58,予想通りの反応とあえて淡々と過ごすことと有希からの電話
たとえ、どんな結果になろうとも、自分が生きて来た軌跡を有希に話そう。もはや、自分に出来ることは、それ以外にない
そう思い、行彦に出会った日から今までのことを、順を追って、有希に話して聞かせたのだった。
有希は、初めは驚き、途中からは、血の気の失せた顔で、呆然と聞いていた。いつかのように倒れてしまうのではないかと心配したが、彼は、途中で口を挟むこともなく、長い話を最後まで聞いてくれた。
有希の反応は、半ば予想した通りだった。あんな話を、すんなり受け入れられるはずもない。
ベンチから立ち上がった彼は、伸に目を向けることも、言葉をかけることもなく、一人ゆらゆらと歩いて行ってしまった。
これで見納めかもしれない。そう思い、伸は、噴水の向こう側に隠れて見えなくなるまで、有希の後ろ姿を見つめ続けたのだった。
それきり、有希からの連絡は途絶えた。ようするに、それが答えなのだと思う。
なんとか最後まで話を聞いたものの、突然、幽霊だの生まれ変わりだのと、オカルトじみたことを言い出した伸に狂気を感じ、恐れをなしたのだろう。自分が言い出した手前、義務感で、我慢して最後まで聞いてくれたのかもしれない。
だが、それらは、いたってまともな反応だと思う。逆に、目を輝かせて聞かれても、返って心配になるというか……。
伸自身は、今まで言えずにいたことをすべて話して、意外にすっきりしていた。本当は、何も話さずに別れるのがベストだったのだが、有希が信じないのならば、話さないのと同じようなものだと自分に言い聞かせた。
この結果に不満はない。だだ、夜になると、ユウと過ごした記憶が生々しくよみがえって辛い。
一時は、実家に帰ろうかと思ったこともあったが、それは、まだ早過ぎる気がする。部屋の模様替えをして気分を変えるか、あるいは、思い切って引っ越すのもいいかもしれない。
とりあえず、もう少し気持ちが落ち着くまでは、仕事に集中しよう。後を任せるならば、中本には、もう少し教えなければならないこともある。
そんなふうに思い、あえて淡々と日々を過ごした。
このまま静かに過ごして行けば、やがては心の傷も、少しずつ癒えて行くかもしれない。そう思い始めた頃、スマートフォンに着信があった。
仕事を終えてマンションに戻り、久しぶりに、母直伝のビーフシチューでも作ろうかと思っていたところだった。
伸に電話をかけて来る相手は少ない。仕事のことで中本がかけて来たか、あるいは母か。
だが、それは有希からだった。噴水の前で別れてから、半月ほどが過ぎていた。
「もしもし。伸くん?」
「あぁ」
「有希だけど」
「うん」
「あのね、話があるんだけど、これから伸くんの部屋に行ってもいい?」
「いや、それは困る」
だが、有希は言った。
「実は今、マンションの前にいるんだけど」
「なっ……!」
なんてことだ。
自分は、つくづく間抜けだと思う。あんなに辛い思いをして、心ならずも有希を遠ざけ、ようやく今、心に負った傷に、かさぶたが出来始めたところだというのに、また自ら、かさぶたをはがそうとしている。
なぜ心を鬼にして、冷たい態度で追い返すことが出来ないのだ……。自己嫌悪に苛まれながら、伸は、玄関のドアを開ける。
ドアの向こうに、制服を着た有希が立っていた。
「伸くん。ひさしぶり」
そう言いながら、有希は、するりと中に入った。その顔は、相変わらず行彦にそっくりで、見るなり、胸がズキンと痛む。
「上がってもいい?」
「……あぁ」
有希は靴を脱ぐと、さっさとテーブルまで行って、椅子を引いて腰かけた。相変わらず、十歳以上も年下の有希のペースに押されている。
仕方なく、伸も向かい側に座る。
「で、話って?」
ぶっきらぼうに聞いた伸に、有希は眉を曇らせる。
「怒らないで」
「怒ってないさ」
有希が、すねたように言った。
「ならいいけど」
有希は、椅子の上で居ずまいをただし、話し始めた。