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57,真実と迫り来る夕暮れと頭の中がひどく混乱すること

 次の日、噴水の前に行くと、伸は、先に来ていた。有希を見て立ち上がった伸は、以前にも増して痩せたように見える。

 

 その原因は、やはり自分なのだろうか。自分は、そんなに伸を悩ませているのか……。

 

 それでも伸は、近づいて行くと、右手を上げて微笑んでくれた。有希は、小走りに近づく。

 

「待たせてごめん」


「いや。俺も今来たところだよ」


 それから、二人そろってベンチに腰を下ろした。

 

「はいこれ。前のコンビニで買って来た」


 有希は、肩にかけていた布のバッグから、ペットボトルの飲み物を出して、一本を伸に差し出す。

 

「ありがとう。気が利くね。こういうことは、俺がしなくちゃいけないのに」


「うぅん。喉が渇いていたから」


 伸は、キャップを外して、飲み物を口に運ぶ。そして、何口か飲んで、キャップを閉めた後、おもむろに話し始めた。

 

「これから話すことは、にわかには信じられないような内容だと思うし、本当は、君は何も知らないほうがいいと思う。俺は、今もまだ、出来ることなら、君は、このまま帰ったほうがいいと思っている。


 でも、もうそれではすまないこともわかっている。俺が、もっとうまくやればよかったんだけど、ろくなことが言えなくて、君に不信感を抱かせてしまった」

 

「不信感なんて……」


 自分が感じているのは、決して、そんなことではない。


「自分なりに、いろいろ考えて、その結果、やっぱり、すべてを話すしかないと思った」


 そこで伸は、ふっと笑う。

 

「要するに、もっともらしい言い訳が思いつかなかったんだけど……」


 有希は、伸の横顔に向かって言った。

 

「どんなことでも、僕は受け止めるよ。僕は、真実が知りたいんだ」


 伸が、有希の目を見た。

 

「これから俺が話すのは、真実だよ。でも、信じるか信じないかは君の自由だし、そこから先は、自分で判断してほしい。


 最後に言っておくけど、君は、聞いたことを後悔するかもしれない。それでも聞きたいかい?」

 

 有希は、即座に答える。

 

「聞きたい」


「そうか。とても長い話になると思うけど」


 そう前置きをして、伸は話し始めた。

 

「高校生のとき、俺は、いじめに遭っていたんだ……」




 伸が、すべて話し終えたとき、辺りには夕暮れが迫っていた。もう間もなく、閉園のアナウンスが聞こえて来ることだろう。

 

 何も言葉が出ない。頭の中が、ひどく混乱している。

 

 有希は、ふらりと立ち上がると、呆然としたまま出口に向かって歩き始めた。伸に、挨拶もせずに来てしまったと気づいたときには、すでにゲートの前だった。

 

 はっとして振り返ったが、どこにも伸の姿は見当たらなかった。

 

 

 

 いくら考えても、これがベストだと思える解決方法は見つからなかった。自分は、あまりに不甲斐なく、言葉は悪いが、聡明な有希を、うまく丸め込むことが出来なかった。

 

 気は進まないが、本当のことを話すしかないと判断した。そして、話すならば、すべてをありのままに。

 

 常識的に考えて、あんなことを簡単に信じられるはずがないと思う。有希は、伸が嘘をついているか、そうでなければ、頭がどうかしていると思うかもしれない。

 

 それならそれでかまわない。こんなおかしなやつとは付き合えないと思って、彼が伸から離れて行くならば、皮肉なことだが、当初の目的は達成されるのだ。

 

 

 伸は、噴水の向こう側から現れ、こちらに向かって歩いて来る有希を見つめた。ほっそりとしたシルエット、歩くたび、ふわふわと揺れる柔らかい髪。

 

 さらに近づいて来ると、顔がよく見えるようになった。色白の小さな顔は美しく、やはり行彦にそっくりだと思う。

 

 遠いあの日、確かに自分は、行彦と出会った。たとえ、彼がこの世の者でなかったとしても、出会ったのも愛し合ったのも、紛れもない事実だ。

 

 そして、おそらくは、有希が行彦の生まれ変わりであることも。そうでなければ、彼と愛し合うようになることはなかったはずだし、それらが事実でなかったならば、自分の人生のすべてが嘘になってしまう。

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