表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/22

5,潤んだ目に見つめられることと花びらのような唇

 行彦がいた部屋は、清潔で居心地がよさそうだったし、ほかの部屋には家族もいるのではないか。

 

 ずっと一人ぼっちだと言っていたが、伸はそれを、友達がいないという意味だと受け取った。それならば、伸だって同じだ。

 

 

 松園たちには、行彦のことは話さなかった。そんなことを話さなければならない義理はないし、いつまでも勝手に幽霊がいると思っていればいい。

 

 彼らにしてみれば、伸が恐怖のあまり三階の部屋までたどり着けず、みっともなく許しを請うことを期待していたのだろうが、思惑が外れて拍子抜けしたようだった。

 

「もう帰ろうぜ」


 松園が、つまらなそうに言ったのを機に、伸が三階の角部屋まで行ったことには、なんの言及もないまま、彼らは洋館を去って行った。

 

 

 

 約束した通り、次の日の夜も、同じ時間に洋館に向かった。すっぽかそうという気持ちにはならなかった。

 

 母は、いつもカフェの仕事で疲れて、夜はぐっすり眠っているので、そっと抜け出せば気づかれる心配はない。

 

 今日は、押入れの防災セットの中に入っていた懐中電灯を持って来た。昨夜と同じように、塀の石積みの一部が崩れ、鉄製の棒が一本外れている場所から敷地内に入る。

 

 昨日の夜はずいぶん緊張していたのだが、三階のあの部屋で行彦が待っているのだと思うと、ほとんど不安は感じない。それにしても、建物内に誰でも入れる状態だし、一階は荒れ放題だ。

 

 こんなところに住み続けるのは剣呑ではないのか。せめて玄関回りだけでも直し、施錠したほうがいいのでは……。

 

 

 二度目なので、迷いなく、スムーズに三階まで上がることが出来た。懐中電灯で足元を照らしながら、廊下を突き当りまで歩く。

 

 ドアをノックすると、すぐにドアが開いて、嬉しそうに微笑む行彦が立っていた。昨日と同じ香りが鼻先をくすぐる。

 

「来てくれたんだね。さぁ、入って」


 今日もパジャマ姿の行彦は、伸の腕を取って、部屋の中へといざなう。

 

「ここに座って」


 行彦がベッドに腰かけ、伸の顔を見ながら、すぐ横を指す。なんだか気恥ずかしいが、そんなことを気にするほうがおかしいのだと自分に言い聞かせ、伸は、少し間を開けて腰を下ろした。

 

「来てくれなかったら、どうしようかと思った」


 至近距離から潤んだ目で見つめられ、どきりとする。

 

「約束したから」


 動揺している自分が嫌で、つい、ぶっきらぼうな口調になってしまった。

 

 そんなことは気にならないらしい行彦は、うっとりとしたように言う。

 

「昨夜、突然ドアが開いたときは、びっくりしたけど、でも、うれしかった。来てくれたのが伸くんで。


 ずっと一人ぼっちで寂しかったんだ。誰かと話したかった。うぅん、話さなくてもいいから、誰かにそばにいてほしかった」

 

 伸はただ、黙って聞いていることしか出来ない。だが、一人ぼっちの寂しさならば、自分も嫌というほど知っている。

 

 

 うつむいた行彦が、それきり黙り込んでしまったので、間が持たなくなって、伸は口を開いた。

 

「あの……」


 そのとたん、顔を上げた行彦に再び見つめられ、伸は、どぎまぎしながら言った。

 

「塀の壊れたところ、直したほうがいいんじゃないかな。それに玄関も、直して鍵をつけたほうが……」


 赤い唇が、花びらのように開く。

 

「そうだね」


 伸は、そこから視線を外すことが出来ない。

 

「……えぇと、物騒だから」


「そうだね」



「伸くん?」


 いつの間にかぼーっとしていた伸は、名前を呼ばれて我に返る。行彦が、くすりと笑う。

 

「聞いてなかった?」


「えぇと……ごめん」


 行彦は、笑顔のまま言う。

 

「昨夜は、どうしてここに来たの? って聞いたんだよ」


「それは……」


 行彦は、じっと伸の顔を見つめている。 

 

「あいつらに、呼び出されて」


「あいつらって?」




 気がつくと伸は、行彦にうながされるまま、昨夜、この部屋に来るに至ったいきさつを、すべて話していた。それだけにとどまらず、いじめに遭っていることから、母が女手一つでカフェを営んでいることまで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