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後編

「ずる賢いですよね。出欠席を記入して返送する紙の方にドレスコードについて記載して、参加者が持参する方にはドレスコードの記載がない。これではリリアーナがいくら弁明しても証拠がないと突き返されてしまう。まだ捨てられていなくて良かったですよ」


チェザーロは取り出した手紙を広げ、フェデリコ達に見えるように掲げた。

それはリリアーナ宛の晩餐会の出欠席の返送手紙で、そこには確かにドレスコードは”赤”と明記されていた。

会場で気まずい空気が流れる中、声を上げたのはここまで黙っていたヴァネッサだった。


「先ほどから黙って聞いていれば何なのです?!そんな紙切れ、捏造しようと思えばいくらでも捏造できるではないですか!大体、今日の晩餐会にあなたは招待されていないはずです!招待もされていないのにずかずかと入ってきて場を荒らして、一体何様ですか!」


ヴァネッサがはぁはぁと呼吸を乱してチェザーロに噛みつくと、チェザーロの横からひょこっと手が上がった。


「捏造うんぬんは置いといて、招待されていないって所に関して彼は私の連れだから問題ないはずだよ」

「はぁ?!・・・って、え?アレックス・ミラーレア様・・・?」

「・・・君が目立ちすぎるから、私気づかれてなかったみたいだぞ」

「良かったな、念願叶って」


チェザーロの適当な返しに「あぁ」と笑って返すアレックスをヴァネッサはあんぐりと開いた口を扇子で隠すことも忘れて見つめた。

そして、ヴァネッサの口にした名前に会場の中が騒めき出す。

するとチェザーロはアレックスに「お前のせいで五月蠅くなったぞ」とでも言いたげな眼差しを投げかける。

それに気が付いたアレックスは困った顔をしながら会場中に話しかけるように声を上げた。


「元々ここにいたんだが・・・突然登場してしまってすまない。ミラーレア公爵家次男のアレックスだ。元々、デラギャン侯爵からこの晩餐会の招待状はいただいていたんだが気乗りしなくてね。欠席する予定だったんだが、友人のチェザーロに頼み込まれて急遽参加することにしたんだ。まさかこんな面白いことになっているなんて思わなかったが」

「どこが面白いんだ」

「私にまで噛みつかないでくれよ」


友人の腕の中で眠っているリリアーナを見つめ、面白くなさそうな顔をするチェザーロを困った奴だとアレックスは笑った。

目の前に広がる状況がまだ理解できないヴァネッサとフェデリコにチェザーロが話を続けた。


「今日はもともとアレックスに頼まれていた仕事の件でミラーレア公爵家に訪問していたんです。そしてリリーのことを話してこのアレックス宛に届いた手紙を見せてもらいました」


チェザーロは掲げていた手紙をズボンのポケットに仕舞うと、胸元からもう一通手紙を取り出した。


「驚きましたよ。リリーから聞いていたドレスコードは”赤”なのにアレックスの手元にある手紙には”青”と書いてありました。そこで嫌な予感がした私は、その場でアレックスに頼み込んでここまで来たというわけです。そもそも可笑しな話ですよね、デビュタントの令嬢にパートナーなしで参加させるなんて。私ももっと警戒すべきでした」

「仕事の話が終わっていないから、また後日うちに来てね」

「分かっている」


チェザーロとアレックスがじゃれ合うように会話をしている中、会場の空気はどんどん重く冷たいものになっていった。

そんな空気をさらに重くするように、アレックスがヴァネッサとフェデリコに視線を向けた。


「デラギャン侯爵家とボロファッチ侯爵家って、最近共同で商会を立ち上げたよね?」


アレックスの言葉に、ヴァネッサとフェデリコはビクッと肩を振るわせ咄嗟に俯いた。

そんな二人の様子を気にする様子もなくアレックスは先ほどチェザーロとじゃれついていた時と同じテンションで話し続ける。


「単独で立ち上げるほど資金面で余裕なかったから、共同で立ち上げたんでしょ?確かそれでも足りずにうちに借金していたよね。デラボロ商会って名前聞いた時は笑っちゃったけど、結構上手くいってたらしいね。ただ、最近は欲を出しすぎて空回りしてる」


