61,熱い疼きを鎮めることと好きな料理とこらえきれずに笑い声を上げること
「伸くんのことを考えていたら、今まで一度も意識したことがなかった体のうんと奥のほうが、疼いて熱くなって、どうにも収まらなくなったって」
「……あぁ」
有希が恥ずかしそうに言う。
「今も、そうなってる」
伸は、じっと小さな顔を見つめる。伸には、それがどういうことなのかわかっている。
なぜなら、今、熱く疼いて有希を苛んでいるそこは、伸だけが到達することの出来る場所だから。
「俺に、どうにかしてほしい?」
有希が、こくりとうなずく。伸は、有希の手を握って言った。
「おいで」
終わった後も、二人はまだ、裸のまま抱き合っていた。伸は、胸に顔をうずめた有希の髪の香りに包まれている。
腕の中で、有希がつぶやいた。
「伸くん」
返事の代わりに、伸は、有希の髪を撫でる。
「どういうことか、やっとわかったよ」
「うん?」
「あの疼きは、伸くんにしか鎮めることが出来ないんだって。それに……」
「それに?」
「すごく……」
「すごく?」
すごく、どうだったのか聞かせてほしかったのに、有希は、伸の背中に回した腕にぎゅっと力を入れながら、全然関係のないことを言った。
「伸くんのお母さんの料理、すごくおいしいね」
こんなときに、そんな話を……。伸は、がっかりしながら、それでも一応、話を合わせる。
「あのとき、店で何を食べたの?」
「オムカレーセットだよ」
「ふぅん」
確か、人気のメニューだったはずだ。
有希は、顔を上げて、無邪気に言った。
「伸くんは、お母さんの料理で何が好きなの?」
伸は、即答する。
「俺は、ビーフシチュー」
「へぇ。それもおいしそうだね。食べてみたいな」
「今度、食べに行けばいい」
「うん。伸くんも一緒に行こう」
そこで突然、伸は、あることを思い出した。
「そう言えば、今日はビーフシチューを作ろうと思っていたんだ」
だが、それどころではなくなってしまった。
「えっ、そうなの? 伸くんのビーフシチューも食べたいな」
「いいけど、今日はもう無理だよ。時間をかけて煮込みたいし」
「そうか。明日、作る?」
「そうだな」
「じゃあ、明日また食べに来る。いい?」
伸は、こらえきれなくなって笑い声を上げた。有希が、不思議そうに見ている。伸は、なおも笑いながら言った。
「別に頭がおかしくなったわけじゃない。ただ、あまりにも幸せ過ぎて、笑いが止まらなくて……」
まさか、こういう展開になるとは思っていなかった。ほんの数時間前までは、自分は、もう二度と有希と会うこともなく、誰かと愛し合うこともなく、ずっと孤独なまま、テーマパークの片隅にある、お世辞にも流行っているとは言えないレストランで働き、何年かしたら、母のカフェを継ぎ、そのまま、地味に静かに年老いて行くだけの人生を送るのだとばかり思っていたのだ。
伸につられたように、有希も、ふふっと笑った。
「僕も、すごく幸せ。伸くんと、ずっとずっと一緒にいたい」
「こんな、おじさんでいいのか?」
「だからぁ。伸くんは、おじさんじゃないったら。伸くんは、とってもチャーミングな、おにいさんだよ」
大人げないと思いながら、伸は続ける。
「本当に、ずっと一緒にいてくれるのか? 君が大人になる頃には、俺は本当に、しょぼくれたおじさんになっていると思うけど」
有希が、にやにやしながら言った。
「伸くんこそ、一生、僕と一緒にいたいと思っているの?」
「あ……」
それは、さすがにずうずうしいだろうか。伸はともかく、有希には、これから先、もっと好きな相手が出来るかもしれない。だが。
「俺は、そう思っている。有希のことを愛しているから。その気持ちは、きっとこの先も変わらない。
でも、俺がそう思っているだけだから、君は気にせず、好きにしていいんだ。もしもほかに……」
「もう!」
有希が、再び、伸をぎゅっと抱きしめた。