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a hollow in the world  作者: tei
2/6

ライブハウス、どこにする?(2-戦略会議、ファミレスにて)

 夜、と言うにはまだ早いくらいの午後七時。最寄りのファミレスには既に他のメンバーが待っていた。スーツ姿の美形の男とまだ幼さの残る学生風の青年が、晴歌と暁時に手を振った。

「こっちっす」

 学生風の青年……大寿堂(だいじゅどう)ユイが、フォークを置いて待ちかねたように声を上げる。

「悪い悪い。ハルがなかなか動き出さなくてさ」

 シートの奥の方に長身をねじ込みながら、暁時が弁解する。その隣に腰掛けながら、晴歌も頭を下げた。

「ごめんな。ナオさんも、仕事終わりにすみません」

 スーツ姿の美形、()碧波(あおは)は黙って頷く。遅れてきた二人がスマートフォンで注文するのを待ってから、ユイが尋ねた。

「ライブハウスってどこでもいいわけじゃないんすか」

「ないのさ」

 晴歌は持参したMacBookを開き、先ほどまで見ていた画面を全員に見えるよう置いた。ユイが表示されているタイトルを読み上げた。

「ライブハウス選びの決め手……っすか」

「ああ。もちろん音がいいってのが一番ではあるが、それは実際に出向いてみないとなかなかわからない。だからそれ以前の部分で、絞り込めるだけ絞り込もうと思って」

 四人は画面を注視した。晴歌が参考にしたらしい元バンドマンや現役プロデューサーのブログが分割画面で表示されている。

「要は、来てくれるお客さんに最大限楽しんでもらうことと、俺らが最大限楽しんで演奏することを重視すべきってことなんだ」

 晴歌の言葉に、全員が大きく頷いた。

「そうなると重要なのはキャパ……というか雰囲気っすかね。綺麗なとこの方が、女の子も安心できますしね」

「その通り。その観点でまず絞った結果がこの十件。その中から繁華街やビジネス街から近い好立地のもので絞って五件」

 晴歌は、五件のライブハウスのホームページを並べた。

「写真だけじゃどれも同じに見えるな」

 暁時が言う。画面に映っているのは建物の外観とステージ周り、客席の全体写真だが、ライブと飲食という目的が共通しているため、どれもさしたる特色を見出すことができない。

「そういう訳で、もう一つのポイント……俺らが楽しく演奏できるかどうかってことを決め手にするしかない」

 晴歌がそう言ったタイミングで、二人が注文していた料理が運ばれてきた。配膳ロボットがテーブルに近づいてくる音声が聞こえてくると、碧波がソワソワし始めた。

「ナオさん」

 ユイが、彼のスーツの袖をちょっと引っ張る。

「またあの猫に話しかけて引き留めたりしないでくださいよ」

「わかってる、大丈夫、大丈夫」

 碧波はそう言うが、猫型の配膳ロボットを見る目に必要以上の力が入っている。三人が彼の動向に不安そうな目を向ける中、ロボットは無事に業務を終え、テーブルから離れていった。

 暁時がハンバーグを食べ始め、晴歌は再び説明を始めた。

「スタッフの愛想がいいかとかってのも決め手になるらしいんだが、これも音と一緒で行ってみないとわからない。そうなるとあとは、チケットノルマだ」

「それなんすけど」と、ユイが手を挙げた。

「俺、大学のサークルでしか演奏したことなくて、ライブハウスのその……仕組み? とか、よくわからないんです」

 ユイに乗じて、碧波も「おれもよくわかってない」と声を上げた。「すまんリーダー、俺も同じく」と暁時。

 晴歌は呆れた顔もせず、当然のように説明を続ける。

「俺だって今回調べないとわからなかったよ。ここにいる全員、初めてのことなんだから当然だ。ライブハウスでライブする場合、チケットノルマがある場合とない場合とがあるらしい。ノルマがある場合、バンドがその分の集客をしなくちゃいけない。もしノルマ人数分以上の集客を達成したら、何パーセントかがバンドに還元される。還元率はライブハウスによって違う」

 晴歌はそこで言葉を切り、メンバーの顔を見回した。碧波と暁時は「わかった」と頷いたが、ユイは晴歌の話を吟味するように瞑目している。目を閉じたままで「ええっと」と言った。

「ノルマ分の集客ができなかったら、俺らが赤字になるってことっすか」

「その通り」

 赤字、という言葉に眉を顰めたのは暁時だった。彼はこの新生バンド「a hollow in the world」の経理を一手に引き受けている。

「赤字は勘弁だな。こないだ依頼したMVの追加経費がかかるかもしれないし、ライブハウスに行くのだって、練習のためのスタジオ借りるのだって金がかかるんだから」

「活動の初めに多少の赤字が出たとして、それはもう仕方ないと割り切るしかない。どうせ俺たちは後で売れるんだ。そもそも赤字を出さないように集客すればいいだけだしな」

 晴歌の言葉にも、暁時は渋い顔を崩さない。

「あ、でもノルマなしってのもあるんすよね?」

 ユイが言い、暁時は「それだ」と身を乗り出す。しかし、晴歌は首を振った。

「ノルマなしは俺たちの収入もなしってことだ。俺たちの演奏には価値がある。だろ?」

「確かに! 俺はともかく、ナオさんのベースにアキさんのギター、リーダーのかっこいい歌詞とボーカルには、お金を取るだけの価値がありますね。納得しました」

 ユイの同意に、晴歌は「ダイのドラムだってそうだぜ」と言い添えた。碧波は晴歌の言葉に感動したのか、目元を拭っている。

「まあ何かと金は入り用だからな」

 晴歌の文脈とは別の角度だが、暁時もようやく納得したように引き下がった。

「そういうことだ。だからチケットノルマの還元率が高い所で絞ると……」

 画面に表示されていた五件から、三件が消えた。

「この二択だ」

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