35,熱くたぎる自分の体を慰めることと闇の中に立ち続けることと松園に立花芳子の連絡先を尋ねること
次の日、やって来た母に、サイドテーブルの和菓子の袋を指して言った。
「昨日、同じクラスの松園が持って来てくれた」
「あらそう。あの松園さんの息子さん?」
「そう」
「あなたたち、仲がいいの?」
「そういうわけでもないけど」
「ふぅん……」
不思議そうな顔をしてから、母が言った。
「開けてないの? せっかくだから、いただけばいいのに。あなた、あんこ好きでしょう」
「うん。お母さんと一緒に食べようと思って」
「あら。かわいいこと言うじゃない。じゃあ、お茶を淹れようか」
そう言いながら、さっそく袋を開けている。
「お母さん」
「なぁに?」
袋を開けることに集中している母は、生返事をする。
「今度、お父さんの話を聞かせてよ」
母が手を止めて、、意外そうに伸の顔を見た。
「めずらしいことを言うわね。興味がないのかと思っていたけど」
確かに、急に取ってつけたみたいで不自然だっただろうか。なんだか気まずくなって、伸は、鼻の頭を掻きながら言った。
「まぁ、心境の変化っていうか」
「死にかけて、考え方が変わったとか?」
「えっ。母親が、そういうこと言う?」
それから数日後には退院し、さらに数日、自宅でゆっくりした後、伸はまた、学校に通い始めた。
行彦のことを思わない日は一日もなかった。多分、もう会うことは出来ないのだろうが、今も行彦のことを愛しているし、いつでも目を閉じれば、鮮明に、その姿を思い浮かべることが出来る。
毎夜、自分の部屋のベッドで、行彦の美しい顔や体、息遣いや香り、行彦との行為の一つ一つを思い返しながら、熱くたぎる自分の体を慰めた。
一度、以前のように、夜中に、こっそり家を抜け出して、洋館があった場所まで行ってみた。三階建ての大きな建物は跡形もなくなり、がれきも、すでに撤去された後で、闇の中に更地が広がっているだけだった。
それでも、行彦が現れるのではないか、姿は見えなくても、気配を感じ取ることくらいは出来るのではないかと思い、長い時間、その場に立ち続けていたのだが、空が白み始めても、ついに何も起こらなかった。
それでも、まだ諦め切れなかった伸は、学校の休み時間に、窓際で、滋田たちと話している松園のそばまで行って話しかけた。
「あの、ちょっといいかな」
滋田と古川が、怪訝そうに伸を見る。
「あぁ」
松園は、二人をその場に残し、先に立って廊下に出る。
「なんだ?」
「ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「俺に出来ることなら」
伸は、立花芳子にコンタクトを取りたかったのだ。それで、松園に、彼女の連絡先がわからないかと尋ねると、その日のうちに、父親が持っていたという、立花の名刺の画像をスマートフォンに送信してくれた。
伸は、さっそく立花に電話をかけた。緊張しながら待っていると、彼女はツーコールで出た。
「あの、安藤伸です。その節は、いろいろご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
「あぁ、安藤くん」
聞き覚えのある明るい声だ。
「体のほうは、大丈夫なの?」
「はい。もうすっかり」
「それはよかったわ。それで、今日はどうしたの?」
「あの、ずうずうしいんですが、ちょっとお願いがありまして……」
桐原家の墓参りをしたいので、場所を教えてほしいと言うと、立花は、心配そうに言った。
「安藤くん、あなた……」
「いや、あの、前に立花さんに言ったことは、全部自分の勘違いだったってわかっています。あの頃は俺、いろいろ悩んでいて、精神的におかしくなっていたんです。
でも、今はもう悩みは解消したし、立花さんに迷惑をかけるつもりもありません。ただ、お墓参りをして、自分の中で、けじめをつけたいと思って」
強引な言い訳だと思うが、ほかになんと言えばいいのかわからない。どうしても、お墓の場所が知りたいのだ。
やがて、立花は言った。