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第3話 虫取り大人

一階の渡り廊下からリシルタは外を眺めていた。

 青い空が広がり、白い綿雲が浮かんでいる。朝しか見えない白い月が3つ仲良く浮かび、目覚めたばかりの小鳥たちが挨拶をしている。

 今日もいい天気、と細やかな幸せを噛み締めようとした時、崖の下から湧き上がる様に大きな蝶に似た生物の群れが飛び出してきた。

 20㎝を優に超える大きさだ。外側は黒、内側は青と光沢のある独特な色合いが、空へと舞い上がる。


「わぁ……!」


 その圧巻の光景にリシルタは目を奪われる。まるで蛇のように胴の長い体を持つ〈龍〉のように群れは形を成し、うねり、曲がり、そして上へ上へと飛びあがり、去って行った。


「すごい! この星の原生生物って、あんなのもいるんだぁ!」


 渡り廊下から身を乗り出し、遠く小さくなっていく群れを見ながら、リシルタはこの惑星の奥深さに触れた。

 シャンカラにも伝えなきゃ、と振り向いた時、彼はいた。

 作業着に登山靴、軍手、帽子に首にはタオルを巻いている。肩から使い込まれたショルダーバッグと透明な大きな虫かごを下げ、手には頑丈そうな虫取り網が握られている。

 本格的に虫を取りに行く装備だ。見るからに手馴れている。


「いってきます!!!!!」

「えっ? い、いってらっしゃい」


 理解に遅れ、勢いに負けたリシルタは、シャンカラを見送った。



 2時間後、汗をかいたシャンカラが寺院に帰って来た。


「おかえり」

「ただいまもどりました」


 シャンカラは靴を履き替え、出入り口に虫かごと虫取り網を置き、本殿に休憩用に設置されている椅子へと腰を掛けた。

 沢山歩いた様で、登山靴はかなり土で汚れている。しかし大きな虫かごは空だ。何のために行ったのか分からず、リシルタは首を傾げる。


「ラムネソーダいる?」

「貰います」


 本殿には椅子とテーブルだけでなく、小型冷蔵庫も置いてある。その中から、箱買いして冷やしていた缶のラムネソーダを二本取り出し、リシルタはシャンカラに渡した。


「ありがとうございます」

「虫取りに行ったんだよね?」


 缶のSOT蓋を開けると、プシュッと炭酸の空気の抜ける音が鳴った。


「そうですけど、単なる虫取りとは違いますね」


 ラムネソーダを半分ほど飲んだシャンカラは、背もたれに掛けていたショルダーバッグの中から手帳を取り出す。

 開かれたページには、複数の国の名前、発見数、そして先程飛んでいた蝶に似た生物の絵が描かれていた。

 サソリやエビに似た青い胴体に、扇状に折り畳むことが出来る大きな赤や橙色の羽、そして長い触覚。

 2人の故郷の星に生息する〈虫〉とは全く別物だが、リシルタには見覚えがあった。


「朝に寺院の近くを飛んでいた生物だよね?」

「はい。名前をトコヨワタリと言います。群れを形成し、毎年繁殖の為に南から北へと移動します。その中継地点の一つが、この周辺なんです」

「へぇ! シャンカラは、あの子達がどこから来たか調査をしてたんだね」


 捕まえたトコヨワタリの身体と羽、触覚などそれぞれの大きさも書かれており、大きな虫かごの役割が何だったのかリシルタは自然と理解した。


「はい。私はボランティアとして、協力しています。各地の中継地点に居る有志が彼らの羽に特製のペンで国と日にちを書き、群れへ戻します。どこから来たかを、次の中継地点の有志が記録し、どのようなルートを飛んでいるのか報告し合うんです。中にはまだ羽に印が無い個体が居て、それに私が書く時もありますね」


 ショルダーバッグから、小型のタブレット端末が取り出される。学者と有志によって製作されたトコヨワタリに関するホームページに、この惑星の世界地図が表示される。

 彼らは南大陸で産まれるが、ある個体は海辺の街周辺、またある個体は山岳地帯の村など幼虫が発見される場所は様々だ。そして成虫となり、時期になると集まり始め、グループに分かれて北大陸へ渡りを開始する。


「生息域がかなり広いんだね。南から北に行くなら、この子達は海を渡るの?」

「そうですよ。海を渡るとなれば休めなくなるので、その手前で休息する沢山のトコヨワタリが見られるんです」

「わぁ……すごい数!」


 シャンカラがリシルタへと見せたタブレット端末には、まるで木の枝から垂れ下がる花や木の実の様に鈴なりに止まっている大量のトコヨワタリが写し出されている。それも何千、何万と圧巻の数が森の木々に集まっている。時折波のように一斉に羽ばたきを行い、外敵を威嚇する姿はまるで大きな一体の生物の様だ。


「この数は、学者さんだけでは足りないね」

「はい。多くの人々の協力があってこそ、成り立つ研究です」


 帽子を外し、テーブルに置こうとしたシャンカラだったが、そこに一匹のトコヨワタリが止まっていた。扇子のように折り畳まれている4枚の羽、猫より一回り小さい飛ぶための身体はとても軽い。頭のやや後ろに止まっていたので、リシルタも気付かなかった。

 驚いて一瞬反応が遅れる2人。バッと一気に羽を広げ、飛び立つトコヨワタリ。


「わああぁ!!? シャンカラ、捕まえて逃がしてあげて!」

「はい!」


 シャンカラはすぐさま虫取り網を手に取るが、天井が高い本殿の上を飛ばれては、彼の高身長をもってしても届かない。


「はっ! このための8号!!」

「それは怪我させちゃうからダメ!」


 約1時間と長きにわたる格闘の末に、トコヨワタリの捕獲に成功したシャンカラは、彼らが休んでいる森へと迷子の個体を逃がした。


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