第5話 高速バード
雲一つない晴天の朝。
ベッドカバー類を洗濯し、羽毛布団と共に展望デッキに設置した物干し竿に掛け、天日干しをする。
山は一年を通して涼しいが、冬から春、春から夏へと移ろえば、気温は上がる。
そろそろ分厚い冬用の布団から、体温調節をし易い二枚組の夏用へと衣替えしなければならない。
「凧揚げします」
「えっ、突然どうしたの」
干す作業が終わったシャンカラの唐突な発言に、リシルタは困惑する。
「昨日町に買い出しに行ったら、川辺の散歩道で凧揚げしている子供達を見かけまして、やりたくなったんです」
「今日は晴れているし、風も程よく吹いているから良さそうだね」
昨日の朝、シャンカラが食料や生活用品の買い出しに山を降り、そして戻ってくる際中に雲行きが怪しくなった。帰って来た時に丁度雨が降り始め、夕方まで降り続けた。
いつになく雨の降りしきる空を眺めていた彼の姿を思い出し、リシルタは納得をする。
「二つ買ったので、お姉ちゃんもやりませんか?」
「やってみたい!」
2人の故郷にも凧は存在したが、祭りの時に飛ばす全長5から8メートルと大がかりなものだった。
大きいね。綺麗だね。そんな話をしながら、優雅に空を飛ぶ凧を見上げていた。
なので、地球の複数の国で民衆の遊びとして普及し、様々な惑星で親しまれていると知った時にはリシルタは驚いた。同時に、どんな風に遊ぶのかずっと気になっていたのだ。
「物置部屋に入れてあるので、取りに行きましょう」
「うん!」
水と食料、洗剤など生活用品を備蓄している物置部屋へ2人は移動した。
何が置いてあるのか分かりやすく、綺麗に整理された物置部屋の棚から、シャンカラは二つの細長い袋を取り出した。
「手作りキットなので、一緒に作りましょう」
展望デッキまで戻ると、シャンカラは袋の封を開けた。
「私、不器用だよ?」
「簡単な作りなので、大丈夫ですよ」
彼の言う通り、薄いビニール製の凧は竹ひごを差し込み、たこ糸を括り付けるだけの簡単なものだった。子供が作る想定の玩具なので、当然と言えば当然だ。
そうしてあっと言う間に、青、オレンジ、黄色と鮮やかな色付けがされた三角形の凧が完成した。
「これをどうやって風に乗せるの?」
良い出来栄えの凧に満足しつつリシルタは、シャンカラに問いかける。
「そうですね……」
シャンカラはまず風向きを確認した。建物へと打ち付けるように風が吹き、凧の尾が揺れている。
「俺がお姉ちゃんの凧を持っていますので、糸を伸ばしつつ展望デッキの中ほどまで歩いてください。その際、糸は真っ直ぐに伸びている状態を心掛けてください」
「わかった」
彼女は指示に従い、たこ糸を伸ばしながら展望デッキの中間まで歩いた。
標高の高さによる風の吹き方から走る必要が無いと判断したシャンカラは、手に持つ凧の角度を調節しながら上へと掲げる。
「凧を離しますね」
「うん!」
シャンカラが手を離した瞬間、凧は風に乗り、あっという間に上へと飛んだ。
「わぁ! すごい! 泳いでるよ!」
「上手に上がりましたね」
青い空を泳ぐ凧の姿に、リシルタは目を輝かせる。
「もっと上にあげられる?」
「出来ますよ」
さっと自身の凧を上げて見せたシャンカラは、手本を見せる。
「動画では上へと向かう風に乗せるために、凧の角度を……」
ピンと張るたこ糸をクイ、クイと小さく引くと、うまい具合に風に乗った。上へと引っ張られる凧が壊れないように糸を伸ばせば、二メートル以上高い場所で泳ぎ始める。
「すごい! 私もやる!」
ただ糸を伸ばせば上がらず、それが原因で失墜しかねない。リシルタもやろうとするが、タイミングが合わず、凧がゆらゆらと左右を泳いだ。
「うーん。意外に難しいね」
「ですね。こっちも最初は上手く行きましたが、次に続きません」
しかしそこが面白い。
何度か試していると、たこ糸から伝わる風と凧の振動によって、タイミングの良し悪しが分かり始めた。繰り返すうちに、2人の凧は10メートルを超える高さまで上がった。
「やったー! うまく」
