番外編 世話人と使用人の夏
夏の光が屋敷の窓から差し込み、書斎の机や床を淡く照らす。
イルはエルから贈られた薄手の麻の夏服に袖を通し、その不思議な着心地を確かめていた。
イルが動くたびに、その布地は軽やかに揺れる。
「最近、ロアさんたちも薄手の服でしょ?イルも、似たようなものがいいのかなと思って……」
「坊っちゃん……!イルは、嬉しくて涙があふれそうです!」
「ちょっと、泣かないでよ」
「ありがとうございます。イル、一生大切に着ていきます!」
普段の厚手の服とは違い、腕や首筋がほんの少し見えることで、イルは恥ずかしさを覚えながらもその涼しさにわずかに胸を躍らせていた。
そして、仕事へととりかかる。
ロアはそのようなイルの姿を見つめながら、書類の整理を行っていた。
「夏服ですか?よく、似合っていますよ」
「はい!坊っちゃんが、ロアさんと同じようにと仕立ててくださったんです!動きやすくて、涼しくて、快適ですねえ」
そのようなイルの微笑みに、ロアの胸の奥が熱くなる。
その笑みだけで、日々の疲れが溶けていくようでもあったのだ。
昼下がり、ロアはイルを散歩に誘っていた。
柔らかな日差しを浴びながら、二人は屋敷の庭をゆっくりと歩く。
そこには色とりどりの花々が並び、イルはその色を楽しみながら腕を振って歩いていた。いつもの厚着の癖のせいか、動作が大きくなってしまうのだ。
ロアはその様子を微笑ましく見守りながらも、これまで分厚い生地に隠されてきた腕や足を目にしてしまい。変に意識をしてしまう。
二人は未だ、清い付き合いを続けていたのだ。
「夜、坊っちゃんたちに何かあってはいけませんからね?私たちは、すぐに動けるようにしておきませんと……」
それが、最たる理由であったのだ。
ならば昼、とは思いつつも、互いに仕事が忙しくそのような時間はとれるはずもなかった。
しかしある時、ついに我慢の限界がきてしまったロアが小屋の中でイルの身をがしりと抱きしめたものの、イルにはっきりと断られてしまったのだ。
「ロアさん、やめてください!」
それ以来、イルはロアを避けるようになってしまうのだが、仲直りをする頃には季節は巡り夏となって
いたのであった。
***
その日も、いつもの小屋に辿りつき、二人は肩を並べて座っていた。
夏場の小屋には物が多く溢れており、いささか狭い空間ではあったが、それでも二人は変わらず秘めやかな逢瀬を繰り返していた。
「これよりさらに暑くなるだなんて、信じられませんねえ」
「今のうちから、暑さに慣れておくといいですよ」
しかしその腕を並べるだけで、布越しのぬくもりを互いに意識してしまう。
「……少しだけ、触れてもいいですか?」
「……いいですよ」
軽く手が触れ合うだけで、二人の胸は早鐘を打つ。
ロアはそっと、イルの肩に手を置いた。
「暑い日は続きますが、イルがそばにいれば……。夏というものは、心地よい季節へと変わりますね」
イルは小さく笑い、静かに肩をすり寄せた。
布越しでも伝わるその温もりに、二人の心はゆっくりと近づいていくようでもあったのだ。
「そうですね。この暑さも、嫌いではありませんよ?」
そのようなイルの声に、ロアはかすかに笑みを浮かべた。
「私のことも……?」
「……もちろんですよ」
意地の悪い笑みを浮かべるロアに対して、イルは静かに顔を近づける。
それは触れるだけの口づけであったが、ロアには何よりも熱く感じられたのであった。
END




