34,松園の話と謝罪とそれだけは勘弁してほしいと思っていたこと
「俺、お前に、ずいぶん、ひどいことをしたよな。……今さらだけど」
「いや」
松園が、がりがりと頭を掻く。
「言い訳にもならないけど、いろいろあって、お前に八つ当たりしたっていうか」
父親の女性に関する噂に、松園が鬱屈を抱えていたことは知っている。おそらくは、父親と、伸の母親の仲を勘繰っていたであろうことも。
そう思っていると、意外にも松園は、それについて自分から話し始めた。
「俺の親父の女癖が悪いのは、この町じゃ有名な話だよな」
「いや……」
松園は苦笑する。
「気を遣わなくていいよ。ここはそういう町だもんな。
お前だって母子家庭で、いろいろ言われて来たんだろ? ま、俺が言えた義理じゃないけど」
「それは、まぁ」
「俺、そういう親父が嫌でたまらなくて、反発して、私立の高校も、わざと受験のときに試験用紙を白紙で提出したんだ」
「えっ……」
受験に失敗したわけではなかったのか。
「お前の母親のことも、どうせカフェの開業資金を援助するとか言って手をつけたんじゃないかと思って、それで、お前にも嫌がらせをしていた。
今回、お前が洋館で倒れてたって聞いて、親父に言ってやったんだ。自分の女の息子のことが心配かって」
伸は面食らう。よくもまぁ、自分の親に向かって、そんな大胆なことが言えたものだ。
「親父、ポカンとしてた。それから大笑いしたよ。お前も、くだらない噂を本気にしてるのかって。
それから、真顔になって言った。『安藤さんは、病気で死んだ俺の親友の奥さんで、下りた保険金を元手に、夫の故郷でカフェを開いたんだ』って。
信憑性のない噂話を真に受けて、人を貶めるようなまねをするなって、あの親父に諭されたよ」
そんな話は、伸も知らなかった。母は話さなかったし、伸も聞いたことがなかったから。
「とにかく、俺の勝手な思い込みで、お前に、たくさんひどいことをした。たとえ親父が何をしたとしても、それで嫌がらせをしていいってことにはならないし。
お前が、だんだん痩せてきて、もしかしたら俺のせいかもって思っていたけど、ついに入院しちまったときは、内心びびったよ。そうしたら、今度は、お前が洋館で倒れてたって聞いて、やっぱり、俺が無理矢理、肝試しなんかさせたせいだって……」
松園が、苦しげな表情で目を伏せる。
伸は、あわてて言う。
「別に、そういうわけじゃないよ。俺、そんなに怖がりなほうじゃないし」
松園が、伸の顔を見た。
「お前って、お人好しだな」
「え?」
「ここは怒っていいとこだぞ」
「そう?」
松園が、ふっと笑った。
「そうだよ」
それから松園は、椅子から立ち上がった。
「とにかく、いろいろすまなかった。ごめん。もう二度と、嫌がらせをしたり殴らせたりしないから、元気になって、また学校に来てくれ」
そして、深々と頭を下げる。
「あっ、そんな。いや、わかったよ。」
松園は、お辞儀をした姿勢のまま動かない。
「もう頭を上げてよ。松園の気持ちは、よくわかったから」
ようやく上体を起こした松園に言う。
「いろいろ話してくれて、うれしかったよ。父親の話は、俺も知らなかったし」
「そうなのか?」
伸はうなずく。
「松園のことを責められない。俺も、もしかしたら母親は、お前のお父さんの援助を受けていたのかもって思っていた。
だから、怖くて、自分の父親のことや昔の話を聞くことが出来なかったんだ。俺こそ、信憑性のない噂話を真に受けて、母親や、お前のお父さんを貶めていた」
松園が言った。
「俺、もしかしたら、お前と異母兄弟なんじゃないかって思って……」
「それ、俺も、ちょっと思った。それだけは勘弁してほしいって」
目が合った後、ほとんど二人同時に噴き出した。