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28,痩せた肩と響子の悲しみと窓を指す行彦

 呆然と横たわる伸の隣に座る行彦は、片手で口を覆って泣いている。

 

「行彦、ごめん」


 行彦は、激しく首を横に振る。

 

「俺のせいだよ。行彦は、すごく素敵だったのに」


「違う」


 行彦が、赤く泣き腫らした目で伸を見る。

 

「僕が悪いんだ」


「そんなこと……」


 何度ぬぐっても、行彦の目から新たな涙があふれ出る。

 

 

 しばし泣いた後、行彦は天を仰ぎ、深いため息をついてから、伸の顔を見て言った。

 

「この洋館のこと、どんなふうに聞いているの?」


 先ほどまで、行彦の熱い裸体のあちこちに触れながら、ホテルに立花を訪ねたことや、体調を崩して入院していたことなど、今までの経緯を簡単に話したのだった。

 

「それが、全然話がかみ合わなくて。俺が何を言っても、洋館には誰も住んでいないとか、その……お墓がどうとか。


 あの立花って人、ちょっとおかしいよ」

 

「あぁ……」


 苦しげにうめき、涙に濡れた頬をぬぐいながら、行彦は言う。

 

「そこまで聞いているんだ」


「でも……」


 起き上がろうとすると、頭がくらくらした。伸は、ぎゅっと目をつぶりながら、頭を枕に戻す。

 

「無理しないで」


 行彦が、伸の痩せた肩に手を置く。

 

「でも、全部でたらめだろ。行彦がいるのに」


 立花が言っていたことだ。

 

「伸くん……」


 なおも涙を流しながら、行彦が言う。

 

「伸くんに、どうしても話さなくちゃいけないことがある」


「え?」


「伸くん、僕は……」




「少しは落ち着かれましたか?」


 ベッドサイドの椅子に背筋を伸ばして座った芙紗子が、静かに話しかける。

 

「えぇ。あなたには、すっかり迷惑をかけてしまって、ごめんなさいね」


「そんな、水臭いことを。私は、響子さんのお世話をさせていただくために、おそばにいるのですから、どうぞ遠慮なさらないでください」


 響子は、小さい頃から見慣れた、芙紗子の優しい笑顔を見上げる。行彦を見送るまでは、なんとか気丈にふるまっていたものの、遺骨とともに洋館に戻った直後に倒れた。

 

 芙紗子の運転する車で病院に運ばれ、そのまま入院することになったのだ。 

 

 行彦……。最愛の息子がもういないなんて、まだ信じられない。洋館に帰って、三階の角部屋のドアを開ければ、あの子は、今も、そこにいるのではないか……。

 

 いや。そんなはずはない。私は確かに、行彦の変わり果てた姿を見たではないか。私と芙紗子以外に参列者のいない葬儀を終え、焼き場で骨を拾いもしたではないか。

 

 それよりも前に、行彦は、私の目の前で……!

 

「響子さん、大丈夫ですか? しっかりなさってください」


 がくがくと震えながら嗚咽する響子に、芙紗子が声をかける。

 

 

 真実を知った行彦は、心を病んでしまった。初めのうち、悪夢に怯えて泣いていた行彦は、やがて、幻覚を見るようになった。

 

 早い段階で、医師に診てもらい、適切な治療を受けていたならば、あんなことにはならなかったかもしれない。だが、行彦は、部屋から出ることが出来なかったし、往診してもらうことも、かたくなに拒んだ。

 

 もしもあのとき、無理にでも診察してもらっていたら、最悪の事態にはならなかったかもしれない。やはり、すべては私のせいだ。

 

 行彦は、響子のことを志保だと思い込むようになり、拒絶するようになった。なんとかわかってもらおうと、必至に話しかけるほど、行彦は怯えて泣き叫んだ。

 

 そしてあの日、部屋に入って行った響子から逃れようと、行彦は窓を開けて――。

 

 

 

「僕は、もうずっと前……」


 そう言って、行彦が窓を指す。

 

「あそこから飛び下りて死んだんだ」


「……え? なんだって?」


 言っている意味がわからず、伸は、横たわったまま行彦を見上げる。細く白い裸体の、なんとなまめかしいことか。

 

 行彦が、窓を指していた手を、伸の肩に置いて言う。

 

「僕はもう、死んでいるんだよ」

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