31,傷ついた魂同士が呼び合うことと死んでもかまわないと思うこと
伸は、初めてこの部屋を訪れたときのことを思い返す。行彦のことを、ミステリアスな美しさをたたえた少年だとは思ったが、まさか、この世の者でないなどとは露ほども思わなかった。
それは、今でもまだ、そうなのだが……。
「驚いたよ。それまで、僕のことが見える人は一人もいなかったから。僕を愛してくれていたお母さんでさえ見えなかったのに」
夢見るような表情で、行彦は微笑んだ。
「次の日に、約束通り伸くんが会いに来てくれたときは、すごくうれしかった。来てくれなかったらどうしようって、ずっとドキドキしながら待っていたよ。
ドアをノックする音を聞いて、思わず駆け寄って、いつの間にか、ずっと触ることが出来なかったドアノブを握って回していた。それに、伸くんにだけ僕が見えた理由もわかった気がしたよ」
伸が、問いかけるように見つめると、行彦は話し出した。
「僕たちは、とてもよく似ていたから。お母さんを大切に思っていることも、いじめに遭っていることも、どうしようもない孤独を抱えていることも。
きっと、傷ついた魂同士が呼び合ったんだと思った。お互いの魂が、助けを求めていたんだよ」
あぁ、そういうことかと、さっき感じた違和感の正体がわかったのと同時に、行彦の言葉に納得した。行彦は続ける。
「僕は、ひどい目に遭わされても、じっと耐えている伸くんを見て、なんとかしてあげたいと思った。それに、僕みたいに逃げ出したりせず、気丈に学校に通って、いじめている相手の事情まで思いやる、強くて優しい伸くんに惹かれたんだ……」
行彦の言葉に、頬が熱くなる。
「俺も、行彦に強く惹かれたよ。多分、初めて会ったときから。
最初のうちは、同性に対して、こんな気持ちになるのはおかしいと思って戸惑ったけど、途中から、そんなことはどうでもよくなった。行彦のことが好きなんだ」
だが、そう言いながら、抱き寄せようとすると、行彦が、すっと身を引いた。伸は、頬を叩かれたような気持ちになって、行彦の顔を見る。
行彦の顔が歪む。
「駄目だよ」
「どうして? 俺たち、愛し合っているんじゃないか」
だが、こぼれた涙をぬぐいながら、行彦は言う。
「ねぇ、気づいてないの? 伸くん、僕と愛し合うたびに、どんどん弱って行ってる。そんなに痩せて、とうとう入院するまでになって……。
僕も、最初のうちは気づかなかったんだ。だけど、初めて会ったとき、とても健康そうで輝いて見えた伸くんが、どんどんやつれて行くのは、多分、僕のせいなんじゃないかって思って。
やっぱり、死者と交わったりしちゃいけないんだ。このまま続けていたら、伸くんまで死んじゃう!」
「そんなこと……」
「いけないってわかっていたけど、伸くんのことが大好きだから、伸くんに愛されたくて、伸くんと一つになりたくて、あともう一回、もう一回だけって……」
行彦は、両手で顔を覆った。細く白い肩が震えている。その悲愴な様子からして、行彦が嘘を言っているとは思えない。
だからといって、それが事実だとは、とても思えない。魂が呼び合っていようがいまいが、すぐそばにいる、実態も体温も感じられる行彦が、いわゆる幽霊だなんて信じられるはずがない。
伸は、再び行彦を抱きしめる。行彦が押しのけようとするが、腕に力を込めて阻止する。
「愛してる。行彦としたい。それで死んだってかまわない」
「駄目だよ……!」
なおも腕を振りほどこうとしながら、行彦は嗚咽する。
「伸くんは、死んじゃ駄目だよ。伸くんが死んだら、お母さんが悲しむよ」
その言葉に、はっとして、一瞬、腕の力がゆるんだ。すかさず、行彦が体を離す。
行彦は、伸を近づけまいとするように、ブランケットを握りしめ、広いベッドの際まで後ずさった。
「伸くんに、僕と同じ間違いを犯してほしくない。僕は、お母さんに、とても辛い思いをさせてしまった。