし始めた。思わず苦笑いが出る。
「縁側でタバコ吸わないでもらえますか?」
「食後に一服しながらダラダラと雑談するのに、流行り廃りもないだろう」
「……未成年が吸ってるように見えるんです」
「ああ。そりゃ、失敬」
一瞬キョトンとすると、彼女は素直に灰皿に火を押し付ける。片手にはスマホを握っていた。
どうやってタバコやスマホなんて買うお金なんて稼いだのか疑問に思いながら、その手慣れた指捌きに目を移す。
「エルフがスマホなんて使うんですね」
「今の時代、使わない奴なんていないって」
「なんかイメージが崩れます」
「印象なんてそんなもん、コロコロ変わるさ。見てきたからわかる」
エルフらしくない行動をする彼女から出てくる、エルフらしい言葉。きっと幾つもの時代を見てきたのだろうセリフ。
「まあ、それはそうかもですけどね」
「最近はそのスパンも短くなって来てるがな」
彼女はスマホでSNSを開き、大量にある情報を止まる事なくするすると流し読みをしている。
「SNSに動画にゲーム。次々に新しいものが出ては流行って廃れるを繰り返してる」
「あまり好ましくはないですね」
私はその光景を見て、眉を顰めた。
「そうか?」
「大切にされていない気がするので。私はあまり肯定的じゃないです」
「ふむ、そうかなぁ」
彼女からしたら変わらないのだろう。流行り廃りも、人間の寿命も。
「ご先祖様はあまり、気にしてなさそうですね」
「まあね。だって人間の寿命は短いのだもの。色んな物を沢山楽しみたいってのは、良いことだとワタシは思うけどね」
「随分と達観されていますよね、小さいのに」
「これでも千年は生きてるからね。小さいは余計だよ」
軽く毒づく私を、彼女はいつもと変わらずヘラヘラと受け流した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
入ってくるなと言ったのに、自室にまで着いてくるご先祖様。プライバシーも何もあったものじゃない。
「これ少し前に流行ってた漫画だよね! 異世界転生? とか何とかのジャンルだったっけ。もう全巻完結してたのかぁ」
ダンボールにまとめていたコミックを勝手に取り出す姿を見て、私は大きく溜息を吐き、それを取り上げるとまた元の場所に戻す。
「私が学生の頃には終わってますよ。もう」
一緒にまとめられていた漫画を描く為の道具にちらりと目がうつる。まだ分別をしていなかったのを思い出せたのは良かった。
「捨てる前に分別しなきゃ」
「なんだ。捨ててしまうのかい?」
「えぇ。もう必要ないですから」
「ふーん、もったいないなぁ」
彼女の能天気な声に、ダンボールを閉めようと握っていた指に力が籠り、くしゃりと歪む。
「持っていても仕方ないモノなんですよ。憧れても手に入らない……もうそのタイミングは逃してるんですから」
ご先祖様が言っているのは別の事だ。このコミックを捨てるのがもったいない、ただそれだけ。
「持ってても、苦しいだけだから」
「ふむ。何をしようが苦しいままだよ? ソレ」
「貴女に、何がわかるんですか」
わかった様な言葉をと、頭に熱が集まり、睨んでしまう。
「はっはっは! ワタシも捨てようとしたけど、結局捨てられてなかったからね。それも千年も!」
それでも彼女はいつもどおりの口調。
「……流行り廃り、人間の寿命。どっちもワタシには変わらないさ」
ゆっくりと閉めようとしたダンボールの蓋を開けてくる。
「どちらも、短い時間の中で精一杯に輝いてる」
目の前には、私を見ながら、それでいて同時にどこか遠くを見据えてるような不思議な瞳。
「記憶も朧げになってよく思い出せない。なんて物もよくあるんだけど、それでも本当に"好き"だったらね」
彼女はペンとコミックを取り出すと、いつものように笑いかけてくる。
「こびりついちゃう物なんだよ。心に」
「……でも、それに拘っても報われない。陽の目を浴びることもない事だって」
それを奪い返して仕舞おうと思った私に。
「昔流行ったものがまた流行り出す事なんて、人間社会じゃよくある事だろ?」
彼女は抵抗するどころか、それを差し出してくる。
「それでも報われなかったら」
「その時は残念だけど、どうしようもない。それでも"好き"を忘れようとするなんて、しない方が良いとは思うよ」
「何故?」
顎に手を添えて、ううむとわざとらしく唸った後。
「笑って長生きする為の秘訣さ」
彼女はまた笑いながら、そう言った。
「……いい事言ってるつもりでしょうけど、それって結局、自分が寂しいから長生きして欲しいってことですよね」
「まあね。ばれちゃった?」
ペンを奪い返すのも忘れて、不覚にも少し笑ってしまった。
それを見るとご先祖様は私の膝の上に飛び乗ってくる。
「ねえ、この漫画読んでも良いかな? 続き気になってたんだよね」
ペンを私に握らせると、彼女は返事を聞く前に勝手気儘にページをめくり始める。
「終わったら感想会でもしますか?」
「それ良いね! 時間が余ってしょうがないんだ。やろうやろう!」
「……ありがとう。ご先祖様」
私は小さく呟く。
コミックに夢中になって気づいていないだろう、反応は無い。
ただ彼女の尖った耳が、ピクリと小さく揺れていた。
その翌日に彼女はまたふらりと旅に出る。
また来るよ。と言った彼女の姿を、私が見る事はもうなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
墓の前に少女が立っている。
「あれ? もういつ頃だったっけ。そんなに経ってるって実感も無いって言うのが、我ながら怖いなぁ……」
金髪で小柄なエルフ耳。ファンタジーの世界から切り出されたような彼女の手には、一冊のコミック。
「せっかくコミックを持ってきたって言うのにな。サインを貰いそびれてしまったよ」
それをゆっくり墓に添えると。
「まーた、先に逝っちゃったか」
彼女は軽めの声色で、そう呟く。
「楽しかったかい?」
墓に刻まれた名前をじっと見つめ彼女は微笑み。
「あー! ご先祖様、来てるなんて珍しい!」
「おや、友香ちゃんじゃないか。大きなったなあ!」
「いや、それおばあちゃんの名前だからっ!」
何度も繰り返してきたやりとりを、また新しい子孫と投げ合う。
「おや、悪い悪い。長く生きてるからさ」
近くを見ながら。
「……思い出せなくても、こびりついちゃっててね」
何処か、遠くを見て。




