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36,悲しくてたまらないことと洋館の跡地で働くこととアルバイト希望の高校生

「お墓は**県にあるのよ。遠いけど、一人で大丈夫?」


 遠いと言っても、隣の県だ。

 

「はい。大丈夫です」


 気のいい立花は言う。

 

「私が一緒に行かれればいいんだけれど……」


「いえ。俺一人で大丈夫ですから」


「それじゃ、何かあったら、遠慮せずに私に言ってね」


 そう言ってから、墓地の住所と電話番号を教えてくれた。

 

 

 

 日曜日、母には、隣町に映画を見に行くと言って家を出た。その墓地は、見晴らしのいい高台にあった。

 

 なんとなく、よくある御影石か何かの墓石を想像していたのだが、桐原家の墓は、ピンクがかった色の石で出来た、洋風の洒落たものだった。あの洋館の雰囲気と合っていると思う。

 

 墓石には、そこに眠っている桐原家の人たちの名前が刻まれていた。確かに、桐原行彦と桐原響子の名前も並んでいる。

 

 行彦の没年を見て、伸は愕然とした。そこに刻まれていたのは、伸が生まれるよりも前の年月日だったのだ。

 

 あぁ。やはり行彦が言っていたことは本当だった。行彦は、廃墟となった洋館に住んでいる幽霊だったのだ。

 

 不慮の死を遂げ、この世に思いを残したまま、長い間その場にとどまらざるを得なかった孤独な魂。その魂は、今どこにいるのだろう。

 

 伸と出会い、深く愛し合い、ようやく孤独から解放された行彦は、やっと成仏することが出来たのだろうか。

 

 そうであるならば、多分それは、行彦のために喜ぶべきことなのだ。だが、伸は悲しくてたまらない。

 

 生きている限り、もう二度と行彦に会うことは出来ないのか。自分はこの先、どうやって生きて行けばいいのだろう……。

 

 

 

 その後も伸は、孤独な毎日を送った。

 

 宣言通り、松園たちが嫌がらせをすることはなくなったが、だからといって、二人の間に友情が芽生えたというわけではない。伸も、おそらく松園も、そこまで能天気ではないのだ。

 

 ほかの新しい友達を作りたいとも思わなかった。一人には慣れているし、胸の中には、いつも行彦がいて、誰かと他愛無い話をするよりも、彼のことを考え、彼との思い出に浸っていたかった。

 

 伸は、高校を卒業すると、大学には進まず、調理師専門学校に入学した。いずれは、母の跡を継ぎたいという気持ちからだが、正直なところ、ほかにやりたいことが見つからなかったのだ。

 

 専門学校を卒業した後は、どこかの店に就職して修行するつもりでいた。ちょうど卒業する年に、かねてから建設中だったテーマパーク「フォレストランド」が完成し、その敷地内にあるレストランで、オープニングスタッフとして働くことになった。

 

 テーマパークは、自然の地形を利用したフィールドアスレチック、以前からあったものを拡張し、植物の展示とともに販売もする植物園、人々の憩いの場となる公園、土産物店などから成っている。

 

 その中にあるレストランは、ちょうど洋館が立っていた場所に建設された。それを知ったとき、ただの偶然ではないものを感じ、伸は、是非そこで働きたいと思ったのだった。

 

 いや、多分それは、ただの偶然なのだ。それでも、その場所で、行彦を身近に感じながら働くことが出来れば本望だと思ったのだった。

 

 

 

 月日は流れた。伸は、三十代半ばになった。

 

 相変わらず、友達も恋人も作らないまま、テーマパーク内のレストランで働き続け、いつしか、スタッフの中では最年長となり、主任と呼ばれるようになっていた。

 

 パーク内で遊び疲れた人たちが、一休みしたり食事をしたりするレストランなので、それほど本格的なメニューはないが、伸はいつも、心を込めて料理を作っていた。それが、母からの教えでもある。

 

 

 そんなある日のことだ。

 

 厨房の奥の食品庫で、食材の在庫チェックをしていると、後輩の中本に声をかけられた。

 

「アルバイト希望の高校生が来てるんですけど、面接お願い出来ますか?」


 伸は、在庫表に目を落としたまま答える。

 

「わかった。今行くよ」

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