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55,調子が狂うことと堂々巡りと体が覚えていること

 出口に向かって歩いて行くと、まばらながら、これから家路に着こうとしている人たちがいた。泣いている有希に気づき、ちらちらと見ている人もいる。

 

 さて、どうしたものか。伸は頭を悩ませる。

 

 泣き続けている有希を、置き去りにして帰るわけにはいかない。かと言って、どこかの店に入るのも気が進まない。

 

 あぁ。せっかく二人きりにならない場所で話をして、そのまま、さらりと別れるはずだったのに。

 

 フォレストランドの外に出ても、有希は、まだ泣き止まない。 

 

 仕方がない。伸は、ため息をついてから言った。

 

「俺の部屋に来る?」


 有希が、涙に濡れた顔を上げた。

 

 

 

「上がって」


 有希は、玄関で靴を脱ぎながら、ものめずらしそうに部屋の中を見回している。つくづく、本当に何も覚えていないのだと思う。

 

「今、コーヒーを淹れるから、そこに座って」


 有希は、こくりとうなずいて、テーブルの前の椅子に座った。とりあえず部屋に連れて行って、彼が泣き止んで、少し落ち着いたらタクシーを呼ぼうと思っていたのだが、すでに有希は泣き止んでいる。

 

 なんだか調子が狂うが、コーヒーを飲んだらタクシーを呼ぶことにしよう。そう思い、伸はコーヒーの用意をする。

 

 有希が言った。

 

「この部屋、僕は、前にも来たことある?」


「……まぁ」


 言ってしまってから、うっかり正直に答えたことを後悔する。

 

「そうか」


 なんだか、嫌な予感がして来た。余計なことを聞かないでほしいものだが……。

 

「じゃあ、泊まったことは?」


 来た。

 

「いや、それはない」


「ふぅん……」


 それきり有希が口をつぐんだので、少しほっとする。

 

 

 伸は、コーヒーカップの一つを、有希の前に置いた。

 

「これを飲み終わったら、タクシーを呼ぶよ」


 有希が、じっと伸を見つめながら言う。

 

「飲んだら、早く帰れってこと?」


「そういうわけじゃないけど、俺たち、もう終わりにするんだから、ずっといるのもおかしなもんだろ?」


「だから……」


 有希の目に、またも涙が浮かぶ。

 

「その理由を教えて」


 伸は、ごくりとコーヒーを飲む。

 

「その話は、もう終わっただろ」


 有希の顔が歪み、涙がこぼれる。

 

「終わってないよ! どうして僕のことが嫌いになったのか、それを教えて!」


 堂々巡りだ。いったい、どうすればいい?

 

 途方に暮れている伸に向かって、有希は、泣きながら言いつのる。

 

「僕は、伸くんとのこと、何も覚えていない。だけど、伸くんのこと、たくさん考えたんだ。


 僕が病院で目覚めたときの伸くんは、すごく優しかったのに、どうして急に僕のことが嫌いになったんだろうとか、この人は、どうしていつも寂しそうなんだろうとか、どうして僕は、こんなに伸くんのことが気になって仕方がないんだろうとか。

 

 それから、恋人同士だから、キスくらいしただろうとか、その先はどうなのかとか……」

 

 苦しげに息をつき、涙をぬぐってから、さらに話す。

 

「僕は、伸くんの前に誰とも付き合ったことがないから、キスも、そのほかのことも、どんな感じかわからない。それなのに、伸くんのことを考えていたら、今まで一度も意識したことがなかった体のうんと奥のほうが、疼いて熱くなって、それが、どうにも収まらなくて……。


 それで気づいたんだ。それはきっと、伸くんと、したときのことを、体が覚えているんだって!」

 

「そんな、考え過ぎだよ。ただの妄想だろ? 君は今、そういうことに興味がある年頃だから」


 伸は、無理に笑って見せる。有希の目から涙がこぼれる。

 

「はぐらかさないでよ。僕は真剣に言っているのに」


「はぐらかすも何も、俺たち、そんなことしてないって」


「嘘。伸くんが僕を嫌いになったのって、そういうこと? 伸くんは、僕の体が気に入らなかったの?」


「やめろよ、そんな言い方。そんなことで、好きになったり嫌いになったりするような、俺は、そんな下衆じゃない」

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