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7,血の滲む手を両手で包まれることと心地いい時間

 そんな施設の一つが、少し山道を登ったところから、さらに遊歩道を奥に入った先にある植物園だ。洋館へ続く道の途中にあるのだが、土地特有の植物や、大きな目玉があるわけでもなく、いつも人気がなくて、一応、売店や自動販売機はあるものの、とても収益を上げているようには見えない。

 

 松園は、そこを、伸を人知れずいたぶる場所に選んだのだった。

  

 毎回のこのこついて行くのは馬鹿らしいと思うが、母に迷惑をかけたくないし、絶対に誰にも知られたくない。自分さえ黙って殴られていれば、今以上に事態が悪くことはない。多分。

 

 しばらくの間だけ、心を無にして耐えていればいいのだ。そう自分に言い聞かせ、なるべく、深く考えないようにしている。

 

 

 

「伸くん、待っていたよ」


 迎え入れてくれる行彦の笑顔につられて、伸も、ぎこちなく笑う。腕を取られて奥まで進み、今日はもう、ためらうことなく、行彦と並んでベッドに腰を下ろした。

 

「あの……」


 伸が口を開くと、行彦が、問いかけるようにこちらを見る。伸は、思い切って後を続けた。

 

「今日は、えぇと、君の話も聞かせてほしいと思って」


「僕の?」


「うん」


 聞きたいことはいろいろある。不思議に思うことも。彼のことは、まだ何ひとつ知らないのだ。

 

 行彦は、視線を外しながら言った。

 

「面白い話なんて、何もないけれど……」


「別に、面白い話が聞きたいわけじゃないよ。ただ、その、君のことを知りたいと思って」


「僕の、こと?」


 伸は、うなずいた。再び、伸の顔に視線を戻した行彦に、まじまじと見つめられ、顔が熱くなるのを感じる。

 

 行彦は、前に向き直りながら話し始めた。

 

「昨日は、伸くんの話を聞いて、とても驚いたよ。だって、僕と同じだったから。


 僕も、学校でいじめられていたんだ。僕にも、お父さんがいなかったし。

 

 でも僕は、伸くんと違って、学校に行けなくなってしまった。それに、怖くて、この部屋から出られなくなって……」

 

 そこで、大きくため息をついてから、泣き笑いのような表情で伸を見る。

 

「伸くんは、えらいね。ひどいことをされても、逃げずに学校に行って」


「えらくなんかないけど……」



 そのとき、行彦が、伸の手を取って裏返した。

 

「これ、どうしたの?」


 手のひらに貼った絆創膏に、わずかに血が滲んでいる。

 

「いや、なんでもないよ」

 

 植物園で松園たちにやられたとき、転んで、砂利の上に手を着いて、石の尖った部分で切ったのだ。

 

「もしかして、そいつらにやられたの?」


 答えずにいると、行彦が、伸の手をそっと両手で包み込んだ。思わず声が出る。

 

「あっ……」


「かわいそう。痛いでしょう?」


 ひんやりとした行彦の手の感触が心地よく、痛みが和らいでいく気がする。

 

「いや。大丈夫だよ。でも……」


 言いかけて、あわてて口をつぐむ。もう少し、そのままにしていてほしいなんて思った自分が恥ずかしい。

 

 心の声が伝わるはずもないが、行彦は、小さくうなずくようにしてから、そのまま伸の手を、自分の膝の上に持って行った。

 

 

 

 たいしたことを話した覚えはなかったが、いつの間にか時間が過ぎていた。夜明けを前に、今日も指切りをして、行彦の部屋を出る。

 

 なんだか物足りない。もう少し話していたかった。

 

 いや、話らしい話もしていないけれど、もう少し、行彦と一緒にいたいと思った。

 

 今まで長い間、ずっと一人で過ごして来たから、こんなふうに、誰かとじっくり話をしたり、優しい言葉をかけてもらったこともなかった。

  

 行彦も、自分と同じ経験をしていると聞いて、彼が、とても身近になったように感じた。彼とならば、深くわかり合える気がする。

 

 行彦と過ごす時間は、とても心地いい。

 

 

 

 次の日の朝、教室の机で頬杖をついて、ぼんやりしていると、後ろのほうから、数人の女子たちの会話が耳に入って来た。

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