リシルタが喜びの声をあげようとした時、凧が一瞬にして空から姿を消した。
「えっ!?」
たこ糸が音も無く展望デッキの床へと落ち、リシルタは唖然として其れを見つめた。
「なにかが凧を奪い、横切りましたね」
手繰り寄せた糸を確認してみると、まるで刃物で切られたような綺麗な切り口だ。
其れは目にも止まらぬ速さで動き、刃物のような部位を持っている。
「生物か、それとも機械か……どちらにしても、危ないですね」
「そうだね。でも、どうして凧を取ったんだろう?」
「生物だった場合、獲物と間違えたかもしれません。試しに発信機の動きを確認しましょう」
「は、発信機??」
驚くリシルタをよそに、シャンカラはズボンの右ポケットから携帯端末を取り出した。
「ここは崖の上ですから、誤って落した際に拾いに行けるよう小型の発信機を張り付けたんです」
そういえば竹ひごに米粒ほどの黒いものを付けていたな、とリシルタは思い出す。
「バランスを保つための重りじゃなかったんだ……」
「凧の状態によっては、その役割も果たせたかもしれません」
携帯端末で凧の位置を特定したシャンカラは、眉を顰める。
「どうしたの?」
「なんか……すごい動きをしています」
「私にも見せて」
寺院を中心とした地図が携帯端末の画面に表示されている。地図上の赤い〈◎〉が凧であると直ぐに分かったが、シャンカラが言うように凄い動きをしている。
「速いし、直角に動いてる……?」
ひし形を描くように、◎が山の上をかなりの速さで動いている。
曲がる際には遠心力が掛かる。速ければ速いほどに力が掛かり、機械であってもこんな動きは出来ない筈だ。
「あっ!」
2人が不思議に思っていると、◎はひし形の移動を辞めて真っ直ぐに動き出し、寺院から遠のいた。
急いで地図範囲を広げて確認をしてみると、◎は海の方へと移動している。
「これは不味いですよ。人が入れない場所の可能性が」
シャンカラの予想通り、◎は海に面した断崖絶壁で止まった。
「終わった……」
力なくシャンカラは呟き、リシルタは肩を落とす。
強い波が打ち付け、潮の渦が度々起こるその断崖絶壁は、寺院のある場所とは違い剣のように突き出ている。町に申請し、専門家達に依頼し、様々な準備を経てようやく行ける場所だ。
凧が飛んで行ったので拾いに行きたいなんて理由で、申請できるとは思えない。
2人は軽く絶望し、お互いを慰め合った。
翌日の朝。
『次のニュースです。100年に一度のサンダーバードの繁殖の時期を迎えました』
『専門家ルーエ先生の話によれば、今年は新しく若い番が雷岬に来たそうです』
「わぁ、凄い……鳥??」
「惑星によって本当に色んな生き物がいますね」
朝食を食べ終えたばかりの2人は、壁に取り付けられたテレビに映る生物に興味を持つ。
地球で空想上の生物として描かれたグリフォンに近い姿をしている。スタジオでは身長170センチの地球人のニュースキャスターと見比べるための立体映像が表示された。白い体毛に覆われた体の大きさは、馬の品種であるポニーと同じ位だ。翼はそれ相応に大きく、所々に鱗のようなキラキラと輝く箇所があった。
『おや? 巣の材料……凧でしょうか?』
「えっ」
皿の片付けをしようとした立ち上がったシャンカラとリシルタは動きを止める。
テレビの画面を見ると、海に面した断崖絶壁には大きな巣が幾つも作られている。
『はい。調べてみると、市販で売られている凧でした。ルーエ先生に確認したところ、サンダーバードは自分の巣を派手に見せる習性があるので、飛んでいる凧の色に惹かれて取ってしまったのではないか、とお答えを頂きました』
『そんな習性が! 他の巣も花や鮮やかな鳥の羽で飾られていますね』
和気あいあいとニュースキャスターの2人が話しているが、シャンカラとリシルタは気が気ではない。さらにサンダーバードの稲妻マークのように直角に移動する姿を見せられては、もう何も言えない。
「た、食べてなくて、よかったね」
「そう、ですね」
トコヨワタリ以外の生物についても、周囲の野生生物についてしっかり調べてみようと思う2人だった。