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56,ドツボにはまることとなんとなくわかっていたことと今もこんなに好きなこと

 有希は、涙をぬぐって言った。

 

「ごめん……。もう帰るよ。最後に、もう一つだけ教えて。あの日、なんで僕たちは墓地にいたの?」


「それは、たまたま、俺の古い知り合いの墓参りに付き合ってもらったんだ。特に意味はない」


「ふぅん。じゃあ、そこで僕が倒れたのも、記憶を失ったのも、たまたま?」


「あぁ。たまたまだ」


「ふぅん。そうか。でも、なんだかすごく気になって仕方がないんだ。もう一度、一人で墓地に行ってみようかな。そうしたら、何かわかるかも」


「それはやめておけよ」


 つい、強い口調で言ってしまった。有希が、探るような目で見る。

 

「どうして?」


「どうしてって、また倒れたりしたら困るだろ?」


「どうして、また倒れると思うの?」


「そんなこと……」


 話せば話すほど、ドツボにはまって行く。有希の勘が鋭いのか、自分が間抜けなのか……。

 

「伸くん、やっぱり、僕に何か隠していることがあるんだね」


 やっぱり有希は鋭い。

 

「別に隠していることなんて……」


 そして、俺は間抜けだ。

 

 

 

 伸が、がっくりとうなだれて言った。

 

「もう死にたい」


「……え?」


 伸は、ゆるゆると首を左右に振って、額に片手を当てた。

 

「伸くん、どうしたの?」


 急に死にたいだなんて。伸は、うつむいたまま、額に当てていた手をだらんと落として言う。

 

「自分の馬鹿さ加減にうんざりする」


 訳がわからないながら、有希は言った。

 

「伸くんは、馬鹿じゃないよ」


「いや。馬鹿だ」


 伸が、悲しそうな目でこちらを見る。

 

「なんとか、うまく別れようとしたのに、もう二人きりになるのはよそうと思ったのに、君を説得することも出来ず、結局、こうしてまた、二人で部屋にいる」


 有希は、伸の目を見つめ返す。

 

「伸くんが、そういうふうに思っていることは、なんとなくわかっていたよ。本当は、僕のことを大切に思ってくれていることも。


 僕は、伸くんと一緒にいたいと思っているけど、伸くんが、どうしても別れなくちゃいけないって言うなら、悲しいけど、言う通りにするよ。

 

 だけど、その前に、ちゃんと理由を説明してくれなくちゃ嫌だ。だって僕は、伸くんのことが好きなんだから!」

 

 言いながら、また涙が込み上げて来た。本当は、別れたくなんかない!

 

「あぁ……」


 伸が、辛そうな表情で声を漏らし、その目に、うっすらと涙が滲んだ。有希は、胸をわしづかみにされたような気持ちになる。

 

「伸くん」


「どうしたらいいかわからないよ。だけど……」


 伸は、ぶんぶんと頭を振る。乱れた前髪が潤んだ目元にかかって、こんなときなのに、有希は、その姿を、とてもセクシーだと思う。

 

 その前髪をかき上げて、伸が言った。

 

「少し時間をくれないか」


「……わかった」



 伸は、心が決まったときには必ず連絡するから、それまで待っていてほしいと言い、タクシーを呼んでくれた。伸が、とても悩んでいるということは、よくわかったので、有希は、いつまででも待とうと思った。

 

 その場しのぎのことを言って、強引に追い返そうとしたりしない伸は、とても誠実だと思う。それはやっぱり、有希のことを真剣に考えてくれているからに違いない。

 

 たとえ記憶がなくても、以前の自分は、そういう伸のことが、本当に好きだったのだとわかる。だからこそ、今もこんなに好きなのだ。

 

 

 

 連絡は、意外に早く来た。それは、週末の午後だった。

 

「明日、フォレストランドの噴水の前まで来てもらいたいんだけど、いいかな」


 伸の声は、とても静かだ。

 

「いいけど、明日は仕事があるでしょう? 日曜日なのにいいの?」


 休日のフォレストランドは、きっといつもより賑わうはずだ。

 

「あぁ。無理を言って有休を取った。いつもあんな場所で悪いけど、他に思いつかなくてね」


 きっと、有希の休みに合わせてくれたのだ。

 

「僕は、かまわないよ。時間は?」


「昼過ぎに」

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