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60,勇気の言葉とこらえきれずにこぼれた涙と欲望にあらがえなくなること

 だけど、それでもなお、行彦は、ずっとずっと伸くんを愛していた。行彦の願いは、生まれ変わって、生きた人間として、普通に伸くんと愛し合うことだった。

 

 どういう経緯でそうなったのかはわからないけど、彼は、西原有希として生まれ変わったんだ。

 

 伸くんも、ずっとずっと行彦のことを思い続け、僕は、伸くんと出会ったとき、行彦としての記憶を思い出した。晴れて二人は、再び愛し合うようになった。

 

 長い時間を経て、ようやく行彦の願いが叶ったんだよ。それで、行彦の魂は開放された。

 

 一つの体の中に、二つの心や記憶があるのは不自然だし、正しいことではないから、あの日、お墓の前で、僕の体の中から行彦が抜け出たんだ。お母さんや、自分の遺骨が眠るお墓に、ようやくたどり着くことが出来たのかもしれない」

 

 有希は、満足そうなため息をついてから、さらに言う。

 

「話は、これで終わりじゃないよ。


 つまり、行彦は思いを遂げて、僕の中から去って行った。残っているのは、西原有希だけ。

 

 西原有希は、前世も、過去の出来事も全部知った上で、なおも伸くんのことが好きで、ずっと一緒にいたいと思っている。

 

 ねぇ、何か問題ある?」

 

「……え?」


 伸は圧倒されて、ただ、有希の美しい顔を見つめる。まだ十代の高校生である彼は、なんと賢く、理路整然と話すのだろうと思う。

 

「問題?」


 一方、いい年をした自分は、まともな答えを返すことも出来ないでいる。

 

「だから」


 有希は、まるで小さな子供に対するように、ゆっくりと言った。

 

「僕ともう一度、恋人同士になってもらえませんか?」


「あ……」


 不意に胸が熱くなり、涙が込み上げる。駄目だ。有希の前で無様な……。

 

「伸くんは、行彦込みの僕じゃないと愛せないの?」


「そんなことは、ない」


 今も行彦のことを愛しているが、それ以上に、真っ直ぐな気持ちを自分に向けてくれる、無邪気で大胆な有希のことを、とても愛しいと思っている。

 

「でも俺は、多分この先もずっと、行彦のことを忘れられないと思う。それでもいいのか?」


 有希は、優しい眼差しで伸を見ている。

 

「いいよ。行彦あっての僕だし、行彦がいなかったら、多分、伸くんと出会うことも、愛し合うこともなかったんだから。


 ……本当は、ちょっぴり複雑だけどね」

 

「有希……」


 みっともないと思ったが、こらえきれず、涙がこぼれてしまった。あわてて涙をぬぐう伸を見て、有希が言った。

 

「伸くん、かわいい」


「馬鹿……」


 まったく、子供のくせに、俺より何枚も上手だ。いや、俺が、だらしないだけか……。

 

 有希が、椅子から立ち上がり、伸のそばまで来た。

 

「伸くん」


 前にもこんなことが。そう思いながら、伸も立ち上がる。有希が、伸を見上げながら言った。

 

「伸くんに、お願いがあるんだけど」


「何?」


「僕は、伸くんとキスしたことも、愛し合ったことも、全部忘れちゃった。だから、もう一度、教えて」


 ほんのりと上気した顔と、少しだけ開いた赤い唇が、たまらなく色っぽい。

 

「相変わらず積極的だな」


「そう?」


 有希は、なんでもないことのように言う。

 

「初めて会った日に、この部屋に来た君は、いきなり俺にキスをして、俺をベッドに誘って……」


「伸くんは嫌だったの?」


「いや。そんなことはないけど……」


「けど?」


「こんな若い子と、そんなことしていいのかって。でも……」


 欲望にあらがえなくなって、伸は、有希の肩に手を置き、その唇を塞いだ。有希は、自らその柔らかい唇を開いて、伸の舌を受け入れる。

 

 もう、ためらいの気持ちは消えていた。あぁ。唇も、舌も、頬の内側も、なんて柔らかくて甘いんだ。

 

 全神経を集中して、伸はそれらを、髪の香りを、制服の下の細い体の感触を確かめるように味わう。

 

 

 夢中になっていると、突然、有希が、伸の体を押し戻すようにして唇を離した。そして、息を弾ませながら、切なげな表情で言う。

 

「伸くん……」


「うん?」


「僕が、前に言ったこと、覚えてる?」


「何?」

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