初夜
晩餐の時間になり、エルはダイニングルームへと案内されていた。
「旦那様が、お待ちでいらっしゃいます」
使用人が、微笑みながらエルを促した。
「部屋は気に入ったか?」
エルが向かいの席に着くと、ヴァルは尋ねた。
「はい。とても素敵で、僕にはもったいないほどです!本当に、ありがとうございます」
エルは笑みを深めて、ヴァルを見上げた。
「それはよかった」
ヴァルもまた、静かに頷いた。
「さあ、君の口に合うかどうかはわからないが……。召し上がってくれ」
その声で、次々と料理が運ばれる。
食欲をそそる料理の香りに包まれて、エルは少し緊張を解いた。
「わあ、おいしそう」
見たこともない異国の料理の数々に戸惑うものの、ヴァルは食材の一つ一つを説明し優雅に口に運んだ。
「好きなように、食べるといい」
「はい!」
時折その大きな手が、空になったエルのグラスへワインを注ぐ。
「この地の料理は、口に合いそうか?」
グラスにそっと口をつけて、エルはにっこりと微笑んだ。
「はい、とっても美味しいです。香りが豊かで……。僕の国では、塩ばかりでしたから」
その言葉に、使用人たちも笑みを浮かべる。
エルは、どのようなな場でも人を和ませる力を持っていた。
ヴァルは無言で彼を見つめ、やがてゆっくりと頷いた。
「君がこの地に来てくれたことを、とても嬉しく思う」
その言葉にエルは驚いたように目を見開き、照れくさそうに笑っていた。
出された料理すべてにエルは口をつけ、美味しいと何度もその感想を口にした。
ヴァルもまた、口元を緩ませながらその様子を見守っていた。
***
食事を終えた後、エルはイルに念入りに身体を洗われていた。
「イル、もういいんじゃない?」
「なんてったって、記念すべき初夜ですからね。うんと綺麗にしてさしあげましょう。……あの小さかった坊っちゃんが、今や領主様の奥方様とは……」
思わずイルは、感極まってしまう。
エルは微笑みながら、イルの手を取った。
「ちょっと、泣かないでよ」
「エル坊っちゃん、あの過酷な環境のなかで……。これまで、よく頑張りましたね」
イルはエルが幼いころより、年の離れた兄のようにエルの成長を間近で見守っていた。
理不尽な婚姻が決まった時は気が気でなかったものの、これまでのヴァルとのやりとりを目の当たりにして、エルの未来は明るいことを確信していた。
「これまで育ててくれて、本当にありがとう。イル、これからもよろしく頼むよ」
「もちろんですとも」
泡を洗い流し、イルは念入りにエルの肌に香油を塗った。
故郷の懐かしい華やかな花の香りが、エルの鼻をふわりとくすぐる。
「いいですか?嫌なことをされたら、すぐに相手に伝えるのですよ。何事も初めが肝心ですからね?」
「うん、わかったよ」
エルはイルの心配をよそに、これから起こりうるであろう初めての経験に密かに心を躍らせていた。
あの逞しい腕に、いよいよこの身は抱かれてしまうのだ。
しかしそれと同時に、エルは自身が男の花嫁であるということを思い出す。
「そういえばこの国って……。もちろん、女性もいるんだよね?」
「ええ、そうですよ。使用人にも、何名かいらっしゃいましたね」
「旦那様は僕みたいな男でも……、愛してくれるかな?」
主人のそのような呟きに、イルは軽くエルの肩を叩いて笑う。
「何を言っているんですか?旦那様は坊っちゃんが男であることを知ってもなお、婚姻を了承されたのですよ?大丈夫、全て旦那様にお任せすればいいのです」
「……そっか、そうだよね」
「晩餐の際も、旦那様は坊っちゃんのことを気遣ってくださったじゃありませんか。その点は、旦那様を信じてもいいと思いますよ」
「そうだね」
エルは再び笑みを浮かべて、香油の香りに心を落ち着かせていた。
いよいよ、エルはヴァルの寝室へと足を運び静かに扉を開ける。
***
エルが寝室に来るまでの間、ヴァルは落ち着かない様子で手にした本を何度も読み返していた。
はるか昔に女性経験はあったものの、男性同士の経験はなかったのだ。その体格差から、エルは果たしてヴァルの身を受け入れることができるのかと気がかりであった。
そしてどうにか、エルが痛い思いをすることがないようにと何度も文字を指でなぞる。そして、頭の中であることを思い描く。
エルの分厚いあの衣服の下は、一体どうなっているのかと。
あの小さな顔と、袖からわずかに覗く白く細い腕しかヴァルは目にすることができないでいた。
まさか寝るときまであの服ではあるまい、とヴァルは笑うものの部屋に入ってきたエルの姿を目に入れて唖然とした。
「ヴァル様、よろしいでしょうか?」
「……ああ、こちらへ」
エルは、初夜の場においても着膨れていたのだ。
その装いや色合いは昼間とはうって変わって落ち着いた色味ではあったものの、薄灰色の羽織の裾を揺らしながら、こちらへ静かに近づいてくる。
エルは厚着のまま、のそりと寝台によじ登る。
「……熱くはないのか?」
心配するヴァルをよそに、エルは控えめに微笑んだ。
「大丈夫ですよ。僕の国では、寝るときは何も身に着けず素肌になるのです」
その身にまとう服をどさりと脱ぎ落とし、エルは静かにヴァルの手を取った。
そして、白く滑らかな胸元へとその手を押しあてる。
「ヴァル様。……僕のことを、愛してくださいますか?」
「もちろんだとも。これからも、永久にエルを愛すると誓おう」
力強くその身を抱き寄せて、ヴァルはエルの唇に自らの唇を押しあてた。
かくして、エルの初めての夜は、静かに更けていくのであった。




