祝福の証
その後、ヴァルとエルは仲睦まじく暮らしていた。
エルは変わらず着膨れていたものの、しきたりであるが故にヴァルは咎めることもなく好きなようにさせていた。
屋敷の使用人も一様に、もこもこと歩くエルの姿を見かけてはあたたかな目を向けていた。
「エル様はまるで、雪の精のようですね」
側に控えるヴァル付きの使用人、ロアが主人に向けて声をかけた。
ヴァルは書類から目を離し、窓の外に目をやる。
そこではエルが世話人のイルとともに、何やら雪の像を作っていた。
この寒い中であるというのに、驚くべきことにエルは笑みを浮かべたまま素手で雪に触れていた。イルもまた、同じくその手を赤くさせながらエルに雪の塊を渡していた。
「あちらの国の方々は皆、寒さに強いようですね」
「そのようだな」
口ではそのように返事をしながらも、ヴァルの頭の中は”雪の精”という言葉で占めていた。
――人々に幸せをもたらす、雪の精。
頭の中で、羽を生やしたエルが微笑みながら軽やかに回っていた。
彼の目に、エルはもはやそのようにしか見えなくなっていたのであった。
「ヴァル様、手が止まっていらっしゃいますよ?」
「ああ、すまない……」
ロアもまた、近頃は念入りに髭を剃り身嗜みを気にかけるようになった主人の変化に、穏やかな表情を浮かべていた。
ヴァルの目つきもその鋭さを潜めるようになり、眉間の皺も以前よりも深くはなくなっていた。常に張り詰めていたその身に纏う空気も、エルの輿入れにより次第に穏やかなものへと変わっていった。
「……本当に、よかったですね」
ロアはしみじみと呟いた。
「ロア、手伝え。これではエルとの時間に間に合わん」
「はい、ただいま」
***
雪は今日も、静かに降り積もっていた。
ヴァルの屋敷は暖炉の火のおかげで一日中温かく、外の冷たさを忘れさせるほどであった。
「よし、できた!」
「坊っちゃん、素晴らしい出来栄えですね!」
エルは連日、雪の像を造っていた。
何度も雪を運んでは押し固め、イルの補佐によってそれは次第に大輪の花が咲き誇るような形へと変貌をとげていた。
最後の仕上げにと、赤い木の実を潰して水で溶いた染料を花弁の溝へと流していく。
ヴァルの屋敷の庭の中央に、赤く花開いた雪の像は鎮座する。
「これまた、華やかな仕上がりだな……」
エルの後方から、ヴァルが雪を踏みしめて歩いてくる。
「ヴァル様、これは僕の国では祝福の証とも言われているのですよ」
エルは誇らしげに、ヴァルに向けて微笑んだ。
「祝福の証、か」
「はい。この先もずっと、ヴァル様に幸せがありますようにと……心を込めてつくりました!」
エルのその言葉に、ヴァルの胸が熱くなる。
健気で美しい心を持ったエルを妻に迎えることができ、自身はなんと幸せ者であるのだろうかと。
「エル、ありがとう。私も、ささやかながら君に祝福を贈ろう」
そうヴァルはエルの手を取り、口づけを落とした。
エルは頬を赤く染めながら、ヴァルの手を両手で包み込む。
「ありがとうございます」
「こんなに冷たい手をして……。よく、頑張ってくれたな」
「いえ。僕は、雪には慣れていますので」
「いや、これ以上冷やしてしまってはいけないな。エル、部屋に戻って温まろう」
そう強くヴァルに抱き留められてしまい、エルは頷くことしかできなかった。
イルは背後で、一足先にとエルの部屋に向かって静かに駆け出した。
慌てて湯浴みの支度をはじめ、寝台の上を皺ひとつないよう丁寧に整えた。




