27,数日ぶりの逢瀬と薄々わかっていたことと体の奥が熱くとろけること
「いえ。この後、近くの友達の家に行く約束をしてるんで」
「そうかい。じゃあ、ちょっと待って。……これ」
ダッシュボードから何か取り出して、伸に差し出す。タクシー会社の電話番号が書かれた名刺だ。
「必要になったら電話して」
「ありがとうございます」
タクシーが去るのを見届けてから、伸は踵を返し、奥に向かって数歩進んだ遊歩道から通りに戻る。親切な運転手は、具合の悪そうな少年が、こんな時間に一人で植物園に行くと聞いて、心配してくれたのだろう。
嘘をついたことを申し訳ないと思う。だが、さすがに洋館に行ってくださいとは言えなかったのだ。
もしもそう言っていたら、もっと心配されていたかもしれない。
その洋館は、ここからそう遠くない。数日ぶりに、やっと行彦に会える。
行彦は、突然行かなくなった伸のことを怒っているだろうか。それとも、寂しさに泣いているか……。
とにかく、もう間もなく会うことが出来る。伸は、重い足を引きずるように歩きながら、坂道を上る。
洋館の門の前には「立ち入り禁止」の看板が立てられ、ロープが張り巡らされていたが、いつもの塀の破損した部分から、難なく敷地内に入ることが出来た。
三階の角部屋を見上げると、窓から灯りが漏れているのが見える。あぁ、やっぱり。
立花さんは、おかしなことを言っていたが、やっぱり、行彦はあそこにいるじゃないか。あの人のほうこそ、おかしいのではないか。
行彦が中にいるのに、工事が始まったら大変だ。早く行彦に知らせなくては。
なんなら、うちに連れて行ってもいい。事情を話せば、お母さんだって反対しないだろう。
伸は、取り出した懐中電灯を点け、建物の中に入る。もう何度となく三階まで上っているので、迷いはない。
階段を上るのが大変で、息が切れ、途中で何度か休まなくてはならなかったが、ようやく懐かしいドアの前にたどり着いた。伸は、いつものように、二度ノックする。静かにドアが開く。
会えない間、何度となく頭に思い描いた美しい顔、華奢な体、甘くかぐわしい香り。今、愛しい行彦が目の前にいる。
「伸くん」
言いながら、行彦の顔が歪み、滑らかな頬に、大粒の涙があふれては落ちる。伸は胸がいっぱいになって、両腕で行彦を抱きしめた。
伸のやつれた姿を見て、行彦は、涙をこらえることが出来なかった。やはり自分のせいだ。
途中から、こうなることは薄々わかっていた。健康的で、一見、悩みなどなさそうに見えた伸は、会うたびにやつれて行った。
自分と愛を交わすたび、伸は弱って行く。このままでは、取り返しのつかないことになってしまう。
そう思いながら、伸を遠ざけることが出来なかった。
伸のことが好きで好きでたまらない。本当は、自分と同じ孤独と苦しみをを抱えた伸。
伸と出会ったのは偶然ではない。きっと、傷ついた魂同士が呼び合ったのだ。
伸のすべてがほしい。伸と一緒にいたい。出来ることなら、この先もずっと。
それが許されないことだと知りながら、自分を抑えることが出来なかった。それはもちろん、伸を強く愛しているから。
いや、それだけではない。僕は、一人ぼっちになりたくなかった。
伸と出会って、ようやく愛し合う喜びを知ったのに、再び、孤独に戻りたくなかった。愛する伸と別れて、終わりのない孤独の中に居続けなくてはならないことに耐えられなかったのだ。
「行彦、ごめん。なかなか来られなくて。ずっと会いたくてたまらなかった」
そう言うなり、唇が重なる。いけないと思いながら、体の奥が熱くとろける。
一度だけ。もう一度だけ……。
久しぶりに会った行彦は、相変わらずうっとりするほど美しく、ぞくぞくするほど淫らだった。それなのに……。
ここに来るまでに体力を使い果たしてしまったのか、どうしても体が奮い立たず、事を成し遂げることが出来なかった。行彦と一つになることが出来なかったのだ。