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40,遠い記憶とぽろぽろこぼれる涙とすべて報われた日

 目の前の少年が、行彦の生まれ変わりだということは、よくわかった。とても不思議なことではあるが、そもそも、行彦と出会ったとき、彼は、すでに死んでいたのだ。

 

 つまり自分は、かつて幽霊と愛し合い、別れた後も、彼を忘れることが出来ず、この十数年、彼だけを思って生きて来た。幽霊と愛し合うことが出来るのだから、生まれ変わりだって、あってもおかしくはないだろう。

 

 もの思いにふけっていると、彼が言った。

 

「聞きたいことがあるんだけど」


「何?」


「あの後、つまり、最後の夜の後、伸くんはどうしたの? あのとき、とても体が弱っていたし、病院から抜け出して来たって……」


「あぁ。あのときは……」


 伸は、遠い記憶を呼び覚ます。行彦との愛の記憶以外は、もう滅多に思い出すこともなくなっている。

 

 

 翌朝、部屋で倒れているところを発見され、病院に運ばれたことを話すと、彼は、ぽろぽろと涙をこぼした。

 

「僕のせいだ。もう少しで、伸くんを死なせてしまうところだった」


 伸は笑って見せる。

 

「違うよ。あのとき、行彦は何度も止めようとしたけど、俺が、どうしてもしたかったんだ。


 正直なところ、それで死んでもかまわないと思っていた。でも、実際は死ななかったし、その後どんどん回復して、学校にも通えるようになったし。それに」

 

 彼は、細く白い指で涙をぬぐいながら、じっと伸の顔を見つめている。

 

「入院中、松園が見舞いに来て、俺に謝ってくれた。洋館に肝試しに行かせたことに責任を感じていたみたいで、いろいろ話して、わだかまりも解けたよ」


「もう、いじめられなくなったの?」


「あぁ」


「それならよかった」


 ようやく彼は、少し笑った。

 

「それから、桐原家のお墓参りにも行ったよ」


「え?」


「行彦が、もう何年も前に亡くなっているということは聞いていたし、行彦もそう言っていたけど、どうしても納得がいかなくて、それに、行彦に会えなくなったことが辛くて、場所を聞いて行ってみたんだ」


 当時のことを思い出し、ふと切ない気持ちになる。

 

「そうしたら、墓石には、ちゃんと行彦の名前も、行彦のお母さん、響子さんの名前もあって。行彦の没年が、本当に俺が生まれるよりも前で、とてもショックだった……」


 あのときの感情が一気によみがえる。頭ではわかっているつもりでも、自分が心から愛した、たった一人の相手が、すでにこの世にいない人なのだということが、どうしても受け入れられなかった。

 

 それならそれでいいから、ずっと一緒にいたかったし、それで自分が命を失うとしても、少しも怖くなかった。だが、自分はこの世に残り、愛する人は消えてしまったのだ。

 

「伸くん」


 彼が手を伸ばして来て、テーブルの上で握りしめた伸の拳を、そっと包むようにした。

 

 顔を上げると、目が合った。潤んだ目を見たまま、伸は言う。

 

「あの日から今まで、行彦のいない世界で生きるのは、とても辛くて寂しかった。いつも行彦のことを考えていたよ。


 だけど、やっぱり死ななくてよかった。母親に悲しい思いをさせなくてすんだし、それに、今、こうして会えたから」

 

「伸くん……」


 再び泣き出したその顔は、やはり行彦に違いないと思う。

 

 

 もう片方の手を、彼の手の上に重ね、静かに泣き止むのを待つ。やがて、彼が言った。

 

「僕は、伸くんにも、お母さんにも、たくさん辛い思いをさせてしまった。


 あのとき、伸くんの前から消えたときに、全部終わったんだとばかり思っていたのに、こんなに長い間、伸くんを苦しめていたんだね」

 

「もういいって」


 伸は、彼の手の甲をぽんぽんと優しく叩く。

 

「今日、すべて報われたよ」


「伸くん……」



 ふと目の前のコーヒーカップが目に入る。二人とも、手をつけないままだ。

 

「冷めちゃったね。淹れ直そうか。それとも紅茶のほうがいい?」


 伸が立ち上がるより前に、彼が椅子を引いて立ち上がった。そして、テーブルを回ってそばまで来る。

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