チェザーロに言われたのであれば噛みつくこともできたが。

しかし今、この会場で一番爵位の高いアレックスに対してヴァネッサ達は反論することができず、ただただ俯いていることしかできない。


「なんでミラーレア様に招待状なんて送ったのよっ!」

「仕方がないだろっ!商会立ち上げの時に資金援助してもらってるんだからっ!建前でも送らないわけにはいかなかったんだ!」


お互いの肘を小突い合いながら小声で言い合いを始めたヴァネッサ達をアレックスは面白そうに眺めた。


(相変わらず趣味が悪い・・・)


そんなアレックスを横目で見ながらチェザーロが毒づくと、アレックスがそれを察知したようにチェザーロの方に顔を向けた。

そして、先ほどと変わらぬ笑顔で「続きをどうぞ?」と促す。

チェザーロはその笑顔に若干イラッとしつつ、アレックスからバトンを受け取った。


「最初は上手くいっていた商会が伸び悩んだ時に目を付けたのがトラスブルグ商会、つまりうちだったというわけですね。君らはそれぞれが私とリリーに縁談を申込み、上手く取り入って自分達の商会にうちを取り込もうとしていた・・・」


手に持っていた手紙を今度はそのまま床に捨て、チェザーロは呆れたようにことの顛末を話し出した。


「が、結局それは上手くいきませんでした。私に馬鹿にされたボロファッチ侯爵令嬢は怒り、その腹いせの相手として妹のリリーに目を付けたわけです。そして、最初の顔合わせでリリーに好印象を持たれていないことを察していたデラギャン侯爵令息もこの話に乗っかり、今回の晩餐会を思いついた・・・といったところでしょうか」


一通り話し終えたチェザーロがヴァネッサ達に目を向けると、二人は未だに下を向いてプルプルと震えていた。

どうやら、チェザーロの話した内容に大きな修正箇所はないらしい。

二人の様子を見たチェザーロは大きなため息をついた。


「私への腹いせにリリーを選んだのは、ある意味正解です。正直、私自身は君らに何されても痛くも痒くもないので。ただ・・・」


チェザーロの声から感情が抜け、冷たい空気が場を支配した。


「リリーは私の天使です。リリーが健やかに育ってくれるのであれば、私はどんなものでも捧げると決めています。そんなリリーに君らはひどい仕打ちを与えた・・・どうなっても、文句はありませんね?」


ヴァネッサ達は顔を上げることもできずにその場で固まっている。

チェザーロは二人から視線を外し、会場を見渡した。


「この二人だけではありません。この会場にいる皆さんは全員共犯ですよ」


チェザーロの一声に会場にいた参加者達はざわつき、声を上げた。


「なっなんで我々まで同罪扱いなんだっ!」

「そうよっ!私たちはなにもしていないじゃない!」


同じような言葉が会場を飛び交う中、チェザーロはゆっくりと口を開いた。


「そう。何もしていないんですよ。リリーが会場に入った時、あなた達は遠巻きに眺めてリリーを話のネタにした。デラギャン侯爵令息達に責め立てられている時も、誰一人、リリーの隣に立つ者はいなかった」

「どっどうしてそれを・・・」


会場の誰かがそう返した瞬間、チェザーロの仮面が声のした方へギラっと動いた。


「やはり・・・そうだったですね?当てずっぽうで鎌をかけただけだったのですが・・・まぁ入ってきた状況を見れば一目瞭然でしたね」


チェザーロの言葉に会場の誰もが奥歯をぐっと噛み締め沈黙した。

そんな中、アレックスが再び口を挟む。


「今回の騒動について、ミラーレア公爵家としても懇意にしているトラスブルグ侯爵家のご令嬢が傷つけられ、私自身、この会場で不快なものを見せられた。このことはミラーレア公爵に報告させてもらう」

「トラスブルグ侯爵家としては、デラギャン侯爵家とボロファッチ侯爵家、ならび今回の騒動に加担した各家には正式に抗議させ頂きます」


しんと静まりかえった会場で参加者達はただただ自分たちの行いを後悔することしかできなかった。

会場を見渡した後、チェザーロはステッキをつきながらフェデリコ達に近づく。

そして二人にしか聞こえない小さな声で告げる。


「君らの両親がこの騒動を知っているのかは知らないが、デラボロ商会は私が潰す。君らの愚かな行動によって両家が懸命に築き上げてきたもの全てが崩れ去る様を眺めているといい」


