永久の幸せ(完)
ある夜、二人は広間の暖炉の前で毛布を広げ、座って熱い茶を飲んでいた。
エルはふうと小さく息を吐き、ヴァルを見上げて笑みを浮かべる。
湯気の立つカップを両手で包むその姿は、ヴァルの目にはまるで小動物であるかのように見えていた。
ヴァルはその手を静かに取り、指先の温もりを確かめる。
「まったく……。どこまでも愛らしいのだな、君は」
「ヴァル様……」
照れたようにエルは目を伏せ、ヴァルの指に自らの指を絡ませた。
「僕、毎日がすごく幸せです。幸せすぎて、どうにかなりそうで……」
そのような言葉に、ヴァルもまた目を細めて頷いた。
「私のほうこそ、幸せだ」
エルはヴァルの身に寄りかかり、暖炉の中で揺らめく炎を静かに見つめた。
その心の内を表すかのように、炎はいつまでも優しくあたたかく燃え続けていた。
***
ある日、エルは世話人のイルが足早にどこかへ向かう姿を目にしていた。
「……イル?」
近頃のエルは、ヴァルの部屋に長い時間滞在することが増えており、その時には決まって使用人や世話人は気を利かせて部屋を去ることが多かった。
今日のヴァルは疲れているのかうとうとと昼寝をしてしまい、イルはひとり、ヴァルの部屋にある本を読み時折窓の外を眺めては、幸せなひとときを噛みしめていた。
ふと窓の外を見たときに、見慣れた服装が庭を横切っていく姿を目にした。
イルが向かった先は、一体どこに続いているのだろうか。
エルはヴァルが起きてからそのことを尋ねようと、再び手元の本に視線を戻した。
本の内容は、異国から嫁いだ花嫁が王子と幸せに暮らす物語であった。
「僕と、ヴァル様みたい……」
エルは頬を緩ませながら、物語の王子にヴァルの姿を重ねていた。
しばらくして、ヴァルが目を覚ましたころ。
エルは本を片手に、静かな寝息をたてていた。
「……エル、何を読んでいたんだ?」
ヴァルは本を静かに抜き取り、代わりに毛布をかけてやる。
文字を目で追っていくうちに、ヴァルもまた物語の花嫁にエルの姿を重ねては密かに微笑むのであった。
陽の光が沈みゆくころ、エルは静かに目を開いた。
「あれっ……、僕、寝ちゃってました?」
目を擦り辺りを見回すと、目の前にやってきたヴァルの顔が近づいた。
「お目覚めか?姫君」
小さく音をたてて、ヴァルはエルの頬に唇を寄せた。
それはまるで先ほどまで読んでいた物語の世界のような出来事であり、エルは目を見開いてこう口にした。
「王子様?」
ヴァルはその言葉に静かに笑みを浮かべ、いま一度反対側の頬に唇を押しあてた。
「王子様、か……。それも悪くはない」
耳元で甘く囁くその低い声に、エルはこれは夢ではないことに気付く。
「……えっ、ヴァル様?あの、その……」
そしてエルの目は、ヴァルが手にする本へと止まる。
「ヴァル様も、その本を?」
驚きに目を上げると、ヴァルは穏やかな顔をして頷いた。
「ああ、柄にもなく読んでしまった。本の中の姫君よりも、君のほうが美しい」
そのような言葉とともに、今度は額に口づけが降ってくる。
エルはにこやかな笑みを浮かべて、自らの唇を指さした。
「ヴァル様のほうが、王子様なんかよりもうんと素敵ですよ?」
ヴァルもまた、わずかながら頬を緩ませて深い深い口づけをした。
部屋の外では、使用人のロアと世話人のイルがどうしたものかと互いに苦い笑みを浮かべていた。
「もうすぐ晩餐の時間になってしまうのですが、これは……。どうお声をかけたらいいのでしょうか?」
と、イル。
「そうですね……。この際、隙を見て強く扉を叩いてみましょうか」
と、ロアが呟く。
部屋の中の二人は扉が強く音をたてるその時まで、互いに口づけを交わしていた。
外では変わらず雪が降り積もり、世界は白く染まっていた。
しかしその中央で、祝福の証が今日も赤くその花を咲かせていた。
室内では、二人だけの温かい時間があったのだ。
厚着の愛らしさ、互いを思いやる心、そっと重なるその手。
そのすべてが、この屋敷をあたたかな世界へと変えていた。
雪の夜は、まだまだ長い。
しかしヴァルとエルにとっては、この時間こそが、愛に満ちた祝福の証でもあったのだ。
二人はいつまでも、幸せに暮らしたという。
END
この後は番外編が続きます