そう言い残したチェザーロはくるりと後ろを向いてリリアーナとアレックスの方へと戻っていった。

ヴァネッサとフェデリコは着ている衣装と同じくらい青い顔をしてその場に崩れ落ちた。

隣で泣き始めたヴァネッサを横目に、フェデリコは何故こんなことになったのか己の記憶を探った。


トラスブルグ侯爵家に取り入るというのは、元々両家当主の総意だった。

デラボロ商会が軌道に乗り切れないことをトラスブルグ商会のせいと決めつけ、丁度同じ年頃のヴァネッサとフェデリコにトラスブルグ侯爵家の兄妹と婚約を結ぶよう話が下りてきた。

フェデリコは昔からヴァネッサが好きだったので、最初はこの話に乗り気ではなかった。

しかし、チェザーロとの縁談が上手くいなかった経緯を聞いたフェデリコは憤り、そしてヴァネッサに今回の計画を持ち掛けた。

招待状の小細工も招待客への根回しも、全てはヴァネッサを侮辱したチェザーロへのただの腹いせだった。

大事な妹のデビュタントを台無しにして、それで全て終わるはずだった。

ヴァネッサも仇を討った自分に惚れてくれるとフェデリコは信じて疑っていなかった。


その結果が、これだ。

怒らせてはいけない人物の逆鱗に触れてしまったとこに今更気が付いたフェデリコは、離れていくチェザーロの後ろ姿をただただ見つめることしかできなかった。


「リリーの様子は?」

「まだ目を覚まさない。久しぶりにあんなに魔力を放出させたんだ。精神的にもきているだろうし・・・家に着く頃に目を覚ますんじゃないかな?」


心配そうな顔をするチェザーロを横目に、アレックスはリリアーナの膝裏に手を入れ、横抱きする形でリリアーナを抱えて立ち上がった。


「ほら、いつまでもこんな所にいても仕方がないだろう?早く君達の家に戻ろう」

「・・・頼るしかないのは分かっているが、目の前で見るとやっぱり腹が立つ」


チェザーロに抱きかかえられたリリアーナをなんとも言えない表情で見つめるチェザーロの顔を見たアレックスはやれやれとため息をついた。


「こればっかりは私の役得だな。ほら、早く行こう」


チェザーロは尚も不服な顔をアレックスに向けるが、当の本人は笑顔を返してくるだけだった。

諦めの混じったため息をついたチェザーロは、アレックスに促さるままに会場の出口へと足を進める。

リリアーナを連れた二人が会場を出た後、残された者達はしばらく絶望に打ちひしがれていたーーー。


晩餐会の翌日、朝食を終えて自室に戻ろうとしていたチェザーロを捕まえたリリアーナは、いつもの談話室にある椅子にチェザーロを座らせ深々と頭を下げた。


「チェザーロ兄様、申し訳ありませんでした。私はまた兄様にご迷惑を・・・」

「ちょっちょっと待って!」


チェザーロは慌てて座らされた椅子から立ち上がり、リリアーナの肩を持って無理やり顔を上げさせる。

リリアーナは視線を下に落とし、チェザーロの顔から目を逸らした。

そんな様子をじっと見つめるチェザーロはリリアーナの泣きそうな雰囲気に気が付くと、肩に置いていた手でリリアーナの手を握りゆっくりと椅子に腰を下ろした。

そして、俯いてしまったリリアーナの顔を下から覗くように見上げ、優しく笑いかけた。


「リリー、どうかそんな顔をしないでおくれ。迷惑なんてかけられていない。今も昔も、私は自分がやりたくて動いているんだ」


チェザーロの言葉に、リリアーナは抑えていた感情が溢れ出したかのようにポロポロ涙を流した。


「ですがっ・・・!あのまま兄様達が来てくださらなかったら、きっと昔のように魔力暴走をしていましたっ!兄様にそんな火傷を負わせておいて・・・私はっ!」


手を握られているせいで拭うことのできない涙は頬を伝って流れ落ち、2人の手を濡らした。


「私は兄様から普通の幸せを全て奪ってしまったのにっ!未だに、兄様の助けがないと何もできないっ!」

「リリー。リリーそれは違うよ」


チェザーロはリリアーナの手を握りしめている手に力を込め、リリアーナの言葉を否定する。

自分の手を強く握りしめられ、リリアーナは涙でぼやけた視界の先で真剣なまなざしを自分に向けるチェザーロを見た。


「何度も言っているだろう?私はリリーの兄として、あの時の自分の行動に後悔はない。それにリリーの言っている普通の幸せって何だい?」

「・・・不自由なくやりたいことができ、行きたい所に行ける。結婚して妻子を持つ。・・・火傷痕や後遺症がなければ兄様が享受できたはずの幸せです・・・」


リリアーナの瞳からは変わらず大粒の涙が流れ落ちている。

チェザーロは呆れたように笑い、そっと左手を伸ばすとリリアーナの傷一つない綺麗な頬に手を添えた。


「私は今でもやりたいことをやっているし、行きたい所に行っているよ?結婚は・・・正直する気がないかな。今の身軽さを味わってしまうと、結婚に魅力を感じなくてね。うちはリリアーナの子供が継いでくれるといいなぁって思っているんだ」


笑顔でそう話すチェザーロの顔を、リリアーナは黙って見つめていた。


「あっ別にリリーに結婚を強要しているわけじゃないよ?あくまで私の願望。嫁ぎたい家があれば嫁いでいいし、リリーが一番幸せになれる道を選んでほしい」


添えた左手を少し頬から離し、曲げた人差し指で優しくリリアーナの左目の涙を拭う。


「・・・でもっそれが兄様の幸せなら、私はっそれを叶えたいですっ」


落ち着き始めてはいるが、まだうわずっている声で必死に訴えるリリアーナ。

そんなリリアーナの言葉に、チェザーロは嬉しさを感じつつ困った顔をして反対の目の涙を拭った。


「優しい子だね、リリー。でも、私の幸せはリリーが笑顔でいることだ。私のように結婚に幸せを感じないのならしなくていいし、ずっとうちに居てもいい」


チェザーロは涙を拭い終わった左手で再度リリアーナの手を握り、子供に言い聞かせるような優しい口調で話を続ける。


「正直、結婚したって子供を授かれるかなんて分からないし、もしもの時は養子を迎えようと思っているんだ。私が育てれば、どんな子も優秀になると思わないかい?」

「・・・子育てなんてしたことないのに、随分自信があるのですね・・・」

「そりゃね!リリーという成功例がいるんだから、胸を張って言えるよ!」


笑顔で言い切るチェザーロを見たリアーナは涙を止め、少し驚いた顔をした後に顔を崩して笑った。


「・・・ふふっ私は兄様に育てられたのですか?」


昨晩の晩餐会以降、初めて笑顔を見せたリリアーナに安心したチェザーロは、リリアーナの手を握ったまま自分の両手を左右にゆらゆらと揺らした。

リリアーナは特に抵抗することもなく、嬉しそうに自分の手を握っているチェザーロを見つめている。


「いいかいリリー、私の火傷痕と足の後遺症は宝物を守り切った言わば勲章なんだ。だから、これを恥じたことはないし醜いと思ったこともない。ましてや、リリーのせいでハンデを背負ったなんて一回も思ったことはないよ」


幼い頃から何度も聞いた嘘偽りのないチェザーロの言葉に、リリアーナの瞳からまた涙が零れそうになる。


「もしかしたらリリーには不出来な兄に映っているかもしれないけれど、私は、今の私を気に入っているんだ」


チェザーロがそう言い切る姿を見て、リリアーナは一度瞳を閉じ、そしてゆっくりと開いてチェザーロを見つめた。

頬には涙が伝っていたが、表情は明るく今までで一番優しい笑顔を浮かべた。


「・・・私も今の兄様が大好きです・・・」


リリアーナの言葉に揺らしていた手をピタッと止め、笑顔のまま固まるチェザーロ。

突然固まった兄を心配そうな顔でリリアーナが見つめていると、椅子に座っていたチェザーロが急に立ち上がり、そのまま手を広げてリリアーナを抱きしめた。


「私の妹が天使すぎるっっ!!!」

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